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魔術と魔道具

鼻から血が溢れ、内臓が焼け狂うのがわかる。

いままで作られてすぐに仲間に分配されていた魔力、三十人分の言語理解を保っていた魔力が身体中の魔力回路を焼き尽くし、痛みのない体の部位を探す方が難しいほどだ。


腕を強く握りしめ、頬の肉を噛んで必死に手放しそうになる意識を掴む。

まだ気絶できない、まだ何もせずに死ねない。


そっと少し離れた場所にいるアメリーに目配せするとあいつはそっと頷いて笑った。


赤い糸を手繰り、行き場を失い宙を舞うそれらを全てアメリーの腕へとくくりつけた。

水道管を二十本接続するようなものだ、一本だったところに同じ排出量の水道管を大量につけて一時的に大量に増やす。


大怪我を負い魔力回路に問題のあるアメリー。

魔力の生成も生命力に既存するものであり弱れば弱るほど魔力は少なくなっていく。


だからこそ急がなければいけないーー今の俺は内臓も魔力回路も焼けてしまった。

無茶は酷使できないから無茶なのだ、チャンスは一度。


「辺境伯!交渉をしないか!」


肺の奥底から声を張り上げて杖を向ける男へと問いかけた。

交渉もクソもないことはわかってる、相手は殺す気できている、倫理も道理も異世界のものであり日本のものは通用しない。

銃を突きつけて撃つ相手に殺さないでと言ったところで無意味なんてこと誰だって知っている。


「ーー遺言なら聞こうじゃないか」


魔力の気配が高まるのを感じるーー距離は大体十五メートル、8時の方向。

鼻から垂れ落ちる血を拭き取って自分が唯一使える魔術を、魔法陣を手の甲に描いていく。


魔術は純粋に才能の世界だ。

使えるかいなかも才能だし、それから成長できる上限も才能で、無能に対して最も向いていない戦闘方法と言えると思う。

俺にはこれしか使えないから、書き終えた魔法陣になけなしの魔力を注ぎこみながら、詠唱を始める。


「『主よ、我が願いを聞き届けたまへ。もし可能であれば、この愚民達への災厄を一度防いで欲しい』」


明滅した魔法陣から、体を薄く覆う黒色の光が溢れ、矢避けの魔術が発動する。


アメリーを見る、彼女は杖を握りしめ、頷く。

指でそっとジェスチャーをし、三、二、一、と続けて。


「辺境伯、もしいま俺らを見逃すってんなら許してやってもいい」


そっと一言吐き捨てる。


「何を今更。貴様ら二人だけは確実に殺す。異世界の勇者は、私が責任を持って一人残らず始末する」


「…….一人残らず?」


「言い伝えでは、死んだ勇者は元の世界に帰るそうだ。子供に武器を持たせて戦わせるぐらいならそっちの方がいいだろう」


それは確かに正論で、常識的な、殺すということ以外理解できるもので。


「わかったなら早々に諦めて降参しろ。できるだけ苦しまない方法で殺してやる」


おそらく、事実だろう。

ギロチンは人道的な処刑道具だ、痛みもなく殺されるーーらしい、殺されたことがないのでよくわからない。


元の世界に二人で帰れるなんて魅力的な提案だ、二人で帰ってのんびりと変わらない日常を噛みしめればいい。

馬鹿やって、買い物行って、夕飯を食べて、くだらないテレビ番組でも見て笑って。

そんなことが、失ってしまうまで尊いものだったとわからなかった。

いまこうして異世界に来て、無くしてしまうまでどれだけかけがえのないものだったか知らなかった。


だから、そのために、俺にはやることがある。


「俺は、エルの顔面に未来を変えたって事実を叩きつけてやらなきゃいけないんだーー!!」


拳を握る、アメリーが頷く。

遮蔽物から身を晒し、完全に勘と賭けで左方向に身を転がして初撃を避ける。

懐の果物ナイフを抜いて、駆けるーー駆ける、駆ける。

残り距離十メートル。


どこに避けようが消しとばす、そんな意思を感じられる。

辺境伯は一歳動じることなく杖を向け、たった一言を呟くだけで十分だった。


「『消えろ』」


視界を染める爆炎、風魔術と炎魔術の混合技。

異なる魔術を組み合わせ、その威力を最大限引き上げる。


爆炎が迫るのが見える。

視界いっぱいに赤と白が浮かび上がり走馬灯が走りそうになるのを必死に堪えて、足を動かし続ける。


背後、アメリーが声を張り上げて、叫ぶ。


「『水神よ!』」


半径二メートル前後の水球、炎が鼻先に届く直前に放たれたそれは爆炎と激突。


「『風神よ!』」


超高熱にさらされた水球は蒸発ーー作られたのは高熱の水蒸気と、むせかえるほどの熱。

一瞬で沸点を通り越した水蒸気は触れれば火傷では済まない、体が肉まんのように蒸されてしまう。


アメリーが使った風魔術は抱き抱えるように水蒸気を押し返し、辺境伯へと飛ぶ。


「無駄なことをっ!」


杖を振り上げ、おそらく範囲指定の風魔術、アメリーの弱りきった脆弱な魔術などおしかえさん。

そんな意思で杖先が光るが、風魔術が発動するよりもアメリーの詠唱の方が一寸早かった。


「『守護陣』」


水蒸気もろとも巻き込むように守護結界が展開。


「『風神よ』」


そして、その水蒸気をおしかえさんとしていた辺境伯の魔術が炸裂するがーー


「なにっ……!?」


確かに風魔術は発動し、莫大な熱を含んだ水蒸気は押し戻されーー結界の形に沿って、その内側で周り、辺境伯へと戻る。


防御魔術は対象と自分が動いていなければ使えない、逆に言えば、その条件さえ満たしていれば細かい設定を行なって使うことができる。

例えば、一切合切外との関係を遮断し、内側だけで全てを完結させる、とか。


自ら放った風魔術でさらに勢いをつけた水蒸気は結界内を完全に満たし、その熱は容赦なく辺境伯を蒸し尽くした。


熱に耐えきれずに、結界が割れる、肌が茹で上がり、身体中が真っ赤に染まった辺境伯が水蒸気の中から現れる。


そして今ーー俺と辺境伯の距離は極限まで縮んでいた。

辺境伯の美しい碧眼と、目があった。

杖を振り上げようとするが、それよりも早く果物ナイフが辺境伯を捉える方が先。


「ーー勝った」


ナイフを振り下ろす、ゼロ距離での魔術発射は自身への被害もでる、だからこそ辺境伯は魔術を使え、


「舐めるなぁぁぁぁ!!」


蒸され、真っ赤に火傷し、爛れた体を動かし、唐牛で果物ナイフを急所から外し、俺の鳩尾に頭突きを叩き込んだ。

頭を狙った果物ナイフが辺境伯の肩口に突き刺さっているのと、俺目掛けて構えられた杖が見える。


それを見て、俺は口角を上げて。


「何がおかし…….がっ……..あ……」


「背中がガラ空きだ、辺境伯さんよ」


放たれた風魔術が、頬を切り裂き、背後の柱を叩き壊すのがわかった。


辺境伯の背後、黒い外套を着た男が聖剣と呼んだそれを一寸の狂いもなく、辺境伯の心臓を突き刺していた。


血が口から漏れて、その事実がわからないというふうに辺境伯は溢れた血に触れる。


「ゴホッ…….きさ……まらっ…….!」


身体中が高熱に蒸され、火傷し、肩にはナイフが、背中には心臓を貫いた剣が。


「やったかーー」


「太朗避けろ!」


返事をするまもなかった、辺境伯の首を彩るネックレスが輝いて。

極光が視界を満たしたのだった。





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