終わりの始まり
エルビス商会は元々奴隷販売を専門的に扱う組織であった。
奴隷という労働力、魔術が発展し病を治す術が普及し始めた世の中では食糧不足が発生していた。
元々子供というのは弱い生き物で、大抵の家族は十人の子供を産み、そのうち五人は赤子のうちに死亡して、三人は十歳になる前に命を落として、二十歳になるのは一人か二人。
奴隷制度というのも魔人達を奴隷として使役し利用するための制度であった。
けれど今や医療が発展し十人産めば即死でない限り、病などであれば治せるようになった。
飛躍的に子供の生存率は上がり、今まで十分な量であったはずの食料が足りなくなってしまった。
結果的に横行したのが魔人以外ーー人間の子供の奴隷売買である。
他国に売り飛ばすとか、変態貴族に売りつけるとか、もしくは飢えを前にした魔人に食料として物物交換するとか。
開拓を進めているということもあって若く、洗脳し、将来的に利用しやすい子供らは重宝された。
エルビス商会にとってまさに世の春であった。
捕まえれば捕まえるほど金になり、奴隷はまさに金のなる木。
表向きは何の変哲もない『エルビス商会』として。
裏では商会という立場を利用し住人を厳選し、攫い売り飛ばす『悪魔のエルビス』として。
アルグリア王国中にネットワークを広げる一大奴隷商として名を挙げ一時期国の経済はエルビスが握るとすら言われた。
けれど一部の馬鹿により、誤算もあって辺境伯の娘を攫い、凌辱し性奴隷として売り飛ばしてしまい、国の逆鱗を殴りつけてしまった。
結局娘はトラウマを患い、アルグリアの右腕とされるキール辺境伯は激昂し、犯人を確保、処刑、エルビス商会に対しても奴隷売買の一切の禁止、及びもし同じ事が起きれば軍事的行動も行うと通告した。
本来ならば徹底的に叩き潰されるところだったが、国の経済を回すエルビス商会を潰すわけにもいかず幹部の投獄という処分で終わった。辺境伯からも商会内に人が送り込まれ常に監視されている。
「ふーん、随分と詳しいんだね、君」
「伊達に裏の業界で生き延びてませんから。だからエルビス商会に喧嘩を売るのは得策じゃないですよ」
暴漢A、もとい彼にはリンクスという名前があるのだがアメリーは聞いてもいないので結局君とか暴漢くんとか呼ばれている。
二人は都市内の移動手段として使われる馬車に乗り、エルビス商会へと向かっていた。
手綱を握る二段腹の中年の親父が冷や汗を垂らしながら背後を振り返る。
「お客さん、もしかしなくてもエルビス商会にちょっかいかけるつもりじゃないですよね?その、巻き込まれると困るんですけど」
「大丈夫だぜ旦那!姉御だってそんなこたぁしねぇよ!」
「うん、そうだね。巻き込まれることはないと思うよ」
さて、とアメリーは立ち上がり懐から杖を取り出す。
その様子を見てリンクスは絶対この人喧嘩を売る気だと覚悟を決め、というより諦めて。護身用というか、脅し用のナイフを取り出す。
ーー商会、その本拠地の建物の裏口。
アメリーとリンクスを下すなりヤベェよヤベェよと泣きながら馬車はとっとと逃げてしまった。
「さて、一仕事しようじゃないか。もし太郎を誘拐して私との仲を割くような輩がいるのなら塵芥に返してやらないと」
爆発的に増大する魔力、魔力を感知できないリンクスですら威圧感を感じるほど。
無論それは商会の建物内の人間も気づいたのか、警備の人間達が剣を抜いて裏口から飛び出してくる。
数は五人、建物の窓からも弓を握る弓兵達が見下ろしている。
どうやらこういうことをするのは私だけじゃないらしいとアメリーは笑う。
赤いバンダナをした、どうやら警備の管理をしているであろう中年の男は慎重に剣をむけ、口を開いた。
「貴様!ここがエルビス商会の建物と知って魔力をたぎらせ、杖を向けているのか!」
強面の顔、歴戦の兵士といった男だった。
傭兵崩れか何かだろう、ずば抜けて戦闘力は高そうだ。
あまりの威圧感にリンクスは尻餅をついて後ずさってしまう。
「常套句はいい。太郎を知ってるかい?」
完全に無視をして、アメリーは質問を返す。
「姉御!?返事ぐらいしたらどうですか!?」
「あっそうか、無視は良くないな。自分の要件ばかり言うのも礼儀と言うものがなってないか。私はここがエルビス商会だと知っているし、奴隷売買をまだ続けていることも知っている。もしかしたら新しく捕まえた人間が私の友人かもしれない、黒髪の、私と同じぐらいの背丈の青年がいるなら今すぐ返してもらいたい」
そう堂々と宣言するアメリーの話を聞いているのか聞いていないのか。
警備長は下卑た笑みをこぼし、ハンドサインで兵士たちに指示を出す。
裏路地の逃げ場を無くすようにアメリーとリンクスを囲い剣を向け、ゆっくりとその口を開いた。
まさに袋の鼠、リンクスは覚悟を決めどう逃げるかを思案する。
おそらく姉御もそう考えているだろうーー姉御がことを起こしたらすぐに走り表通りに逃げる。
そうすれば奴らもそうそう追ってこれない。
「姉御!」
「ああ、わかってるよ暴漢くん」
よかった、危機感の共有は完璧だ。
リンクスは暴走猪のように姿に反して好戦的な姉御の理解に安堵した。
警備長の男は口髭を撫で、一切の隙なく剣を構え口角を上げる。
「見てくれのいい嬢ちゃんは高く売れそうだな、オメェら、傷物にするんじゃねぇぞ。男の方は殺して構わない。悪いな嬢ちゃん、失踪した人間を探しにくるのもあんたらが最初じゃあねぇんだわ」
「宣戦布告ということでいいのかな?」
「いいや違うね、これは一方的な暴力だ。抵抗しなきゃ痛い目に合わせるぐらいで済ませてやるよ。強気な女ほど無理やり犯したときに反応が良いんだ、今夜は楽しませてくれよ」
「あいにくと期待には添えそうにないな。かくいう私も自分が圧倒的強者と思っている奴を一方的に嬲るのが好きなんだ」
「いい趣味してるじゃねぇか、嫌いじゃねぇぞ」
そう軽口を返し、手を振り下す。
「やれ」
最初に動いたのは弓兵達であった、相手の逃走能力を完全に削ぐ、そのために脚を狙い数多の矢が放たれる。
それら全ては初めにリンクスに向けて放たれた。
八本の矢は両足から急所の胸と頭を狙い放たれ、一瞬で眼前へと迫る。
リンクスは咄嗟にナイフで矢の腹を叩きつけ軌道を逸らしなんとか頭への一発を回避。
感で飛び、地を転げることでなんとか掠るだけで済んだ。
ただ転げた先が悪かった、剣を振り上げる男の眼前だったのだから。
生死を問わない、どちらにしろ殺すのだから脅威であろう男の方から始末しよう。
その発想は大抵の場合は正しい。剣士や魔術師になるのは富裕層の貴族の息子であり、ガタイのいいリンクスが危険かもしれないと考えるのは妥当だ。
誘き出すために放たれていた魔力もアメリーはもう抑え、ただの枝切を握る一般人にしか見えない、少なくとも、弓兵達はそう認識していた。
「さて、暴漢くん、両眼を塞ぐといい」
目の前に迫る剣、それを前にナイフを振り上げ両眼を閉じる。
弓兵達は、自身らの認識が間違っていたと、次の瞬間視界を塗りつぶす極光に後悔することとなる。
耳をつんざく爆発音、粉々に砕け散る部屋部屋。崩壊して行く壁。
突如放たれた爆風に吹き飛ばされ兵士たちの体は投げ飛ばされる。
爆発とともに訪れた極光は悉く兵士たちの視界を奪い、その豪風は体を投げ飛ばした。
リンクスがその両眼を開けたときに映っていたのは落ちてきたレンガが謎の光に阻まれ、自信を逸れて落ちていく様だった。
「いっ一体何が……!?」
「ちょっとして目眩しと爆発だよ。大丈夫一人も殺してない、君含め死なない程度に防御魔術を張って置いたからね」
袋の鼠?誰が一体そんな言葉を使った?追い詰められたのは相手の方だと語るようにアメリーは杖を振り上げる。
「まだやるかい?お盛んなお猿さん」
警備長へと杖を向けとてもいい笑顔を浮かべる少女の姿に、喧嘩を売る相手を間違えたと切実に理解した。
そして、決して勝てない相手ではない、ということも。
「猿は猿でも悪どい猿だ。テメェは一発目で俺らをぶっころすべきだった。それがお前の敗因だ」
「負け犬の遠吠えなら十分だ、さぁ早く太郎をーー」
「姉御!後ろだ!」
一切の気配を感じさせず、まるで影がいつもそこにあるかのように自然と男が立っている。
防御結界の内側、死角に滑り込んだ男はナイフを振り上げ、アメリーに振り下ろした。
血飛沫とともに鈍い音を立ててその体が地に崩れ落ちる。
毒が塗りたくられ、紫色だったナイフは今はアメリーの血の色で真っ赤に染まっていた。
痛む体を起こし、警備長は危なかったなとこぼしながら地に伏せる体の前に立つ。
「殺してねぇだろうな?」
「……急所は外した、麻痺毒でもう体はまともに動かないだろう」
全身黒づくめの男か、女かわからない人間がそこにいた。黒い仮面に黒いローブ、刀身が異様に細いナイフを右手に逆手で握り、悠然と、ただ静かにそこに佇んでいる。
警備長は血を流し、地に伏せるその体を踏みつけ、肩から背中にかけられた傷を見る。
「けっ、折角の上物を傷物にしちまいやがって」
「油断はあまりにも危険だ、現に慢心した貴様が無様に地に叩きつけられていただろう」
「あ?喧嘩売ってんのかお前?」
「事実をありのままに言っただけだ。油断しているから男を逃しかけるのだ」
背後、先程までいたはずの青年の姿を探し、警備長はため息を吐いた。
「そう遠くに言ってねぇはずだ。追えばいい話だ」
「ふむ、詰んだな」
深くため息を吐いて、黒装束の男はナイフを落とす。
「あ?何言ってんだおまーー」
空に、キノコ雲が上がる。
屋根上から突如として放たれた爆裂魔術。膨大な熱を伴うその一撃は一切の容赦無く黒装束の男と警備長を文字通り消し去った。
塵一つ残さず、防御魔術の張られたその内側、的確に二人だけを狙って放たれた術式は土を溶かし、その場には形成された僅かなガラスだけが残った。
屋根上、エルビス商会の向かいの建物。
そこからアメリーは顔を出し言葉を溢す。
「いやはや、あぶなかったねぇリンクス。囮役ご苦労だったよ」
「しっ死ぬかと思った……」
ーーエルビス商会への殴り込み、それが行われる前に簡単な計画を二人は立てていた。
相手はおそらく誘拐の常習犯、証拠を残さないあたり、逃げ延びたものはいない。それを可能とする何かしらのカラクリがある。
だからこそアメリーは自身の分身を光の屈折を利用し魔術で映し出し、屋上から魔術を行使。
さも眼下の自分が魔術を使っているように演出した。
ちなみにリンクスは普通に生身だったのでかなりあぶなかった、予定通り路地に入り込み、防御魔術の外側に出れていなければその体は塵芥になっていただろう。
アメリーはリンクスを抱え、路地に舞い降りるとゆっくりと口を開いて。
「さて、暴漢君。殴り込みの時間だよ」
と、笑ったのだった。
ーー
身代わりの装束が焼け落ちる、魂の半分と寿命が犠牲として持っていかれるのがわかった。
あれは相手にしてはいけない、戦ってはいけない存在だと、瀕死の黒装束の男は認識した。
殺し屋として長い彼ですら魔力を認知できずに、一方的に封殺される。おそらく暗殺を仕掛けたところで通じない。
できるだけ現場から離れるように、男は駆けるのであった。




