第41話 心通う時
アルヴェリアの街並みが近づく頃には、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
魔導艇がゆっくりと着地すると、街の喧騒が遠くから聞こえている。
「では、私とカンナで物資を補給しよう。」
ルシアナが軽く手を振る。
「任せてください!
必要なものは全部揃えておきます!」
カンナは元気よく胸を叩いた。
アスト、ミア、ハンスの三人は、レオンの家へ向かうことにした。
夕暮れの光が石畳を照らし、街の影が長く伸びている。
「そういえば、ハンスは確か……
彼に会うのは初めてですよね?
レオンさん……腰を抜かすんじゃ……」
ハンスを眺め、アストが苦笑する。
「俺の顔を見たら気絶するかもしれんな。」
ハンスも苦笑し、軽く頭を掻いた。
ミアは黙ったまま、少し不安そうにアストの袖を掴んでいた。
アストは優しく微笑み、そっと彼女の手を握った。
三人はレオンの家の前に立った。
アストがノックすると、しばらくして扉が開く。
「おお、アストか──」
レオンはいつものように顔を覗かせた。
しかし、アストの隣に立つハンスの姿を見た瞬間、その表情が凍りついた。
「……ッ……!」
レオンの顔から一気に血の気が引いていく。
彼は反射的に俯き、怯えの滲む震える声で呟いた。
「……あ、あなたは帝国の……!
ついにこの日がきたのか……。
私はいい……頼む、妻だけはどうか……!」
レオンの声は震えたまま、しかし必死に妻を庇う。
その姿には、恐怖と共に揺るぎない覚悟が入り混じっていた。
「まてまて!!レオン殿、誤解だ……!」
ハンスは慌てて両手を横に振った。
「俺はもう、帝国の大将ではない!
──あなたに渡す物があるだけだ!」
レオンは顔を上げ、困惑したように瞬きを繰り返す。
「……渡す物……私に……?」
ハンスは懐から、一通の封筒を取り出した。
「帝国軍の新たな元帥から、あなたに宛てた手紙だ。」
レオンは恐る恐るその封筒を受け取る。
彼は震える手で封を切ると、ゆっくりと手紙を広げ読み始めた。
──レオン・ギルバート殿──
此度は、我が帝国軍が貴殿に大変な無礼を働き、奥方様も含め多大なご心労をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げる。
さらには、守るべき国民の命と生活を脅かし、あまつさえ奪い去るなど、決して許されぬことであり心痛の念に堪えない。
このエリオット・ホーガンが元帥となった以上、貴殿と奥方様の身の安全はこの名にかけて保証すると誓う。どうかご安心いただきたい。
ついては、貴殿に“帝国考古学研究室室長”として、アスト殿らへの惜しみない助力を賜りたくお願い申し上げる。
この度は深くお詫び申し上げるとともに、貴殿のますますのご健勝を心より祈っている。
──帝国軍元帥 エリオット・ホーガン──
読み進めるにつれ、レオンの目に涙が溜まっていく。
そんな彼に、ハンスは“ある物“を差し出した。
「これは、あなたの身分──
“帝国考古学研究室室長“であることを保証する徽章だ。
どうか、受け取ってくれ。」
「こ、これは……
これが私の……徽章……?
もう……こそこそと隠れて暮らす必要はない……?
妻にも……晴れやかな生活を、させてやれるのか……?」
レオンは手紙を胸に抱きしめ、徽章を手に取ると、ぽろぽろと涙をこぼした。
ハンスはその肩を力強く叩いた。
「よかったな、レオン殿。
あなたのことはブライト殿から聞いている。
あなたの知識は、我々に──この世界に必要だ。」
レオンは涙を拭い、力強く頷いた。
「……もちろんです!
私にできることなら、何でも!」
アストも心から喜んだ。
「レオンさん、本当に良かった……!」
その時、アストの影からミアがそっと顔を出し、レオンの前に歩み寄った。
「レオンさん……その……
今まで、ごめんなさい……。」
レオンは驚いたように目を瞬いた。
ミアはぎゅっと拳を握りしめ、震える声で続けた。
「レオンさん……
こんなに頑張ってくれてるのに……
私、ずっと……嫌な態度で……
──本当に、ごめんなさい……」
その瞳を涙で揺らし、真摯に向き合うミア。
そんな彼女に、レオンは大きく首を振った。
「君が謝る必要なんてどこにもない!
私は……とんでもないことをしてしまった。
でも、君のおかげでアストは助かったんだ。
本当に……!本当にありがとう!」
そう言うと、彼はミアの前にしゃがみ、少し照れくさそうに苦笑した。
「こんな男だが……許してくれるかい?」
「うん!
みんなで……世界を救おうね!」
ミアはそう言って、花のような笑顔を浮かべる。
その言葉と彼女の笑顔に、レオンは胸を震わせた。
「……ああ。もちろんだとも!」
その瞬間だけは、世界の不穏も、迫り来る危機も忘れさせてくれた──
春の香りを滲ませる日向のような、そんな穏やかな温もりが、四人を包み込んでいた。




