宿屋での一幕
「流石にここまでこれば大丈夫か……」
ベッドに腰掛けて、深くため息を吐いた。
これ絶対両腕が筋肉痛になるやつだ。
アニメとかでよく子供を抱えて走るとかあるけど、あれ絶対マッチョだ。流石に二十キロ前後の子供を腕で抱えるなんて無茶だ、重い。
特に戦闘色じゃない俺にできたことではない。
懐に忍ばせた路銀を確認してどうしたものかと考える。
本当なら中堅どころを使う予定だったが、今のこの状況はなんだ?
セキュリティを考えた、金は命には変えられない。
さっきの裏路地、エルはひどく怯えていた。
宙を舞う暴漢、悲鳴、魔術の炸裂音。
あの場所に残っていたらどうなっていたかはわからない。
なんとなくあまりにも悪い方向に転ぶことはなかっただろうとは思うけれど、それでも俺はエルを信じてみた。
窓際のソファ、毛布にくるまり、じっと空を眺めるエルの顔はよく見えないけれど、どこか嬉しそうな、苦しそうな、複雑な表情を浮かべてじっと佇んでいた。
「なぁ、エル。話したくなかったら話さなくていいんだが、なんで暴漢が飛んでくるってわかったんだ?」
エルは間違いなく路地裏から暴漢が飛んでくるよりも前に事態を察していた。
これから何が起こるのかも、おそらくどうして起こるのかも。
そう、まるで未来が見えているかのように。
ここは異世界だ、そういうことがあっても不思議ではない。
エルフもいるしドワーフもいる。魔法もあれば剣撃を飛ばす人間だっている。
ファンタジー世界で未来が見えるなんて最早定番だ。
もし未来が見えているのなら説明がつくし、これから起こることはなんとなくわかる。
十中八九面倒なことになる。
エルはまだあって少ししかともにいないけれど、根っこは優しいただの子供だ。
もしあの裏路地で止まっていればおそらく俺に利益があった、けれどそうなった場合エルにとてつもない不利益が生まれるとかそういう話。
返事はない、まあ巻き込まれたとはいえ話さなくていいといったのは俺だ。
二言はない、ないよ本当だよ。
「まあいいや、おやすみ。俺は早く寝る」
「……」
返事は無い。
布団を被り、枕元の光魔石を消す。
「……お主は、どうしてここまでわしに構うんじゃ?」
「幼馴染に似てるから、じゃ説明になってないか。俺の近所に別の国から来た子供がいたんだ。言語もわからずどこにいるのかさえわからない。助けが欲しくても言葉がわからない。大人たちが助けようとしても、やっぱりわからない。すごい不安だったって言ってた。だから重なって見えたんだよ」
ドイツから来たばかりの頃のアメリーはそれはもう誰もがどうにかしようと構っていた。
けれど知らない言語で一方的に何かを言われ続けるのはやっぱり、少し辛い。
「善意は常に利益として返ってくるかはわからない。そんなことはわかっているじゃろう?お主はあの時訳のわからぬ子供を無視して棄ておくべきだった」
「路頭に迷った子供を捨て置くなんて選択肢はそもそも無いよ」
「それのせいでお主が死ぬことになってもか?」
「明日の俺がなんとかするだろう。今日の俺はそんな気分だったってだけだ。それに俺の先生の受け売りなんだが子供を助けるためだったら難しいことは考えないで手を差し伸べろって」
今日の俺は先生の言葉に倣ってエルを助けた。明日明後日どうなるかなんて知ったこっちゃない。明日後悔しないために今日俺が何かをした、それだけの話だ。
「お主、阿呆とよく言われないか?」
「よく言われる。けど褒め言葉として受け取っている」
「褒めてないじゃろ、絶対。本当に馬鹿なんじゃからお主は」
笑いながらエルがやっと、こっちを見た。
目尻が赤い気がするけれど、きっと気のせいだ。
彼女は毛布を強く握りしめて、何かを決めたのかよし、と一言呟いてから。
「巻き込んだからにはわしには上に立つものとして説明する責任と義務がある。ヤマダ・タロウ、大馬鹿者よ」
彼女の自信を形にしたような大きな笑みを浮かべて、そっと口を開いた。




