ヒーロー
耳をつんざく金属音、鼓膜が破られるほどの激音が響いて、脳が震える。
首がまだ、繋がっている。
いつまで経っても、死は訪れない。
目を開くと、ギロチンの刃が転がっているのがわかった。
真っ二つに折れている。木片と、金具が散らばっている。
人影が視界に映るけれど、固定されていて見えない。
「ーー間に合った」
聴き慣れた声だ、聴きたかった声だ、涙が自然と溢れるのがわかった。
凛とした声、聴き慣れた声、幾度となく聞いた声。
思い当たる人間は一人しか知らない。
飄々としていて、真意を見せないけれど、どこか弱いところがある幼馴染。
「アメリー」
首と両腕を固定していた拘束具が魔術で破壊され、顔を上げれば体のあちこちを包帯で巻いた人間がいた。
一瞬誰なのかわからなかった。
顔も、四肢も、ありとあらゆる場所が包帯に巻かれ血が滴る部分もある。
唯一見える金髪と、声で、辛うじてアメリーとはわかる。
一体何が起きたのか、何を引き起こしたのか、一晩のうちに一体、どうして。
身体中が痛みに苛まれているのか、いつもの笑顔はない、なんとか口角は上げているが、無理やりしているのがわかる。
日本から来たときに来ていた制服も、焼け焦げている場所もあれば、引き裂かれている部分もある。
ところどころ包帯に血が滲みているし、まだ完全に傷が塞がっていないのだろう。
差し出された手を掴むと、異性とは思えない膂力で引っ張られた。
表情が読めないけれど彼女が戯けたようにわらったのはわかった。
「間に合ったかな?」
「……」
「まあ、どっちでもいいんだけれどね。それにほら、ヒーローは遅れてやってくるのが物語のセオリーというものだろう?」
そんな重症でよく軽口を叩く。
どうやって立ってるのかもわからない、身体中傷だらけで、指があらぬ方向に曲がっている。
さっき俺に手を差し伸べたのだって、激痛が走ったに違いないだろうに、こいつは、どうして、そこまで。
「ーー衛兵、何をやっとる、すぐにその者を捕らえろ!」
辺境伯が叫ぶのと同時に、騎士たちが剣を抜き、こちらに向かってくるのが見える。
アメリーも傷だらけで、とても戦えるようには見えない。
今だって包帯で手と杖を巻き付けている。
処刑されずには済んだ、済んだけれど、状況は一向によくなっちゃいない。
考えろ、俺が死ぬことはどうでもいい、もう生きていく意思も理由もない。
けど、アメリーは別だ、幸せにしたい、だから、今は生きなきゃ行けない。
咄嗟に動いた騎士たちは十三人、誰も彼もが鉄製の鎧と剣を纏っている。
対してこちらは戦えない奴が一人、瀕死の重傷を負った女が一人。
敵の増援はないとは考えにくい、どう考えたって詰んでいる。
背後、足音がもう一つ。
そうだ、人影は二つあった、一人じゃない。アメリーともう一人いたはずだ。
「ーーここに座すは勇者一行、聖女アメリー様である!誰に剣を向けていると心得るか!」
それは異様な光景だった。
男はひどく歪なナイフを持っていた。
曲がりくねったナイフで、色は白。剣というには短すぎて、ナイフというには長過ぎる。そんな武器。
男はナイフを振り上げ、精一杯両腕を広げ、アメリーにその左手を向ける。
「今貴様らが処刑しようとしている男は、聖女の従者であり、教会の管轄だ!国家の法ではなく、教会の法が彼を裁くことだろう!」
国の法律よりも尊重される国教たる聖エルミア教会、その尊い聖女がこの罪人は教会の関係者と叫ぶ。
もし教会の関係者を一領主が一方的に裁いたとなれば、少なからず問題が起こる。
外人を日本国の法で裁けないのと同じ、知識としてそれは知っている。
けれど、こんな戯言誰が信じるんだ?
そう語る男の姿も、申し訳程度のローブにチンピラみたいな服を着ている。
聖女と言ったアメリーも包帯だらけで、言って狂信者にしか見えない。
ナイフが、淡く光る、本当に小さく、直視しなければわからないほど。
なぜか、人々に動揺が広がっていく。
戯言にしか聞こえないというのに、醜い言い訳にしか聞こえないのに、動揺は聴衆に広がり、辺境伯は待ての意で右手を上げた。
一体何が起きているのか、そう質問を落とす前に光輝が駆け寄ってくる。
「アメリー」
「光輝、君がいながらどうしてこんな事態になっている?君は誰よりもーー」
「状況が、変わったんだ。勝手に人の善意を拡大解釈するな、反吐が出る」
剣を抜いて、酷く冷めた目で光輝は吐き捨てた。
今更善意とか、何を言っているんだ?
このクソ野郎が、裏切り者を、どうしてまだアメリーは信用してるんだ?
俺らが拡大解釈した、それが事実だ、ずっと見下してたんだ。
友人だとか、親友だとか、くだらない感傷で信用していた。
けれどこんな外道を信頼するだけ無駄だ、裏切られ、こうやって酷い目に遭うことになる。
他のクラスメイトたちは、一体何が起きているのかとこそこそと囁いている。
ちょうどいい、邪魔をされても鬱陶しい。
「光輝、最後に一つ聞いていいか?」
「……」
「俺は、お前を親友だと思ってた……お前は」
「俺は、お前を親友だと思ったことなんて一度もない。あいにくと強姦をするような輩は俺の友人にはいない」
……ああ、うん、結構堪えるなこれ。
胸が痛い、キリキリする。
殺される寸前まで行ってたのに俺はこいつをまだ信用していたのか。
けどもうやめだ、気にしちゃいけない、もうこんな外道を信じちゃいけないんだ。
エルも、光輝も、俺はもう信じない。
赤の他人を信じちゃいけない。
文句を言っても、主導権を失えば簡単に、ゴミのように殺される。
「アメリー、どうせ、この後どうするか考えてるんだろう」
「ああ、察しがいいな。そこの暴漢君のおかげで助かった、なあに、はやいとここんなところからおさらばしようじゃないか」
まだ無事な左手を差し出し……少し迷ってから、俺の右手を握りしめた。
ああ、なんか涙が止まらない。
嘘をつかれて、裏切られて、あんな目にあった。
けど、この左手は酷く暖かかった。
薔薇の匂い、アメリーは香水をつけなかった気がするのだけれど。
ゴホンッと、咳払いが聞こえ、慌ててそちらを向けば、キール辺境伯が立っていた。
「ーーすまないが、色々といざこざがあった。目撃情報などから金髪の女性がエルビス商会の前で降りたと聞いた。その傷に、杖、魔術を使う様。エルビス商会の崩壊の件で話を聞きたい。御同行願えるかな?」
と、言うのであった。




