宿屋②
部屋の光魔石をつけて、暖炉に薪をくべる。
昼は暖かいけれど夜は結構冷える、暖かくした方がいいだろう、話も長くなるだろうし。
エルはソファの隣に来るようにぽんぽんと席を叩く。
ベッドから毛布を持って隣に座り、エルにもう一枚かけてやる。
昔もこういうことがあった覚えがある。確かアメリーの家に呼ばれた時だった。
お互い拙い日本語とドイツ語で会話して、ろくなことにならなかったのを覚えている。
けど、最後は結局笑ってこうやって毛布にくるまってソファで寝落ちしたっけか。
今はもう昔の話だ、いや十年も経ってないから最近の話と大人は言うけれど。
「前もって聞いておくが、お主は幼女を好む特殊性癖を持つ輩ではないじゃろうな?」
「もしそうだっていったら?」
「お主は本当に馬鹿じゃのう、わしなりの冗談じゃ。そうじゃないとわかっているからいっとるんじゃ」
いやまあ違うのだけれども。
兄貴は知らない、オタクのノリでジト目ロリきたー!と叫んでいるのか、本気で叫んでいるのか、俺にはもうわからない。まあ楽しそうだからいいのだけれど。
イエスロリータノータッチだっけか?今この光景を兄貴が見たら泣いて羨ましがることだろう。まあ手は出さないだろうけれど、ノータッチって言ってるし。
俺もやはりノータッチを貫くべきーーと言ってももう抱きかかえて逃げているからなんともいえないけれど。
「毛布二枚もいらんのじゃが」
「子供は体温下げると体調崩しやすいからな。過剰なぐらいでちょうどいいんだ」
「もしやお主子供がいるのか?」
「いないな。ただエルと同じぐらいの妹がいる。もっとも人形で遊んで、にいちゃん見て見てーっていうような感じで、エルとは大違いだけれど」
それにどちらかと言えば俺よりもヒキニートの兄貴の方に懐いていた。
何かあれば天才神、妹は天使と心の底から褒め称える兄貴の方にそりゃあ懐くよな。
エルは若干迷ったかのように逡巡してから。
「今からする話を聞いたらもう本当に戻れなくなる。それでも良いのか?」
「エルが話すべきって思ってるなら別に構わないよ」
そうか、と一言呟いてからエルはそっと夜空で一段と輝く星を指さして。
「アルグリアはあっちの方向にある。もっとも輝く星である神星と、三角形を象る星ぼしの間がアルグリアの方向じゃ。この国に来るときに爺やが教えてくれた。美しい国じゃよ、一度お主にも見せたいほどじゃ」
「もし行ったら案内してくれよ、観光してみたい」
「いいじゃろう、このわしを観光案内人として使うと聞いたら臣下たちが卒倒するじゃろうな。まあ観光に行けるのもあと八年以内じゃ」
「八年?随分と具体的だな、規制でも入るのか?」
「違う。観光に行くには国自体がないと無理じゃろう。アルグリアはあと八年で滅びる。その後は血みどろの内戦で、魔族や列強の介入で再起不能になるわい」
ああ、やはりエルは。
「未来が見えているのか?」
そういう特殊能力があるならば、この達観した視点も未来を知っているかのような発言も納得がいく。
けれどエルはそっと首を振って。
「半分正解で、半分不正解じゃ。わしには未来が見えているーーそして実際に見てきた。信じるかどうかは、まあ馬鹿なお主のことじゃ、どうせあっそうとか言って信じるんじゃろう。わしは五十八回目の人生を歩んでおる」
「五十八回目」
「わしは見た目は小童に過ぎんが中身は結構な老婆じゃよ。体は育つことなく精神だけが老けちまったわい」
五十八回目、つまりはエルはやり直しを繰り返しているということか。
その上未来が見える……。
「いや待て、おかしい。未来が見えるならなんとかなるんじゃないか?どうやったら死ぬのを防げるとか」
「無理じゃ。少なくとも五十八回は失敗した。どれだけ足掻こうとわしが八年後に死ぬのは確定事項のようで、その先の未来はいつだって見えない、いや見えなかった。さっきまでは」
「……」
「裏路地、もしお主があそこで立ち止まっていれば晴れて勇者パーティーに戻れいたことじゃろう。幼馴染がお主を連れて宿屋に帰る。わしは衛兵に預けられ城に戻る。それでわしらの人生は交差するだけで離れていく。もう二度と会うこともなかったじゃろう」
「だからあの時複雑な顔をしていたのか」
もしあのまま残っていれば俺は昨日と同じ日常を謳歌できていた、けれどエルは迷ってしまった。もし俺が残らず彼女と共に今こうしていれば。
「未来が見えた、閉じ切った八年がやっと動いた。お主がこうしてわしから話を聞くことでまた違う未来へと動いたんじゃ」
「けどそうなれば、さっき言ってたみたいに俺に不利益があるってことか」
「……お主が八年後以降わしと一緒にいる未来が見えない。それにわしの未来視もやり直しのおまけみたいなもんじゃ。全てが完璧に見れる訳じゃない」
「だからさっき死ぬことになっても、って言ったのか」
未来に見えない、別の場所にいる可能性もあるだろうけれど、八年一緒にいて突然消えるとなればやはり死んだということではないだろうか。
「そうじゃ。わしが死ぬのが八年後ーーその未来が動いて、お主がわしが死ぬのと同じ時期に消える。ならば死んだと考えるのが妥当じゃろう」
「……今思ったんだけど、もし死にたくないなら光輝とか、いや光輝って言ってもーー」
「勇者じゃろう?知っとるよ。わしはあやつと共に未来を変えようとしたこともあった。希望を与えるという点ならあやつ以上のものをしらん。見えている未来が、確定した未来も変えられるかもしれないと願い四回やつと領主の城で出会って、やり直した。いいところまで行くんじゃが、結局最後は全て失敗してしまう」
「光輝でもダメなのか……」
俺を追放したはしたが、光輝のことだどうせ考えがある。
あいつは無駄なことはしない。絶対に。
親友としての色眼鏡かもしれないが、あいつは馬鹿じゃない、何か企んでる。
そういう企みや暗躍ができる男だ、あいつに頼ればなんとか行きそうなもんだが、ダメなのか…….。
そういえばと、エルはこちらを見上げて。
「お主勇者パーティーの一員なのじゃろう?それがなぜ今ここにいる?わしに未来は見えても過去は知らぬ。なぜあんな場所で油を売っとったんじゃ?」
「実はーー」
俺は正直に俺の身に起きたことを話した。
パーティーから追放されたこと、光輝に裏切られたこと。
自分の能力がないこと、言語のスキルのこと、エルが正直に話したのだから俺もできるだけ詳細に話した。
するとやはり納得した様子で。
「じゃからお主妙に流暢にアルグリア語を使うのか。正直爺やみたいな発音で驚いたぞ」
「褒められてるところ悪いけど、ぶっちゃけ俺自身で習得したものじゃないしあまり威張れない」
「面倒な性格しとるのう、適当に威張っておけばいいんじゃよ。それになんじゃ?その『言語理解』をまだパーティーメンバー全員に付与しているのか?」
「してるけど」
仲間というか、メンバーと意識した人間に付与できる。オンオフ切り替え式みたいなもので常に意識しているわけではない。
心底呆れた様子でエルはため息を吐いて。
「自身を追放した者たちに温情を与えてどうする。魔力の無駄じゃ」
「……いやまあそうだろうけど」
「なんじゃ、言いずらそうにして」
「言葉が通じないとなると、異世界だと詰む気がしてならないんだ。まだ誰が俺を追放しようと言い始めたのかわかってない。俺を追放するのを手放しで喜んだ奴らばっかじゃないはずだ。そいつらが不利益を被るのは嫌だ」
「賛成したか否かはともかく、現にお主は追放されている。それが結果で事実じゃ。まあ何を言いたいのかわからんこともないがな」
ーーいや待てよ。
俺を追放した、光輝は、わざわざ俺を追放した。
何か意味があるはずだと願っていたが、もしかすると希望的観測じゃないかもしれない。
もし本当の目的がパーティーの膿の追放であるならば。
「うん、まだ言語理解は切れない。多分まだ切っちゃいけない。そんな気がする」
「……お主絶対誰にでも優しいタイプじゃろう」
「世界一格好いい親友の真似だよ。困ってるやつに手を差し伸べて大丈夫って言える奴が一番格好いいんだ」
こんなことあいつの前で言う気も言うこともないだろうけれど。
「それはともかくどうするんだ?と言うかそもそもエルはなんでこんな下町にいるんだ?アルグリアの大使なんだろう?」
「ああ、それか。今回わしはやってられなくなって逃げ出してここにきたわけじゃ」
「え?」
「そしたらこうやって未来が変わってまあ万々歳じゃ」
「いやちょっと待ってくれ、もしかして衛兵に差し出したら俺が殺されるかもしれないって言うのって」
「十中八九大使誘拐として処分されるじゃろうな。お偉方は大使がいなくなったと言うことでの責任を取りたくない、だから犯人を捕まえたとして功績にするじゃろう」
「じゃあどうるすんだよ!?割と詰んでないか?」
「こんなことで詰みというにはまだ早い。やりようはいくらでもある」
「どうするつもりだ」
ほくそ笑み、すごく悪い顔をしながらエルは口を開いた。
「コウキと会いに行こうじゃないか、なぁに感動の再会をしようじゃないか」
と、言ったのであった。




