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第9話 わんもあプリーズ




「……」

「……」


 二人の言葉を交わさない目線のやり取りが静寂を生み、道場内の空間を張り詰めた空気で満たす。

 思えばどのくらいの時間が経っただろう。時間にして三分だが体感では十分以上こうしてジッとしている。

 だが決して動かない。心理的にも物理的にもだ。


「……雨上君、もう一度聞きたいんだけれど良いかな?」

「は、はい……」


 一度の瞬きをも見せずに東鐘先輩は俺の首に竹刀を突き立て言った。


「心太郎君が____なんだって?」

「あーえっと、い、いや……」


 いつもの先輩では到底見ない表情に俺は困惑を隠しきれずにいた。


 

 なんでこんなことになっているのか、それは少し前に遡る。







「え、しばらく友達の家で泊まる?」

「おう、なんでも勉強分からないみたいでな。だから俺に教えて欲しいってさ」

「透ってそんな勉強できたっけ?」

「……ま、それなりに出来るからな」

「そうなの?」

「そ、そうだよ」


 景ちゃんとの昼休みを終えて俺は心にとある報告をしていた。もちろん正直には話していない。

 先程の昼休みに話し合った結果、景ちゃんの家に泊まることになった俺は今現在真実と嘘を織り交ぜて伝えるという重要任務を実行していた。

 最初は景ちゃんを家に泊めて護衛をしてもらおうとしたが、その考えはすぐさま消えた。


 だって部屋に景ちゃんがいるのがバレた方が恐ろしいもん。


「……ふーん、ねぇその友達って男?」

「お、男だよ」

「クラスは?」

「さ、三組」

「……ふーん」

「……」

 

 心の目が鋭く光る。我ながらポロポロと嘘を吐けるが、親友に嘘をついているせいで途轍もない罪悪感が押し寄せてくる。

 でも心に琴凪のことは言えないし、押し通すしかない。


「その子に僕も会っていいかな?」

「駄目だ!!」


 咄嗟に思わず声を上げてしまった。その反応に心の目が更に鋭くなる。


「なんで」

「……そ、そいつ人見知りなんだよ。いきなり会いに行ってもそいつがビックリしちゃうだろ? それにさ、心笑ってくれよ。せっかく可愛いのに台無しだぞ?」

「……いきなり可愛いって言わないでよ。恥ずかしいじゃん……」


 あれ、なんだろ。このデジャブ感……

 とはいえ急に頬を赤く染め照れる心を見て、俺の脳は高速で思考を巡らせ、そして一つの確信へと至った。

 あ、イケるわ。


「……なあ心聞いてくれ」

「な、なに透」

「俺はまだ心の変化に戸惑っている。だからさ、少し離れて遠目から心のことを再認識したいんだ」

「な、なにを再認識するの?」

「俺が”心のことをどれだけ大切に想っているか”をだよ」

「____きゅんっ」


 俺の言葉を聞くと、心の黒く染まり鋭くなっていた瞳は先程とは完璧に変わっていた。

 大きく見開かれた瞳はまるで星が散りばめられた様にキラキラとし、ハートマークが浮かんでいるように見える。


 ギャルゲー脳をフル回転した甲斐があった。だが一つ思うことが、


「……」


 教室の扉に廊下から覗くようにして琴凪の顔だけあった。目は笑ってないのに口だけ半月状に笑っている。もはやホラーである。

 そしてその顔だけ見せている琴凪の口が動いた。


 声を発していないものだったが、読唇術を会得していない俺でもそれを読み取ることができた。


『 こ ろ す 』


 もうあれだよ。下手なホラーより怖いわ。







 こうして予想通り琴凪から投擲されたナイフを見事回避し、心から了承を得た俺は景ちゃんに伝えようと場所指定された体育館裏へ向かっていた。

 景ちゃんと会うとはいえ、一時的でも一人になるのは危険だと思ったが、心や杏里と一緒に話していた隙を見て教室を抜け出した。


 それにしても琴凪はマジでヤバいな。

 景ちゃんから見せてもらったナイフといい、壁に突き刺さったシャーペンといい、さっきのナイフと本当に殺意を持ってやっている。

 しかも絶対にバレないように、さすが暗殺者と言うべきかプロなだけはある。


 とりあえずしばらく景ちゃんと一緒にいることで琴凪と心(これから)の事を考えないといけないな。

 と、色々考え込んでいるとある事に気付いた。

 

「なんだこの音?」


 体育館が近づくにつれ聞き覚えのない不思議な音を聞き取った。体育館の方からではその隣、武道場からである。

 景ちゃんとの待ち合わせも大事だが、つい気になってしまい武道場と向かった。


 近づけば近づく程にその聞き覚えのない音はよりハッキリと聞こえ、そして武道場の中を覗いた時に何の音で、誰が鳴らしていたのかが分かった。


「東鐘先輩?」

「ん? あ、やあ雨上君じゃないか。どうしたんだいこんなところで」


 竹刀を構え、剣道着に身を包んだ東鐘先輩が武道場で一人竹刀を振っていた。

 


「先輩昨日朝以外見なかったですけど、なんかあったんですか?」

「ん? ああ、家庭の事情でね。妹と学校に来て雨上君と会ってすぐに早退したんだ。私も生徒会長と剣道部の部長をやっているのに困ったものだよ」


 なるほど通りで昨日は朝以外会わなかったわけだが、心が心配していたがそう言う事だったのか。


「乱華はおそらく今日は休みかな。私も用事が終わって今さっき来たばかりでね。感覚が鈍らないように竹刀だけでも振っておきたいなとね」

「さすが、先輩は本当に真面目ですね」

「よしてくれ。私はこれしか能がないだけだよ」


 またまた謙遜を、と俺が言おうとした時『そういえば!』と言葉に被せるように先輩は声をあげた。


「心太郎君は来たかい?」

「……え」

「先生達に話を聞いてみたら個人情報がどうので反応が悪くてね、雨上君なら何か知らないかな?」

「あ、えっと……」


 そうか先輩は早退したから知らないのか。となると妹の方も知らないのか……厄介な。

 とは言うがこのまま先延ばしになると後が怖いしな、ここはハッキリ告げよう。


 俺はポケットからスマホを取り出すと、昨日心と一緒に撮った写真を先輩に見せた。


「いきなりなんだい、誰だいこの子?」

「あ、いや、その」

「雨上君の彼女かな? うん可愛いと思うよ。でも今は心太郎君のことを聞きたいんだ」

「……えーと、だから」

「なるほど、雨上君も教える気がないと言うことかな。じゃあ私は行くよ。自分で確認しに____」

「先輩!!」


 確かに言い淀んだ俺も悪かったが、コチラの言葉を聞こうとしない先輩に苛立ちを覚え思わず大声を上げてしまったが、気にせず続けて言った。


「この子が心太郎です」

「……え」

「今は心って名前です」

「……何を言って」

「心曰く____」




「神様が女の子にしてくれたって言ってました」

「____ッ!」


 瞬間、俺は武道場の壁に叩きつけられた。

 あまりの痛みと衝撃で悶えそうになるが、それを止めさせ俺の動きを封じるように先輩は俺の喉元に竹刀を突き立て言った。


「心太郎君が____なんだって?」


 この先輩は今まで見たことがない程に恐ろしい顔をしていた。



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