終わりの朝
『』の間のセリフは別言語と認識していただければ。
私は平凡な少女だった。
音楽が好きで、おじいちゃんが好きで、家族が大好きな平凡な少女。
ドイツの、辺境で生まれた私の生活は退屈で、けれど色彩に満ち溢れたものだった。
友人がいて、家族がいて、知り合いがいて。街を歩けば皮肉屋のおばあさんが素直じゃない心配をしてくれるし、パン屋のお姉さんが菓子パンをくれる、花屋のおばさんは母の日にお母さんにね、と花束をくれる。
放課後は友達とかけっこをしたり、おままごとをして、一緒に笑い合った。
そんな生活も父の仕事の都合で、日本に行くことになり、全てが終わってしまった。
友人は、毎週手紙を送るからねといった。
親友が心細くならないために絶対に続けるからと。
日本での生活は予想以上に心細かった。
友達もいなければ言語も通じない、近所の人は奇異の目で見つめてくる。
煙たがれることすらあった、悪人ばかりではないと分かっていても小学生の私の脳は誰も彼もが敵に見えてしょうがなかった。
転校した初めの方は誰も彼もが話しかけてきた。
何一つ言っていることがわからなかったけれど、今考えればどこから来たのとか、そういうのを聞いてきたんだと思う。
けど、私は一気に畳みかけられて怖くなってしまって泣いてしまった。
孤立。
日本に行く前は友達をたくさん作るんだと笑っていた私は見事に孤立した。
おぼつかない日本語で何か話しかけても、クラスの女生徒には無視されるようになった。
どうやらいじめられているらしい。
そう気づいた時にはもう遅かった。
友達からの手紙だけが唯一の救いだった。彼女は気づいていないふりをし続ければ相手もやめるだろうと言った。
それからは積極的に話し続けた。
自分の日本語が幼児のような拙いものだと分かっていても、なんとか会話をしようと努力した。
いじめは無くなったけれど、それだけだった。
友達はできない、けれど学校には行かなければいけない。
逃げてはいけないと思った。
自分の努力が足りないのだと言い聞かせた。
友達からの手紙も減り始めた。
週一から月一へと変わり今はもうこない。
怪我でもしたんじゃないかと心配し手紙を送るけれど、たまに返事があれば言い方で、最近は私も送るのをやめてしまった。
本が好きだ、そうだ本を読めばいい、一方的に読み続け、私を無視することもない。
クラス替えというのがあったそうだけれど、母が聞いた通りのクラスへと移動して、本を開くだけだ。
朝の時間はそうやって過ごそう、昨日と変わらない今日、今日と変わらない明日、ならばそれらを充実させ、知識を得よう。
ドイツ語の本を開き、読み始めようとしたその時、眼前から声がした。
「バッバームクーヘン?あっいや違った、ぐーてるもーげん?」
誰に話しかけているのか、いや私だろう。
見上げればクラスメイトの少年がいる。
あんまり冴えない顔で、イケメンとは言い難い。
発音だって最悪だし、グーテンモーゲンだ、けれどそんなことはどうでもよくて。
なぜか涙が出てきて、止まらなくなってしまった。
先生が来て、少年は先生に連れて行かれ、いろいろなことがあって、翌日。
担任の先生とともに一人の女性が教室に入ってきた。
背の高い人で、艶のある黒髪を後ろで結いてすらっとした体型はモデルさんみたいで。
先生が何かを言うと、彼女は笑顔で何かを返し、私に向かって。
『この学校に来るのが遅れてすまない。前期の末から来れないか頼まれていたんだがなかなか仕事が終わらなくてね。私は青山翔子、今日から君の通訳を務める人間だ』
『ドイツ語、え?しゃべ、レルの?』
『私は昔厨二病という患いをしていてね、ドイツ語というのにロマンを見出し勉強したんだ。最終的にドイツに留学して発音や聞き取りを直して、今こうやって喋れてるというわけだ。言語が通じない環境の辛さは私も知っている、ぜひ頼ってくれ』
差し伸べられた手を握り返した。
視界の端で、担任の先生が先日の少年と話しているのが見えた。
『私、日本語が喋れるようになりたい』
そういうと、彼女はにっこり笑って。
『それはいいことだ。是非君との会話の練習をしたいと言っている生徒がいてね。その生徒にはドイツ語を教えてほしいと言われたよ』
担任の先生に日本語で話しかけると、先生は笑顔で少年の肩を叩く。
なんとなく予想はしていた、そして彼がきてくれたらいいなと思っている自分がいた。
少年は私の前に来ると、昨日のように少し思案してから口を開いて。
『僕の、名前、太朗山田。友達になって。くれませんか?』
昨日よりも断然わかりやすいドイツ語、文法こそ崩れているけれど、一つ一つの単語の発音を何度も練習したのか聞き取れるレベル。
彼は右手を差し出して、私は笑顔でその手を握り返すのであった。
ーー私はなぜ泣いたのだろうか。
今考えればなぜかわかる、きっと嬉しかったんだ。
ひとりぼっちの私に挨拶をしてくれた、歩み寄ってくれた。
誰も彼もがどこか距離を置いていたのに、彼は土足で近寄ってきて握手を求めた。
ただそれだけの事が私にとってどれだけの救いになったのか、彼は知らないし、私もいうつもりはない。
なぜ私に話しかけてきたのか、聞いた私に彼はにっこりと笑って。
『僕もあんまり友達ができなかったんだ。だけど光輝が話しかけてくれて、友達になろうと言ってくれたのが嬉しかったし、何より格好いいなって思ったんだ。だから僕も君に話しかけたんだ』
と、言った。
それから私達は無二の親友になった。
小学校から、中学校、高校まで一緒に行ってご近所さんということもあり家族のような関係となった。
きっと彼も私を愛しているし、私も愛してるから両思い。
将来もずっと一緒だし、それを邪魔する奴がいるならばーー。
ーー
「さて、一仕事しようじゃないか。もし太郎を誘拐して仲を割くような輩がいるのなら塵芥に返してやらないと」
明朝、エルビス商会の拠点前に一台の馬車が止まった。
歴史家の間ではこの時点でエルビス商会の運命はすでに決まっていたとされる。




