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二度目の貴族令嬢~エレノアは産業革命に抗わない~  作者: 坂道光
Movement1:二度目の貴族令嬢生活
5/5

scene5:使用人室で修理~エレノア@手に馴染む工具に、不思議な既視感を覚えます。

# scene5:使用人室で修理


「マシュー、どうしたの?」


ソフィア姉様が声をかけると、マシューは慌てたように頭を下げた。


「失礼いたします。実は応接室の置時計が突然止まってしまいまして」


手に抱えているのは美しい木製ケースのブラケットクロック。真鍮の装飾が朝日に光っている。


「それは困ったわね」


ソフィア姉様が眉をひそめる。


「お客様がいらっしゃるのに」


そうだ、母がブラッドリー子爵夫人をお迎えする予定だった。


「修理はどうするつもり?」


「屋敷管理人のギルバート・スミスが出かけており、判断がつかないのです。このままだと街の時計店に修理に出すことになりそうで…」


時計店での修理は時間も費用もかかる。この時代、時計は貴重品だ。


「少し見せていただけますか?」


私が手を伸ばすと、マシューは困った顔をした。


「うーん…」


屋敷のお嬢様に触らせて良いものか迷っているのが分かる。


「私がお母様に許可をいただきます」


ソフィア姉様が助け船を出してくれた。


「それなら…」


マシューが了承する。


私たちは屋敷に向かって歩き出した。


歩きながら、私は時計をちらちらと観察する。


外見からは、特に損傷は見当たらない。


でも、止まっているということは、内部の機構に何らかの問題があるはずだ。


頭の中で、また不思議な知識が浮かんでくる。


ブラケットクロックの構造…振り子機構…脱進機…


これらの言葉が、なぜか自然に頭に浮かぶ。


一回目の人生にはなかった知識だ。


でも、どこかで学んだような気がする。


ふっと何か断片的な景色が浮かぶ…


天井からの眩しい白い光に照らされた部屋。

金属と硝子で作られた見慣れぬ道具が整然と並んでいる。


そこで大人になった私が、精密な工具を使って何かを修理している。


それは一回目の人生とは明らかに違う時代、違う場所。


これも私の記憶?


「エレノア?」


ソフィア姉様の声に我に返る。


「あ、時計のことを考えていました」


慌てて答える。


「時計に詳しいの?」


「少しだけ…本で読んだことがあります」


嘘ではない。でも、本以外の知識もあるような気がする。


屋敷に着くと、ちょうど母が応接室の準備をしているところだった。


「お母様」


ソフィア姉様が声をかける。


「あら、お帰りなさい。どうしたの、マシューも一緒に」


母が不思議そうに私たちを見る。


「実は、応接室の時計が止まってしまいまして」


マシューが状況を説明する。


「まあ、それは困ったわね」


母が眉をひそめる。


「お客様がいらっしゃる前に直せるかしら」


「それで、エレノアが時計を見てみたいと言っているのですが」


ソフィア姉様が説明してくれる。


「エレノアが?」


母が驚いたような表情を見せる。


「時計の本を読んだことがあるので、何かわかるかもしれません」


私が説明する。


母は少し考えてから、優しく微笑んだ。


「そうね。見るだけなら問題ないでしょう」


「ありがとうございます」


私が嬉しそうに答える。


「でも、触る時は気をつけてね」


「はい、承知しております」


マシューが安堵の表情を見せた。


母の許可が得られたことで、責任の重さが軽くなったのだろう。


「どこで見るのがいいかしら」


母が考える。


「使用人室をお借りできればと思います」


私が提案する。


「そこなら道具もそろえやすいと思います。」


「そうね。それがいいでしょう」


母が同意してくれた。


私たちは使用人室に向かった。


******


使用人室は、屋敷の地下にある広い部屋で、控室兼談話室となっている。

すぐそばには、様々な道具や材料が整理されて保管されている部屋もある。


ギルバートが普段使用している修理用の道具もここにある(はず)。


「必要な道具はありますか?」


一通り道具を並べてくれたマシューが尋ねる。


私は部屋を見回す。


「精密ドライバー、ピンセット、拡大鏡…」


これらの道具の使い方が、なぜか頭に浮かんでくる。


「これとこれを借りられますか?」


私が指さすと、マシューが驚いたような表情を見せた。


「エレノア様、道具の名前をご存じなのですね」


あっ! 道具を確認したときにどうやら声に出していたらしい。


確かに、8歳の子供が修理用の道具の名前を知っているのは不自然かもしれない。


「本に載っていました」


またしても本のせいにする。


でも、実際に道具を手に取ると、その重量感や感触が妙に懐かしい。


まるで以前に使ったことがあるような感覚だ。


「その…… 道具の扱い、慣れているように見えるけど」


ソフィア姉様が不思議そうに言う。


確かに、無意識に道具を正しく持っている。


「祖父様の道具箱で少し練習したことがあります」


嘘ではない。ただ、それだけが答えでもない。


その時、使用人室のドアが開いた。


数人の使用人が興味深そうに覗いている。


そして、執事のフレデリック・ステッドマンの姿もあった。


50代半ばの落ち着いた男性で、クレイトン家の長年の執事だ。


彼は静かに部屋に入り、私たちの様子を観察し始めた。


「それでは、見せていただきます」


私が時計のケースを慎重に開ける。


内部の機構が露わになった瞬間、頭の中で何かがクリックした。


すべてが理解できる。そして、問題の箇所も一目でわかった。


「ここです」


私が指さす。


「ゼンマイにつながる歯車が切れています」


私の指摘に使用人たちがざわめいた。


「エレノア、どうしてそんなことが分かるの?」


みんなの声を代表するように、ソフィア姉様が戸惑った表情で尋ねる。


「先日読んだ本に時計の仕組みが書いてありました」


もはや『本に書いてありました』は私のテンプレになりつつある。


「ギルバートさんでも直せと思いますが、町の時計屋に出した方が、部品が揃うかもしれません」


本当は自分でも修理できそうだが、領民の仕事を奪うのは良くない。


「なるほど、修理は領内の時計店で。…ですか」


フレデリックさんが口を開く。


「それではそのように取り計らいましょう」


フレデリックさんの言葉に「お願いします」と答え、私はソフィア姉様と使用人室を後にした。


廊下を歩きながら、胸の奥で複雑な感情が渦巻いている。


あの技術的な知識は、一体どこから来たのだろう。


確かに本で読んだこともある。でも、それだけではない。


道具を手に取った瞬間の、あの妙な懐かしさ。


まるで以前に使ったことがあるような感覚。


頭の中で断片的に浮かんだ光景。


白い光に照らされた部屋。金属と硝子の道具。大人になった私が精密な作業をしている姿。


あれは一体何だったのだろう。


一回目の貴族令嬢人生にはなかった記憶だ。


でも、確かに私の記憶のような気がする。


「エレノア、大丈夫?」


ソフィア姉様の声に我に返る。


「顔色が少し悪いわよ」


「ええ、大丈夫です」


でも心の中は混乱していた。


一回目の人生の記憶。そして今の8歳の体。


それに加えて、まったく異なる時代の記憶らしきものまで。


三つの人生が頭の中で混在している感覚。


これは一体何なのだろう。


「少し疲れたのかもしれませんね」


庭園に向かう階段を上りながら、私は考え続けていた。


あの機械修理の知識は、確実に私の中にある。


でも、それがどこから来たのかわからない。


「エレノア?」


また姉の声。


「本当に大丈夫?とても考え込んでいるみたい」


「すみません、ソフィア姉様」


私は微笑もうと努める。


「時計のことを考えていて」


嘘ではない。ただ、時計を通じて浮かんだ記憶のことを考えていたのだ。


庭園に出ると、午後の日差しが心地よく頬を撫でる。


バラの香りが風に運ばれてくる。


でも、心の奥では不安が募っていた。


自分の中にある知識が、どこから来たのかわからない。


一回目の貴族令嬢人生では確実になかった技術的な理解。


それが今の私を支えているのに、その正体が掴めない。


「エレノア、座りましょう」


ソフィア姉様がベンチを指差す。


「はい」


座りながら、私は空を見上げた。


青い空に白い雲。変わらない景色。


でも、私の中では大きな変化が起きている。


それでも、一つだけ確かなことがある。


今度こそ、家族を守りたい。


クレイトン家を救いたい。


そのためなら、この不思議な知識も活用していこう。


たとえその出所がわからなくても。


遠くで、マシューが時計を抱えて急ぎ足で歩いている姿が見えた。


私の判断が正しければ、きっと修理は成功するはずだ。


そして今日のことが、私の新しい人生における最初の一歩になる。


謎多き記憶と共に歩む、二度目の貴族令嬢人生。


いや、もしかすると三度目かもしれない人生。


それでも、私は前に進んでいこう。


家族のために。クレイトン家のために。


******


ソフィア様とエレノア様が使用人室を出て行った後、私は一人その場に佇んでいた。


長年この屋敷で執事を務めてきたが、これほど興味深い変化を見せる子供は初めてだった。


技術的な知識と社会的な配慮を同時に示す8歳の少女。


自分で治せそうな雰囲気を出しながらもそれを隠し、領民の仕事を奪わないよう配慮する判断。これは普通の子供の発想ではない。


悪い夢を見たというエレノア様。そういう報告はすぐに上がってきた。

確かに朝から様子が違っていた。


まるで一夜にして大人びてしまったような印象を受ける。


旦那様がお帰りになったら、必ずこのことを報告しなければならない。


クレイトン家の令嬢に、このような変化が起きているということを。


「フレデリックさん?」


自分を呼ばれた声で我に返り、声の方向を見る。


どうやらマシューが話しかけていたようだ。悪いことをした。


「あの~...... この時計は、修理に出してもよろしいですか?」


「そのようにしてくれ。」


「わかりました」


マシューは、小走りで使用人室を出ていく。


その走る後ろ姿に、少し不安になるが、まあ大丈夫だろう。


私も少し気が急いているようだ。気持ちを落ち着かせて、執務室に戻ることにする。


どのように旦那様に報告するか…… どのような反応をされるか楽しみだ。

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