10.アベルくんと辺境伯。
10.アベルくんと辺境伯。
「シャーロット、魔素の吸収練習は順調?」
扉の向こうから聞こえてきたのは誰あろう、ローランド・ヴァレンタイン辺境伯閣下の声だ。
ゆったりとしたサテンのような光沢のある白いシャツに、刺繍がふんだんに入ったベストを着て、下は若干ゆったり目の皮のパンツを履いている。
お洒落さんだなぁ。
でも悔しい事に似合っているんだよね。
ハンサムさんは何を着ても似合うのかね。
ローランド父さんが部屋に入ると、ロッティーは嬉しそうに振り返り
「父様!私、魔素を感じられるようになりました!」
と言って、自慢げに報告した。
「え?今日練習をやり始めたのに、もう魔素を感じ取れるようになったの?さすがはアリアンナの娘だなぁ。凄いね。」
ローランド父さんはアリアンナ母さんにウインクをする。
これだよ、まったくもってキザな野郎だ。
これが嫌味じゃなく似合っているからまた腹立たしい。
「ロッティーが優秀過ぎるのよ。この子はなんでもその日のうちに覚えちゃうんだから、もうちょっと親を頼ってほしいものよね。」
と、アリアンナ母さん。
「そうだね、もうちょっと手がかかってくれると親としては嬉しいかな。ほかの家庭からしたら贅沢な悩みなのかもしれないけどね。」
あははと朗らかに笑いながらローランド父さんは言った。
そしてふっと俺の方を見ると
「おっと、こっちのおチビさんも順調に成長しているようだね。」
俺は絶賛パニック中で、手足をジタバタさせているんだが、その動きがローランド父さんは面白いらしく、軽く笑いながら俺の頭を優しく撫でる。
「アベル、お前もすぐに魔素を感じられるようになるよ。焦らなくてもいいさ。」
と、ローランド父さん。
「そうよ、大きくなったら私が優しく教えてあげるのだから。待ってなさいよね、アベル。」
アリアンナ母さんが俺を見て微笑みながら言う。
「母様、魔法は私がアベルに教えるから大丈夫よ。だから早く教えて。」
ロッティーはちょっとアリアンナ母さんに食い気味だ。
うちの家族三人は、ベビーベッド越しに俺のことを覗き込みながら、思い思いのことを言っている。
なに、この温もりのあるやり取り。
親ガチャって言い方は嫌いなんだけどさ、前世の俺はまさにそれを失敗して、毒親だった両親は俺を自分たちの都合のいい奴隷になるよう育てた。
大人になってもその気質は抜けず、毒親にいびられ、せびられ続けた。
俺はそんな生活から一回逃げたんだが、奴らはしつこく追いかけてきてね、結局死ぬまで俺は搾取され続けたわけだ。
そんな環境の中で、唯一の拠り所がVtuberのYouちゃんだったわけ。
ああ、こちらに転生してあまり前世のことは思い出さないでいたが、俺は本当に虚しい人生を送ったのだな。
そんな前世からすれば、今のこの状況は初めての感覚ばかりだね。
新しい両親やロッティーと一緒にいると、心が温かくなり不思議と安心感が湧いてくる。
ほんとなぁ、ほんとさぁ…
嬉しくって、涙がでらぁ。
「さあ、ロッティー、続けましょうか」
と、アリアンナ母さんが言うと、ロッティーは意気揚々とまた深呼吸を始めた。
俺もつられてもう一度深呼吸をしてみる。魔素の暖かさが再び体に流れ込む感覚が心地よく、今度はパニックにならずに丹田に貯めることが出来ている。
ロッティーが練習に励む中、俺はふと、あのぼんやりとした不思議な夢、いやあれも現実か。そのことを思い出していた。
次元の向こうにいた、あの妙なジジイ、いや、Youちゃんの声。
思い返すと、全てがあまりにも現実離れしていた。
目の前を3DモデルのYouちゃんが動いていたし。
だが、記憶の奥底ではあれは現実だと訴えている。
俺の死因、旧アベルのこと、そしてこの身体に振り回されてはいけないこと。
Youちゃんが俺に語ったことは、本当の事なんだろう。
俺がそんな考えにふけっていると、突然また扉が開き、マリアさんが入ってきた。
「まあ、皆様お揃いですね。お邪魔でしたか?アンネローゼは粗相してないでしょうか。」
マリアさんはいささか弱々しく言った。
「ちっとも邪魔じゃないわよ。今はロッティーに魔素の吸収練習を教えているところなの。アンネちゃんは良い子でお寝んねしてたわ。本当に良い子よね」
そうアリアンナ母さんが答えると、マリアさんはほっとした顔をして
「お嬢様がもう魔素の取り込みを?さすがA級冒険者のお嬢様ですね。」
アリアンナ母さんにロッティーのことを聞いている。
「ロッティーはなんでも物覚えがいいもの。今のうちから魔法を覚えたら、超一流の魔法使いになるわ。」
多少親バカなことを言うアリアンナ母さん。
「母様、恥ずかしい。」
そんな会話を聞いてロッティーは照れてもじもじしていた。
「そんなに照れなくていいさ、本当のことだもの。」
こちらも、また親バカなことを言うローランド父さん。
そんな家族をよそにマリアさんはジタバタしている俺に目を向け
「まあ、アベル様。今日はとても元気ですね。」
俺に優しく微笑んだ。
マリアさんの微笑みは、まるで聖母子の絵画のようだわ。美しすぎるだろ。
「本当にアベル様は良いお子様ですね。」
俺の頭をなでながらマリアさんは言う。
それを聞いてアリアンナ母さんは
「夜泣きはしたけど、それ以外で手のかかることがないものね。本当に良い子。」
こう言って俺を褒める。
「まあ、僕の息子だからね。優秀なのさ。」
と言ったのは、ローランド父さん。
それを聞いたシャーロットは
「あら、私の弟ですもの。当たり前だわ。容姿も天使のように美しいし。毎日抱きしめてあげたいくらい。」などと言う。
ん?俺が美しいだと?
まだ生まれて3か月の赤ん坊だぞ。そこまで整ってもあるまい。
でもいいね。
俺にもモテ期がやってくるのかもしれない。
でもこれからどう成長するかわかんないからな、あまり過信することの無いようにしないと。
などと思っていると、ドアがノックされる音が聞こえた。
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