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20. 孤立、のちに戦争


 千草先生の噂は、瞬く間に広がった。……白状しよう。それは私の責任である。


 昼休みの後、あまりの出来事に衝撃を受けた私は、思わず瀬川さんに話してしまったのだ。千草先生は、保健室の梅村先生のことが好きらしい、と。そんな一大ニュースをきいた瀬川さんは、これまたうっかり島崎さんに話してしまって。あとはもう、電光石火のように島崎さんが広めてくれたわけだ。

 ごめんなさい、私がつい口を滑らせてしまったせいです、はい。


 そんなわけで、教育実習二日目にして千草先生は生徒たちから一目置かれた存在になった。色んな意味で。

 現在もホームルーム活動として千草先生との交流の時間が組まれたのだけれど、完全に浮いている。我らが担任の先生はこれ幸いにとどこかへ行ってしまったし、C組の生徒たちはそれぞれ好き勝手に話している。千草先生も、教壇で読書を始めてしまった。いよいよ、孤立という感じだ。


「鈴木。千草先生って本当に梅村先生のこと好きなの?」


 私にそう尋ねてきたのは、前の席の進藤君。進藤君は純粋な疑問として聞いているだろうに、背後と前方、あと左前から好奇の視線が私に突き刺さる。……瀬川さん、島崎さん、秋津さん。耳をすまさないでください。

 私はその三人を睨みつつ、進藤君の質問について考える。うーん、ここまで広まってしまうとどうしようもないよなあ。ごめんね、マリちゃん。


「……うん。昨日見ちゃったけど、マリちゃんを追いかけて来たって言ってたよ」

「へー! すごいな、そんなことあるんだなあ」


 目を丸くして驚く進藤君。あぁ、今日も爽やかですね、素敵ですね。

 私が爽やかオーラに目を細めていると、背後から声がかけられた。


「進藤君も、そのくらい熱い恋愛したことあるの?」


 振り向かなくてもわかる。今、瀬川さんはにやにやしてること間違いなし。

 

「え、俺? ないない、っていうか俺、そんな好きな人できたことねーもん」

「はい、はいはーい、進藤君の好きなタイプってどんな子!?」


 笑って答えた進藤君に、ぐいぐい突っかかってきた島崎さん。もはや、私抜きで会話が進み始めている。全然いいんだけど、今は仮にも授業中ですよ、皆さん。

 教室の席順としては、島崎さん、進藤君、私、瀬川さんの順で縦一列に並んでいるわけで。そのうちの三人が話し始めたら、うるさいことこの上なし。……あぁあ、遠くで秋津さんがにやにやしているのが見えた。

 

 私が心の中で頭を抱えていることにも気づかず、島崎さんの質問への答えを考え出す進藤君。爽やかイケメンにも好きなタイプなんてものがあるんですね……。

 

「好きなタイプ……考えたことなかったけど、うーん、優しい人かな」

「えーっ、何それ普通すぎ! つまんなーい! じゃあさ、髪は長いのと短いの、どっちが好き?」

「どっちでもいいけど……あ、一つに結んでるのが好きだな」

「ポニーテールってこと!? なるほどぉー、じゃあ、黒髪と茶髪は!」

「うーん……黒?」

「へえええ! ね、じゃあさー、」


 言葉を切った島崎さんと、何故かばっちり目が合う。なんだか、嫌な予感が。

 

「鈴木ちゃんがポニーテールしたらどう!?」


 静まり返る教室。……っていうか、C組のみんな、絶対に聞き耳立ててたよね!? そうじゃないとこんなに静かにならないよね!?

 私は、ただ前を向いているだけなのに、冷や汗がだらだらと流れてきて。目の前の進藤君の後頭部すら見ていられなくて、視線を下げてしまう。


 背後からの瀬川さんの、あたたかい視線も感じるけど、それよりなにより、今この沈黙が痛い! クラスのみんなも、何聞いてるんだと思ってるだろうし、進藤君もきっとわけが分からないだろう。なぜ、私がこんな肩身の狭い気持ちを抱えなければならないんだ……!

 

 私が耳を手でふさぎそうになった、そのときだった。今まで、教卓で読書をしていた千草先生が、ガタっと立ち上がったのは。

 クラスの視線は、自然と先生に集まって。私も、思わず千草先生の顔を見つめてしまった。

 

 そのとき、気のせいかもしれないけど、千草先生も私を見つめていた。


「――くだらないことを大きな声で話している暇があるならば勉強してください。読書の邪魔です」


 そう言った千草先生は、心底呆れたという表情で。教室の空気がまた凍る。……で、デジャヴなんですけど!?

 そして初回に引き続き、二度も攻撃された島崎さんが黙っているはずがなく。一瞬固まっていたものの、「はあ!?」と大きな声を立て、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。

 

「なんなの、あんたに言われる筋合いないんだけど! 大体っ、マリちゃん先生を追いかけて来た先生の方がくだらないんじゃないの!?」


 売られた喧嘩は買う、という強い意志が感じられる島崎さんの言葉。もはや、教室中の視線が二人に注がれている。

 あちゃー、と私の後ろで呟いているのは瀬川さん。怒れる島崎さんを止められる者はいない、ようだ。

 

 それにしても、島崎さんの言葉の攻撃力はすごい。普通の人なら言えないところを、正攻法でぐさぐさ突いていく。そんな島崎さんを、ちらっと見た千草先生は――ものすごく冷たい目をしていた。

 

「……それこそくだらないですね。マリ先輩への僕の気持ちが、僕の弱みになるとでも?」

「なっ」

「君の話はもう結構です。それより、……鈴木さん」

「え、は、はい!」


 突然名前を呼ばれ、慌てて立ち上がる。島崎さんを見ていた千草先生の目が、私へ移る。

 綺麗で整った顔の無表情って、こんなにもこわいのか。そんなことを呑気に考えていると、千草先生がゆっくりと私に向かって口をひらいた。


「話があります。廊下へ出ましょうか」


 ……えーっと。整理して考えてみよう。

 まず、千草先生は明らかに怒っている。何に対して怒っているのか。島崎さんに対して、というのもあるだろうけど、どちらかというと島崎さんの口にした内容について怒っている気がする。

 その内容とは、千草先生がマリちゃんのことを追いかけてやってきたということで。そして、何故そのことを島崎さんが知っているかというと、保健室で現場を目撃した私が話してしまったからで。


 ……もしかして私、ものすごく、ヤバイのでは。


「鈴木さん。行きますよ」

「は、はいっ」


 すたすたと歩いて教室から出ていく千草先生。そのあとを追って歩き出した私を、島崎さんや瀬川さんが心配そうに見ているのが分かる。

 大丈夫だよ、と格好つけたいところだけど……全然大丈夫じゃないです、はい。

 

 教室の扉から出る瞬間、一度だけ進藤君と目が合った。眉間にしわが寄っている状態の進藤君は……たぶん心配してくれてるのだろう。なんというか、進藤君は悪くないのに、申し訳ない。

 あぁでもどうか、その心配が杞憂に終わりますように。そんなことを思いながら、私は廊下へ出たのだった。




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