第1話 孤独だった二人
孤独な二人はこの箱庭で出会い、初めて家族の温もりを知った。
だが、二人はまだ知らない。
そこにある幸せが、星の宿命の終わりと共に、儚く静かに消えゆく事を──
蒸気の白い靄が街路を漂い、石畳の隙間からは機械の唸りが低く響いていた。
ここはドワーガ帝国──大気魔力を燃料に変換する巨大な機械文明の中心都市。
至る所に蒸気のように霧散する魔力は“魔蒸気“と呼ばれ、人々は当たり前のように吸い込み、日常を営んでいる。
だがその街角に、少し場違いな男がいた。
アスト・リーゼウス、歳は30手前で着古した焦げ茶色の外套に身を包み、片腕は簡単な掘削機能が付与された工業義肢。
顔立ちは悪くないが、どこか頼りない印象を漂わせる。
帝国公認の考古学者である彼は、亡き父の残した研究を継ぎ、古代遺跡を渡り歩く日々を送っていた。
街に立ち寄っても長居はせず、孤独な旅を続けてきた。
その日も遺跡の調査を終え、街外れの孤児院の前を通りかかる──
何気なく孤児院の窓へ顔を向けると、視線の先に一人の少女の姿があった。
質素な服を着ているのに、なぜか品のある雰囲気を纏っている──歳は十六ほどだろうか。
輝く海を思わせる彼女の澄んだ青い瞳は、なぜかアストの胸に焼き付いて離れなかった。
少女は窓辺に座り、ぼんやりと外を眺めている。
その姿はまるで、星明かりに照らされた天使のようだ。
しかし、どこか寂しげな表情を浮かべ、まるで感情を閉ざしているかのように見えた。
アストが視線を落とし、遺跡の荷物を抱えて通り過ぎようとした瞬間だった。
不意に透き通るような声が彼の耳に届く。
「お兄さん…旅…してるの?」
少し遠慮気味に話す少女。
アストは驚きつつも、纏った外套の端を摘んで優しく答えた。
「そうだね。遺跡の調査をしてるんだ。こんな格好じゃ、軍人には見えないだろ?」
「ふふっ。でもそっちのが好き。旅の話を聞かせて。」
彼女はそう言ってクスっと笑顔を見せた。
彼女の名前はミア。
孤児院で暮らしており、旅の話を聞く時だけ花が咲いたように笑ってくれた。
それから二人は、度々言葉を交わすようになった。
「あの時は、瓦礫が崩れてきてね──」
「え!大丈夫だったの!?──」
遺跡や旅先での話をすれば、ミアは目を輝かせて耳を傾ける。
普段は表情が乏しく、寂しそうな彼女が見せるその笑顔は、アストの枯れていた心を潤すには余りあるものだった。
アストは気づけば、遺物や文献の研究よりも彼女への手土産を考える時間が増えていた。
母を幼くして亡くし、父は研究に没頭していてほとんど家には居なかった。
アストは近くの孤児院で、本を読ませてもらう事が唯一の楽しみだった。
そんな孤独だった彼の心に、初めて「家族」という言葉が芽生え始めていた。
やがてアストは周辺の調査を終え、街を離れる日が近づいていた。
この日も、いつものように孤児院を訪れたアスト。
彼は迷いながらも口を開いた。
「僕には使命がある。
──でも、ミアを家族のように大切に思ってる自分がいる。」
少し間を空けてアストは続けた。
「このままこの街を去るのは心苦しくて……
もし君が嫌じゃなければ、僕と……家族になってくれないか。
──二人で、世界の景色を見に行こう。」
ミアの瞳に涙が浮かぶ。
彼女もまた、アストを兄のように、父のように慕っていた。
「……行きたい。
一緒に見てみたい。──世界を!」
少し震えた声で答える彼女の顔は、旅の話を聞いている時のような笑顔だった。
孤児院での手続きは、帝国公認の考古学者という肩書きのおかげか、驚くほどすんなり終わった。
この肩書きに感謝したのは後にも先にもこの日だけだ。
──数日後。
アストはいつもの遺跡帰りとは違う、少しばかり整えた身形で孤児院の前に立っていた。
その顔には、家族が出来る事への期待と緊張が浮かんでいる。
「──アストっ!」
小さな荷物を抱えウサギのように飛び出してきたミアは、不安そうに立つアストの胸に飛び込んだ。
アストが少し下を向くと、そこにはあの花のような笑顔でこちらを見上げるミアがいた。
こうして、家族になった二人の温かい旅路が静かに始まった──
読んでくださりありがとうございました。
二人の旅を楽しんでいただければ嬉しいです。
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