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上辺

 

 帝都の郊外にある静寂に包まれた訓練場。夕闇が迫る中、私は手にした細身の剣を振り抜いていた。鋭い金属音が空気を切り裂くが、その刃に魔法の光が宿ることはなかった。


「……はぁ……はぁ……っ」


 息を乱して立ち尽くす私に、目の前に立つ師匠——帝国内でも一目を置かれる凄腕の女冒険者が、静かに剣を鞘へと納めた。


「やはり、今日も何も起こらんか」


「……ごめんなさい、師匠。他の人が使う炎や風の真似をして、光の束を出そうとしても……傷を癒やす回復魔法の真似事をしてみようとしても、何も起きなくて……」


 私は悔しさに唇を噛みしめ、うつむいた。私の中に光の魔力があること自体は分かっている。けれど、どれだけ試行錯誤しても光線が出るわけでもなく、擦り傷ひとつ癒やすこともできない。自分の魔法が一体何に使えるのか、何ひとつ分からないまま焦りだけが募っていた。


 そんな私を見て、師匠は腰袋からひとつの小さな革袋を取り出し、私に向かって放り投げた。


「これは……?」


「お前用に作らせた、練習用の指輪だ。受け取りなさい」


 袋から取り出すと、綺麗な白銀の金属で作られた繊細な指輪が入っていた。


「お前の光は、使い方が分からないだけで根は深い。その指輪は魔力を一点に集める補助になる。今はまだ何も起こらなくとも、小指に嵌めて感覚を養っておきなさい」


「……はい。ありがとうございます」


 私は白銀の指輪を右手の小指に嵌めた。カチリと指に馴染む感触を抱きながら、いつかこの力で何かを守れる日が来るのだろうかと、不器用な不安を抱えていた。







 数日後。城の回廊を歩いていた私は、緊迫した怒号と騒がしい足音に足を止めた。遠征から戻ったばかりの兵士たちが、血相を変えて一人の重傷者を担架で運び込んでいたのだ。


 横たわっていたその顔を見て、私は息を飲んだ。それは、城で時間が空いた時に「剣の筋がいいね」と微笑みながら、優しく訓練に付き合ってくれていた兵士さんだった。


 巻き込まれるように医務室へと向かうと、彼の全身には黒ずんだ禍々しい痣が浮かび上がり、苦しみ悶えていた。


「だれか! 助けてくれ! 遠征先で異形の魔獣に襲われてから急に……!」


 駆けつけた腕利きの医師は、彼の胸元に広がる黒い痣を見るなり、顔を蒼白にして首を振った。


「……ダメだ、これは普通の傷や病ではない。強烈な『呪い』だ。体内の魔力回路が毒のように蝕まれている。……高名な解呪師を今すぐ連れてこなければ、命は持たんぞ」


「そんな……! 解呪師が到着するまであと何時間かかると思っているんだ! 今すぐ何とかしてくれ!」


 医務室に絶望と怒号が吹き荒れる。いつも優しかった彼の息は途切れ途切れになり、黒い痣は刻一刻と顔にまで広がり始めていた。


 私は何もできない自分に歯噛みした。光線も出せない、傷も治せない。けれど、私に剣を教えてくれた大切な人が失われようとしているのを前に、ただ見ていることなんてできなかった。


(嫌だ……助かって……! お願いだから助けて……!)


 私は無我夢中で彼のもとへ寄り添い、両手で彼の冷たい手を包み込んだ。救いたいという一心で、ただひたすらに祈った。


 その瞬間。意識して魔力を練ったわけではなかった。ただ強く祈った私の感情に応えるように、小指に嵌めた白銀の指輪から、溢れ出た光が自然と溢れ出したのだ。温かくも静かな一筋の白い光が、彼の身体を包み込んでいく。


 すると、あれほど激しく苦しんでいた彼の呼吸がすっと穏やかになった。そして、全身を覆っていた禍々しい黒い痣が、まるで朝日に溶ける氷のように、綺麗に消え去っていったのだ。

「……え?」


 苦しみが嘘のように去り、静かに寝息を立て始める彼。医師も周囲の兵士たちも、何が起きたのか理解できずに呆然と立ち尽くしていた。


 私自身も、自分の手を見つめたまま固まっていた。傷が治ったわけではない。ただ、あの恐ろしい痣だけが綺麗に消えていたのだ。


「……そこまでだ」


 突然、背後から伸ばされた手によって、私の肩が強く抱き寄せられた。いつの間にか追ってきていた師匠だった。師匠は周囲の驚愕の視線を遮るように私を庇うと、医師に向かって冷淡な声をかけた。


「解呪師が来るまでの気休めに、私の魔力で一時的に抑え込んだだけだ。あとは医師、お前が診ろ」


「あ、ああ……分かった……」


 師匠は私の腕を強く引き、医務室から連れ出した。静かな城の談話室へと連れ込まれると、師匠は周囲に誰もいないことを慎重に確認してから、私の両肩を掴んで恐ろしいほど真剣な目を向けてきた。


「いいか……人のいる前では、二度と魔法を使うんじゃないぞ」


「師匠……? 私、何か悪いことを……」


「お前がやったのは治癒でも攻撃でもない。あらゆる悪しき魔力や呪いを無に還す『純粋な浄化』だ。……解呪師すら手を焼く強烈な呪いを一瞬で消し去るなど、あまりに異質すぎる」


 師匠の言葉に、私は息を飲んだ。


「お前が光の真価に気付いたことは素晴らしい。だが、政治の蠢くこの城でその力が知れ渡れば、お前はただの人間ではなく『都合のいい聖女』として死ぬまで利用され、縛り付けられることになる」


「利用される……」


「そうだ。だから隠せ。成人し、自分の力でこの城を抜け出せる強さを手に入れるその日まで……お前の光の本質は、絶対に誰にも悟らせるな」


 師匠の厳しい眼差しの中に、私を本気で案じる温かい光が見えた。私は小指の指輪を静かに握りしめ、強く首を縦に振った。


「……はい。私、絶対に秘密にします」


 いつも自分に優しくしてくれた人を助けたいという祈りから、ついに溢れ出た光の力。しかし、誰もその本質には気づかない…。

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