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心がはしゃぐままに

 先ほどの妖艶さはどこへ行ったのか。

 快活な笑顔を見せるロバートに、ルチアは戸惑う。


「あ、ちょっと馴れ馴れしくしすぎでした? お嬢さまなんですよね。ふつうに街をガイドする感じでいいです?」


「いや……あなたが話しやすいもので構わない。ふつう、というのはわからないけれど、おすすめの場所を案内してもらえればありがたい」


 戸惑いながらも答えれば、ロバートは明らかに肩の力を抜いた。

 そうしていると、彼はルチアよりも若いように見える。さきほどの態度からするに、人生経験はルチアよりよほど豊富なのだろうけれど。


「じゃ、敬語もなしね! ぜったい楽しい一日にするって約束するよ。行こう!」


「あ、ああ。よろしく頼む」


 ロバートに促されるままルチアは店を出た。

 にぎやかな通りに立ってようやく、自分が女性らしい喋り方を忘れていたことを思い出したけれど、今さらだと気にしないことにした。現に、ロバートは気にしていない。


「さて。それじゃあ、まずはどこから行こうか。ルーは行ってみたい店ある?」


 友人のように気安くたずねられて、ルチアはあたりに目をやった。


 馬車がすれ違えるほどの広さがある通りの左右には、さまざまな店が並んでいる。

 大きさのちがうかごをたくさん積み重ねた店に、木彫りの食器を扱う店。色とりどりの布を巻いてあるのは服屋だろうか。その向こうにはロバートの言った花屋も見えるし、若い女性が連れ立って入っていく店は菓子屋かもしれない。


 どれもこの二十五年、ルチアが馬車の窓からこっそり見つめてきた店ばかりだ。

 そのどれにだって行けるのだと言われて、ルチアの胸が年甲斐もなくはずんでくる。


 きょろきょろと視線をさまよわせれば、どの店も輝いているように思えて魅力的だ。行き交うひとびとと同じ目線に立っているだけで、街はこうも活気づいているのかと驚いてしまう。


「……ええと、そうだな……知らないことばかりだから、いろんなお店を見て歩きたい。屋台で買い食いもしてみたいし、露天商の髪飾りも見てみたいし、それと、あ、飴玉売り!」


 そのにぎやかさに浮かれるまま言ってから、ルチアは慌ててくちをつぐんだ。けれど言ってしまったことばはもう戻らない。


 馬車の窓から見かけたときとてもきれいだったから、ついくちにしてしまったけれど、飴玉など子どものおやつだ。いい年をした大人が、それも貴族の女が嬉々として求めるものではない。

 ロバートもルチアの飴玉発言に目を丸くしている。かと思えば、彼は「ふはっ」とこらえきれないように笑いだす。

 馬鹿にされる、と構えたルチアに、彼が向けたのは心底楽しそうな笑顔だった。


「お安い御用! 王都でいちばんの飴玉屋に連れてってあげるよ」


 軽やかに歩き出した彼に、ルチアは慌ててあとを追う。エスコートはいらないと断ったのはルチアだ。

 だというのに、数歩も行かないうちにロバートとの距離が離れはじめて、ルチアは焦った。


 ひとが多い。

 馬車から眺めていたときもずいぶんたくさんのひとが歩いているものだと思っていたけれど、そのなかのひとりになるとさらにひとでごった返しているように感じられた。


 ひとの群れは遠征時の騎士団で見慣れているけれど、街を行くひとびとは騎士団のように統率のとれた動きをしない。立ち止まり向きを変え、それぞれが好き勝手に動くひとびとの流れに飛び込み、避けながら前に進むという行為が慣れないルチアにはひどく難しい。

 全員、なぎ倒して良ければどこまででも駆け抜けられるのだけれど。


「ほら、手つないで」


 このままでは置いて行かれる、と焦っていると、隣に立ったロバートがルチアの前に手のひらを差し出した。いつの間に戻ってきたのだろう。


「エスコートじゃないからね。友だちが人ごみではぐれないよう、手をつなぐだけ」


 片目をつむってみせるロバートの手に、ルチアはおずおずと手を重ねた。きゅ、と軽く握られた素肌の手に戸惑う間もなく、彼に手を引かれてひとの波に身を投じる。


「急に立ち止まるとぶつかるから、気になるものがあったら声をかけて。寄り道するのも楽しいものだよ」


「わ、わかった」


 振り向かないまま言われて、ルチアは周囲に目をやった。


 寄り道。ルチアの人生に無かったものだ。

 魔物を討伐するために必要なところへ必要なときに行って用事を済ませて帰る、そればかりをくり返してきた。けれど今は何をしてもいい。何もしなくてもいいのだ。


 改めて実感したルチアは、ロバートに手を引かれるままに前に進みながらあたりを眺める。


 色とりどりの切り花を抱えたひとは、どこへ向かうのだろう。昼間からジョッキを傾けているひとは仕事あがりなのだろうか。果物屋の前で店主とあれこれ喋っているひとは、噂に聞く値切りというものをしているのだろうか。


 何もかもが目新しくて、胸にしみる。

 

 父親に肩車された子どもの笑顔が空にまぶしい。

 この年まで、こんなにたくさんのひとの暮らしに触れること無かった。我慢することもたくさんあった。

 勇者として過ごした日々のすべてに不満がないと言えば嘘になるけれど、ここにいるすべてのひとの暮らしを守る一端となれたなら、それはとても誇らしいことのように思えた。


 ただ街を歩いているだけでも楽しかった。

 けれど自分で飴玉を選ぶのはもっと楽しかった。


「ここは王都でいちばん品数が多いからね。たっぷり悩んでいいんだよ」


 ロバートが連れて行ってくれた飴玉屋は、狭い屋台いっぱいにたくさんのガラス瓶を並べた店だった。

 そのすべてに色とりどりの飴玉が詰められて、陽光に照らされた様はまるでステンドグラスのようだ。


「うわあぁ……!」


 感嘆の声をもらしたルチアは、表情を取り繕うことも忘れて見入ってしまった。

 あれもこれもと目移りして悩むルチアがどうにか二瓶分の飴に候補を絞ると「あんなにうれしそうにしてくれちゃな」と店主がおまけをしてくれるほどだった。


 街歩きはとても楽しかった。飴玉を買って露店を巡り、屋台であれこれ買い食いして小腹を満たしてはまた街をぶらぶら歩く、それだけのことがたまらなく楽しかった。


 案内上手なロバートがいっしょだからかもしれない。

 とても楽しくて、気が付けば日が傾きかけていた。


「あなたといると、とても楽しいな」


 貴族街に近い喫茶店のテラス席に腰を落ち着けたロバートが、ふとこぼす。

 ルチアは自分が思っていたことを言われてどきりとした。

 同時に、そう思ってもらえていたことをうれしくも思う。


 私も楽しかった、と言おうとして、このひとときが終わるのが惜しくなる。

 過去形にせず、友人と過ごす時間の楽しさを伝えるにはどうしたら良いのだろう。


 ルチアがことばに迷っているうちに、やさしい笑顔を浮かべたロバートのタイガーアイがルチアを捉えた。

 とろりと甘い眼差しは、出会った当初の作られた甘さではないように感じられて、ルチアの胸が跳ねる。


「僕とふたりで、世界を旅しない? あなたとなら、どんなところでも最高の気分になれると思うんだ」

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