ルチアの選択
本日は二話更新しております。
ご注意ください。
「え? いま、なんて……」
呆然とするルチアをまっすぐに見つめて、ノアが再びくちを開く。
「俺がプロポーズしたいのはルチアさまです! あなたと手合わせしたくて剣を習いました。あなたにかなわないどころか、手合わせできるほどの腕前にもなれませんでしたが……」
初耳だ。
ノアは確かにルチアとともに剣術を習った。けれどそれは遠征に出た際に自分の身を自分で守れるように、と言っていたのに。
そんなまさか、と思う気持ちに気づかれたのか、ノアは決まり悪そうに視線をそらしながらくちを尖らせる。
「言えるわけないでしょう、そんな不純な動機。あなたは勇者として戦うためにまじめに剣術を磨いているというのに。しかも大して上達もしないなんてかっこ悪い……」
顔が真っ赤だ。思わずまじまじと見つめていれば、ノアは真っ赤に染めた吊り気味の目尻をますます吊り上げて続ける。
「かっこ悪いついでに言いますが、あなたと釣り合うよう地位を手に入れるべく画策したこともありました。一時でもあなたのそばを離れるのが嫌で諦めましたが。今になってあんな強力なライバルが出てくるなら諦めるんじゃなかったと思ってます」
「そ、れは」
ノアのくちから語られる信じられないことばの数々にめまいがしてくる。
それでもルチアはどうにか尋ねる。
「それは、もしかして、オーウェンどのやウィリアムどのに嫉妬、してる……?」
違うだろう、自意識過剰だと思いながらも恐る恐る聞けば、ノアは目に見えて不機嫌になった。じっとりとルチアをにらみつけてくるけれど、彼の顔は赤いままだから迫力はない。
「ええ、ええ。していますとも。何なら昨日、あなたに髪飾りを贈ったというロバートどのにも嫉妬しています。武力も権力も財力も足りませんけど、あなたが初めてデートする相手は俺でありたかったんですよ!」
開き直ったように言われてしまえば、ルチアは戸惑うほかない。
「で、でも、昨日の夜エミリーに髪飾りがほしいか、と」
聞いていたじゃないか、まで言い切る前にノアは顔を盛大にしかめてしまった。
目を見開いた顔に赤面にすねたような顔、そしてしかめっ面。これまで目にしなかったノアの感情あふれる顔を大盤振る舞いされて、ルチアはどうしていいかわからない。
「あれは! 女性はああいった物を贈られればうれしいものなのかと、聞いただけです! あいつ、エミリーには俺の思いが……ルーが好きだということがバレてるので」
好き。
ノアが、自分のことを好き。
改めてノアのくちから聞かされて、ルチアの身体が一気に熱くなる。
「じゃあ、エミリーがプロポーズを待ちくたびれたと言っていたのは」
「……俺がいつまで経ってもあなたにプロポーズしないから、あいつにせっつかれていたんです」
いつまで経ってもということは、ノアは一体いつからそんな想いを隠していたのか。まったく気づかなかったルチアが鈍いのか、隠し通してきた彼がすごいのか。
「もう、二十五年になります」
「え」
「辛く苦しいときにも周囲を思いやる心を忘れず、多くのひとを守るために自ら戦いの場に身を投じるあなたを支えたいと思いながら見つめているうちに、二十五年が経っていました」
静かに言ったノアが、ルチアから一歩離れる。
近すぎた距離がすこし空いたことで、より彼の表情が良く見えるようになった。
笑っていた。
ノアはこれまでに見たことが無いほど穏やかに笑って、ルチアを見つめている。
「あなたを見つめながらあなたの隣に立つのにふさわしい男になりたいと思うばかりで、何も成せませんでした。プロポーズすら他の方々に、それも私よりよほど素晴らしい方々に遅れをとってしまいましたが」
その目に宿るやさしい光は、包み込むような愛おしさにあふれていた。けれどその奥には、見覚えのある悲しい色がにじんでいる。ルチアが昨夜散々、自分の瞳のなかに見た悲しみだ。
「あなたの幸せを願う心だけは本物です。どなたの手を取るのだとしても、これからもどうか私をあなたの侍従としてそばに」
「嫌だ!」
たまらずノアのことばをさえぎって叫べば、彼は痛みをこらえるように顔をしかめた。
「そうですよね。こんな下心まみれの侍従など」
「ノアが一番そばにいてくれないと、嫌なんだ!」
耐えきれずに吐き出した想いは、ルチアの本心だ。
「求婚してくれた三人のうちの誰かの手を取るのが、みんな幸せになれる道なのだと思っていた。父さまや兄さまのためにもそうすべきだと思って、選ぼうと思ったんた。でも」
ノアが離れた分の距離を縮めて、ルチアは彼の手を握りしめる。高ぶる心が放したくないと、離れたくないと言っている。
「ノアがいいんだ。剣の稽古ならひとりでもできる。地位が欲しいならこれでも貴族だから、ノアが婿に来てくれればいい。財が必要なら勇者として得たものがある。ノアがデートしてくれるなら私が街を案内する。だから!」
ルチアは片膝をついてノアを見上げる。
「ノア。生涯、私のそばにいてほしい。侍従としてではなく、人生の伴侶として」
ぶわりとノアの顔が染まった。はじめて目にする朱と喜びに彩られた顔が何よりの答えであったけれど、ルチアは息を止めて彼の答えを待つ。
「……俺で、良いのなら」
「ノアがいい」
反射的に言って立ち上がったルチアはノアを見つめて微笑んだ。顔が勝手にほころぶのだ。
「ノアが好きだ。ノアといっしょにいられると思うとうれしい気持ちがわきあがってくる」
「……俺も、うれしいです、ルー」
おずおずと手を握り返されて、ふたりは笑顔を交わした。
「おめでどうございまずぅぅぅ!!!」
そこへ、エミリーの涙声が聞こえてノアが固まる。
「ルチアざま、ほんとうにかっこよかったですぅ。騎士の誓いって感じで! それに引き換えノアはもう……!」
「ははは。ノアには結婚式でかっこいいところを見せてもらおうじゃないか」
エミリーに続いて姿を見せた父のことばにルチアは慌てた。
「いえ、そんな。結婚式などもうこの年で」
「それはだめだよ、母さまもきっと楽しみにしているよ」
兄までもが父の後ろで笑えば、固まっていたノアが力強く頷く。
「ルチアさまのお衣装は俺にお任せを!」
「ノア!」
なぜ急に乗り気なのかと声をあげたルチアに、ノアはきれいにほほえんだ。
「ルーが既婚だと周知しておかなければ、俺が安心できません」
思わぬ盛り上がりを見せる周囲にルチアはたじたじだけれど、幸せだなあと思うのだった。
ルチアが幸せになったので区切りといたしました。
が、他のヒーローたちが易々と諦めるとは思えませんので、ルチアのこれからはまだまだにぎやかになることと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。