第31話 遺跡の再調査
戦後処理からさらに数日、和平協定が結ばれてしばらく経った頃。
アルヴェリアの街は、戦後の慌ただしさの中にも、どこか安堵の色が漂っていた。
人々は、ようやく訪れた平穏を噛みしめるように、ゆっくりと日常を取り戻しつつあった。
そんなある日の朝。
アストの元に一通の連絡が届く。
【短刀の件で話がある。
至急、家まで来てほしい。
レオン】
「レオンさんからだ。
……至急って書いてあるな……
ちょっと、彼の家へ行ってくるよ。」
「ああ。それは急がんとな。
ミアのことは、俺とルシアナに任せておけ。」
アストは、ハンスとルシアナにミアを任せ、騒ぐ胸を抑えつつレオンの家へ向かった。
扉を開けると、そこには机いっぱいに広げられた文献や資料の山。
レオンはその中心で、眼鏡を押し上げながら何かを書き込んでいた。
「来たな、アスト。」
「レオンさん……何か分かったんですか?」
その問いに、レオンは机の上の資料を指で示しながら答えた。
「お前の父──ブライトが生前に残した研究資料だ。
やっと、落ち着いて調べ直す時間ができたからな。」
「……かなりの量ですね。」
アストは、広げられた資料に視線を落とす。
レオンは軽く息を吐き、話を続けた。
「ははっ、まったくだ。
ブライトが探索した遺跡の記述を調べていたんだが……
例の壁のような扉……やはり、彼も見つけていたようだ。」
「……思った通りだ……」
レオンは一枚の古い紙をアストに差し出す。
そこには、見覚えのある模様が描かれていた。
そう──短刀を守る石像が佇んでいた、あの部屋の扉と同じものだ。
「守護者の部屋を閉ざす扉……
やはり、あそこだけじゃなかったんですね。」
レオンは静かに頷く。
「ああ。ブライト自身も、この壁を怪しんでいたようだが……
壊すわけにもいかんし、どうしても開けられなかったらしい。」
アストは拳を握りしめた。
「……ミアがいれば、開くかもしれない。」
レオンは資料をまとめながら頷いた。
「そう思って、お前を呼んだんだ。
──遺跡の場所はドワーガ帝国の北部。
和平が成立した今なら、調査に向かうことができる。」
深く頷くアスト。
「はい。
……父が辿り着けなかった場所、か。」
レオンは頷くと、思い出したように呟いた。
「そういえば、ブライトは他に……
秘境にある古代文明についても調べていたようだが……」
アストは首を傾げ考え込む。
「秘境の文明、ですか?」
「ああ。生前、何か聞いていないか?」
「確か……小さい頃に一度だけ……
大陸最北端に昔あったっていう……
でもなんというか……御伽噺みたいな曖昧なものでしたよ?」
「そうか……
今回の件には、あまり関係なさそうだな……
短刀の件が落ち着いたら、また改めて調べてみるか。
とりあえず今は、短刀についての調査を優先しよう。」
レオンは少し残念そうに呟く。
アストは、真摯に向き合ってくれる彼の姿に尊敬と感謝を抱いていた。
「いつも、ありがとうございます。
早速、みんなで資料にある遺跡へ行ってみます。」
こうして、改めてドワーガ帝国領の遺跡へ向かうことが決まった。
◆◆◆
──その日の午後。
四人は、ドワーガ帝国へ向かう準備を整えていた。
ミアは荷物を抱えながら、少し緊張した面持ちで空を見上げる。
「……まさか……
ドワーガに帰れる日が来るなんて……びっくりだね。」
ミアが呟くと、アストは苦笑いした。
「そうだね。
……もう二度と帰れないと思ってたよ。」
ハンスも肩をすくめる。
「俺は、討伐命令が下っていたからな。
──こうして堂々と帰れるとは。
人生はわからんものだな。はははっ!」
三人の表情には、安堵と嬉しさが滲む。
ルシアナはそんな三人を見つめ、静かに微笑んだ。
「……よかったな。
皆が胸を張って帰れることが、私も嬉しい。」
ミアは、あの花のような笑顔を浮かべた。
「ルシアナも、一緒に来てくれてありがとう。」
「当然だ。
この旅は、もう私の旅でもあるんだからな。」
ルシアナのその言葉に、四人は視線を交わし頷き合った。
◆◆◆
その頃、遠く離れた聖王国では──
大戦終結の知らせが届き、王都は安堵とざわめきに包まれていた。
その中で、リリアはアストたち四人の無事を確認し、そっと胸を撫で下ろす。
「……皆、無事だったか!」
常に冷美な彼女の瞳にも、この時ばかりは、温かい安堵の色が浮かんでいた。
しかし、その裏──
聖王国五大貴人家の一角、アルベド・ドゥラド・ゴルドハートの屋敷では、怪しい空気が流れていた。
薄暗い部屋の中、深い紫の瞳を持つ男が、静かに書簡を読み終える。
その瞳は、まるで他人の命を天秤にかける悪神のような冷気を帯びていた。
アルベドは、ゆっくりと立ち上がる。
彼のそばには、“暗部“の一人が深い影を纏い佇んでいた。
「──悟られるなよ。」
アルベドは、冷たく刺すように囁く。
その声は、底知れぬ野心を孕んでいた。
真実を探す四人の旅の裏──
聖王国では静かに、しかし確実に、不穏の種が芽吹いていた。




