22自重を捨てて騎士団を調教しよう!④
「何やってんだ俺は…」
わたしが不思議そうに思っていると、騎士団長が自嘲気味にそう呟くのが聞こえた。どうやら、反射的に自分の剣に魔力を注ぎ、炎を纏わせてしまったようだ。
少しは騎士団長を追い詰められているのかもしれない、よっし! 一気に畳みかけるよ!
「サンダーバレット!」「ファイヤーランス!」「サンダーバレット!」
わたしは攻撃魔法を連射した。そして、砂嵐で視界を悪くし、せっせと地面に罠を作っていった。
『風魔法の魔法陣をシングルで、その上に足場を一枚出す、その上にさらに風魔法の魔法陣をシングル』
騎士団長が次に踏み込むであろう足元に、罠を高速でいくつも発動させた。
これは以前、レン王子に教えた魔法だ。レン王子にあらかじめ錬成してもらった足場を、空間収納から出しているだけなので、厳密には同じじゃないけどね
「アイスランス!」「サンダーバレット!」「アイスランス!」
アイスランスで地面から氷の矢を生やすと、騎士団長がじりじりと後ろに後退した。
「のわっ!?」
後退りした騎士団長の片足が、ついに罠を踏んだ。足が風魔法で跳ねあがるように持ち上がり、体勢を崩す騎士団長。
「うおっ! くそぉ!?」
足が滑り、情けない声を出して、ついに騎士団長が体勢を崩し膝をついた。
わたしはすかさず身体強化した足で首に蹴りを落とす。そして空間収納から素早く右手に剣を出し、騎士団長の首筋に突き立てた。
「勝負あり! 勝者ユノ殿~!」
老兵グレイル・バルザーが、まるで審判のように大声を張り上げた。
「ふっ、あはははは!」
わたしが首筋に当てた剣を下ろすと、地面に尻もちをついた体勢で、可笑しそうに笑いだす騎士団長。
「あーあ、俺は本気出して負けたのか…? みっともねぇな…」
騎士団長が独り言のように、しみじみと呟きながら立ち上がる。
そこへ手当を終えたレン王子が進み出てきて、鋭い表情で騎士団長を睨んだ。
「悪いな王子様、俺はもうへとへとだから休ませてくれ…」
騎士団長はそういうと、なぜか一人で歩き去って、騎士団の練習場から出て行ってしまった。
「レン王子と騎士団長が続きを戦うことはなくなったわけだし、模擬戦はわたしが勝者で、騎士団長が負けで、いいんだよね?」
わたしは急に心配になり、レン王子とアメリのほうを振り返って確認した。
「負けを認めない…という態度ではなかっだぞ」
「そうですわね、ただ疲れただけなのでは?」
レン王子とアメリはそう言ってくれたが、わたしはなんだか腑に落ちなかった。
レン王子に忠誠を誓う約束は? まさか反故にしたりしないわよね…?。
ボコボコにしてしまった騎士団の練習場の地面。それを横目でみながら、わたしは心の中で呟いた。
◇◇◇
「肉うんめぇ~!」
「肉ありがとうございます! 第三王子様! ユノ様!」
模擬戦が終わり、今は親睦を深めるためにバーベキューの最中だ。餓えた獣のように、肉にわらわらと群がる騎士団員たち。
「たくさんあるから、どんどん食べてね」
「噂なんて当てにならないな、第三王子様も聖女様もスゲーいい人じゃん!」
大量の肉を出した途端に、騎士団員の態度が和やかになった。
「あれ? もしかして必要だったのは『お肉』で、模擬戦いらなかったとか…?」
私は少し微妙な気持ちになり、唇と尖らせて小声で呟いた。
「仲良くなれたなら、それでいいではないか」
「そうですわ、ユノ様が勝った姿をみて心がスッとしましたわ」
そんなわたしを見て可笑しそうに笑うレン王子とアメリ。手当してガーゼが貼られた、レン王子の頬が痛々しい。わたしは思わず、怪我をしていない側の頬へ手を伸ばした。
「ユノ…?」
頬に触れられて、ほんのりと顔を赤らめるレン王子。驚いて見開いた大きな青の瞳が、戸惑ったようにわたしを見つめている。
「頬の傷、この後ちゃんと治しますね」
『次はこんな怪我させない! もっと、もっと強くなるから…』喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、わたしはレン王子の頬から手を離した。
「さぁ、わたしたちも肉を食べましょう!」
わたしはレン王子と一緒に騎士団に交じって肉を頬張った。老兵団のお爺ちゃん騎士たちも、騎士団員と酒を酌み交わし、いつの間にか和気あいあいとしている。
一人でいるアスランを見かけたので、動物への餌付けのような気持ちで、肉が入った皿を手渡してみた。無言で受け取り、無視されただが、皿を突き返してはこなかった。
お肉好きなのかしら? ならお肉で仲良くなれないかしら? レン王子を守る騎士は一人でも多いほうがいいわ
「あれ、そういえば騎士団長はどこに行ったんだ?」
「団長の分の肉なくなるぞ~、肉~!」
わたしがそんなことを考えていると、酒が入った騎士団員たちの騒ぎ声が聞こえた。
「そういえば騎士団長って、ときどきふらりと森へ出かけて、帰ってくることがあったよな」
「そうそう、その度に魔物肉を土産にくれたよな、あれ上手かったよな」
それってもしかして…人に知られずに増えすぎた魔物を殺して、砦を守っていたんじゃ?
わたしは騎士団員たちの話を聞いて、ふとそんなことを想像した。
そんなときだった、長剣を持った見知らぬ精悍な男が、わたしとレン王子のほうへ歩いてきた。真新しい騎士服に、刀身の長い立派な装飾がついた剣を腰にさしている。
そしてなぜか、わたしの前にそのイケメン中年が跪いた。肉を頬張っていたわたしは、驚いてポカーンとした。
「騎士団長ステファン・ソーマは、聖女ユノ様にこの剣に誓って忠誠を誓います!」
「「ええ~!? 騎士団長!」」
驚きに声を上げる、わたしと騎士団員たち。
あまりに変わりすぎていて、名乗られるまで誰だかわからなかったよ!?
長めの紺色の髪をハーフオールバックにしたせいで顔がよく見える。髭を剃り、身なりを整えた騎士団長は驚いたことにイケメン中年だった。そこには無精髭を生やしたやる気のない瞳をしたおっさんは、もういない。
「ちょっと待って!? なんでわたし…?」
わたしじゃなくてレン王子に誓って欲しいのよ~!?。わたしはレン王子の臣下のようなもの、臣下に負けたんだからレン王子に仕えるんじゃないの? なんでこうなった!?
「ほらユノ殿、早く受けてやらねば、騎士団長が困っておるぞ」
騎士団長に忠誠を誓われ、戸惑うわたしに、老兵グレイル・バルザーがアドバイスしてくれた。
「お、お受けします」
しどろもどろしながらそう返事をすると、わたしの手の甲に騎士団長がキスを落とした。
わたしは日本人だし、忠誠なんて誓われたことがない。だから『こういうものなのかなぁ?』とされるがままになっていた。
「アメリ、思わぬところに伏兵がいたぞ…。呑気に年相応の姿に成長するまで、待っていられないかもな」
「その通りですわ、レン王子!」
レン王子がやきもきしながら見ていたことも、アメリが騎士団長を駆除したそうに睨んでいたことも、余裕のないわたしは気がつかなかった。
そして、そんなわたしたち様子を、少し離れた木の影から、腕組みしてじっと見ているアスランにも。
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