第39話 この世界の謎
アルヴェリアへ向かう五人。
魔導艇は静かに草原を滑り、雲の切れ間から差し込む光が甲板を淡く照らしていた。
遺跡での緊張が解けたのか、艇内には静かな空気が流れていた。
ミアは窓際で外を眺め、カンナは操縦席で微調整をする。
「俺には細かいことは分からんが……
分かったこともあれば、謎も増えた。
まさに、堂々巡りという感じだな……」
ハンスは腕を組み、眉間に皺を寄せた。
その言葉に、アストは苦笑いを浮かべて軽く頭を掻く。
「……ほんとですね。
真実に近づいてるとは思うんですが……」
「いや、すまんな。
お前を責めてるわけじゃない。
探求とは、難しいものだと思ってな……」
「ええ。ちゃんとわかってますよ。
ほんとに……この世界は謎が多いです。」
「ははは。そうだな。
謎との勝負はお前に預けて、俺は少し風にあたってくるとしよう。」
そう言って、ハンスは甲板へと向かった。
アストの向かいに座るルシアナも、剣の手入れをしながら深く考え込んでいた。
「私はずっと、聖王国の騎士として生きてきた。
皆と旅をするようになってから、驚かされてばかりだ。」
そう言って剣を磨くルシアナに、アストもぽつりと呟く。
「僕も似たようなもんかな。
何の取り柄もないただの学者だった……
でも、ミアと出会ってからは不思議なことばかりだ。」
その声には、真実へ迫る期待と、深まる謎への戸惑いが入り混じっていた。
アストは、これまでの旅で感じたことを吐き出すように言葉を続けた。
「この世界は、そもそも謎が多い。
でも、全部繋がってる気がするんだ。
遺跡も、短刀も、救済者や調停者も……」
アストがそう言うと、ルシアナは手を止め、少し考え込むように目を伏せた。
「謎が多い、か……確かにな。
それこそ、種族の神など寝耳に水だ。
我々の文明圏では、“神が我々の祖を創られた”と伝えられている。
だが、それもどこまでが真実なのか……今となっては分からないな。」
アストは目を見開き、ルシアナを見た。
「そっちは“創られた”、なのか……
ドワルギア文明圏では全然違うんだ。
“我々の祖は別の星から降り立った”と、そう伝えられてるよ。」
ルシアナは驚いたように顔を上げた。
「別の星から……?
そんな話、初めて聞いたぞ……
なんというか、その……壮大な話だな……」
◆◆◆
この世界で、二つの文明に伝わる神話時代の歴史は、大きく異なっていた。
それにも関わらず、ある確かな共通点があった。
それは、どちらも“1万年前に起きた出来事である“という点だった。
なぜなら、この世界に散らばる遺跡、そこに眠る遺物の数々、さらには各地に埋まる動植物の遺骸に至るまで、“1万年前を境に“ぷつりと途切れてしまうからだ。
それより古いものは、全世界で、現状一切発見されていない。
まるで、世界が突然──
そこから始まったかのように。
この不自然さがいつしか、両文明が信じる神話時代の歴史に繋がっていたのだった。
◆◆◆
エルフ種とドワーフ種、それぞれにまつわる伝承の違いに、目を見開くルシアナ。
そんな彼女を見て、アストも苦笑いを浮かべて言った。
「僕も、子どもの頃は作り話だと思ってた。
でも……遺跡、短刀、そしてミアの力……
今まで起きたことを考えると、ただの神話じゃない気がしてきたよ。」
ルシアナも深く頷いた。
「……そうだな。
遺跡にあった石像も、短刀も……
ただの古代文明の遺物では片付けられないからな。
“真実に関わる何かを封じている”としか思えない。」
アストは短刀を取り出し、光にかざした。
古代文字が淡く輝き、刃の溝が影を落とす。
「この溝──
鍵として、どこかに嵌め込むよう造られてると思うんだ。」
ルシアナは眉を寄せた。
「だとすれば、封印を解くための……
あるいは、封印を維持するための……?」
アストは頷いた。
「どちらにせよ……
僕たちが知らない“何か”がある。
それも、世界の根幹に関わるような……」
──艇内に再び沈黙が落ちた。
ミアが窓の外を見つめたまま、小さく呟く。
「……ねぇ、アスト。
1万年前には何もなかったなら……
この星は、それまでは何があったのかな?」
アストとルシアナは同時にミアを見た。
「ミア……それはどういう意味だ?」
ルシアナが尋ねる。
ミアは小さく膝を抱えて言葉を続けた。
「だって……遺跡も、文献も、何もかも……
全部、1万年前より古いものは見つかってないんでしょ?」
アストは静かに頷いた。
「そうだね。世界中……
どちらの文明圏でも、1万年前を境に痕跡が途切れてる。」
ミアはアストを見て言った。
「じゃあ……それまでは?
人間だけじゃなくて、動物も植物も……
何もかも遺ってないなんて……そんなこと、あるの?」
その言葉にアストは戸惑い、考え込んだ。
ミアの言うことはもっともだ──簡単なことを見落としていたことに、彼は気付かされた。
「何もない……調停者と救済者……
伝承に語られる破壊と、再生……
まさか……!いやでも、そんなこと、あり得るのか?」
アストのその言葉に反応し、ルシアナも険しい表情を浮かべた。
彼女もまた、何か恐ろしいことに気づいたようだった。
「おい、アスト……まさかとは思うが……」
ルシアナが震えた声を漏らすと、アストも怯えたように呟く。
「いや、やはりそう考えると辻褄が合う……
今までずっと、ただの“歴史の空白”だと思っていた……
だけど、1万年前に、“世界が壊され、創り直された”としたら……
それぞれの異なる伝承に、共通点があることにも説明がつくんだ……」
ミアは息を呑んだ。
「この世界が……創り直された……?」
アストは短刀を見つめ、低く呟いた。
「ああ。あくまで可能性だけど……
でももし、この仮説が正しかったら……
なんとしても、僕たちでそれを止めないと……」
ルシアナは苦笑いを浮かべ、視線を落とす。
「この世界の命運が……
我々の背にかかっているわけか……
まったく……なんとも気が重い話だ……」
アストは、厳しい表情を浮かべて呟いた。
「でも……やるしかない。
ミアを守るためにも、世界を守るためにも。」
その言葉を噛み締めるように、ミアはアストの顔を見上げた。
アストの瞳は真っ直ぐで、以前のような迷いはなかった。
ルシアナは二人を見て、口元を緩めた。
「……そうだな。
まずはレオン殿に短刀を見せよう。
アストと彼の知識があれば、何か掴めるかもしれない。」
魔導艇は草原を抜け、アルヴェリアの街並みが遠くに見え始める。
この世界の謎は底知れない──
だが、彼らの新たな決意は、決して揺らぐことはなかった。




