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19. 盲目のブリザード


 彼がやってきたのは、晴れ間がのぞき始めた六月の終わり頃だった。

 

「今日から教育実習生として、このクラスを担当します、千草廉太郎ちぐされんたろうです。担当科目は国語です。短い期間ですが、よろしくお願いします」


 教壇で一礼した彼は、どうやらすごく姿勢が良い。担任のおじちゃん先生に紹介されて、私たちの前であいさつをした千草先生は、クラスの女の子を見惚れさせるのに十分な容姿をしていた。

 普段、進藤君というスーパーイケメンで、美形には見慣れているはずのC組ガールズが、皆一様に顔を赤らめているのだ。こらこら、イケメンに目がなさすぎるぞ。


 でも、そうなるのも無理はない。千草先生には、進藤君にはない「大人」感があった。すらっと背の高いスタイルに、スーツ。……うん、わかるよ、スーツはずるいよね。それと、ダサくないおしゃれ眼鏡をかけている。眼鏡の奥の瞳はすっと細いけど、それがまた冷たい雰囲気を醸し出していて、なんというか……美形である。

 これは確かに、目の保養になる。私もそんなことを思いながら、千草先生を観察してしまう。


 毎年この季節には、教育実習生がやってくる。千草先生は、もともとうちの高校の生徒だったらしく、今回は我らがC組に配属されたらしい。三週間、一緒に授業を受けたり、千草先生が私たちに授業したりするとのこと。

 それにしても、美形な先生が来たものだ。これは、うちのクラスだけでなく、ほかのクラスでも話題になるだろう。そんなことを考えていると、後ろから私の肩をとんとんとたたく人が。


「鈴木さん、かっこいい先生が来たね」


 こそこそと私に話しかけてきたのは、後ろの席の瀬川さんだ。私に話しかけながらも、瀬川さんの目は千草先生を見据えて離さない。しっかりロックオンしているようだ。


「瀬川さん、千草先生みたいな感じが好みなの?」

「そういうわけじゃないけど、イケメンっているだけでテンション上がるよね」

「なるほど」


 とてもシンプルな理由に、私も頷く。確かに、綺麗なものは見ているだけでお腹いっぱいになる。

 二人でこそこそ話しているあいだに、千草先生への質問大会が始まっていた。もちろん、主に質問を投げかけているのは女子。男子は、むしろ興味がなさそうなオーラ全開……というか、イケメン気に入らねえっていう顔である。


「はーい、質問! 千草先生は、彼女とかいるんですか!?」


 私の前方の席から、食い気味に質問する声が。明るい茶髪を揺らしながら、島崎さんが手をあげて質問をしていた。潔いほど、千草先生にまっすぐ食らいついている。

 島崎さんの質問は、きっと教室中の女子が気になっていたことなので、クラスは静まり返った。全女子の視線が、千草先生に集まる。千草先生は、眼鏡の奥の瞳をスッと細めた。


「その質問に答える必要性が感じられません。今後、僕に質問することは、勉強に関することのみでお願いします」


 教室が、先ほどとは違う意味で静まり返る。手を挙げたまま固まった島崎さんと、同じように固まるC組の女子たち。後ろの瀬川さんも、これには何も言えないようで。――唯一、秋津さんだけが、にやにやして鼻を押さえながら千草先生を見ていたけれど、それはさておき。

 なんてブリザードなんだ。ここまで、あからさまに嫌な空気を醸し出す人も珍しい。冷えていく女子の雰囲気で、かき氷がつくれそうだ。


 にしても、これから三週間、このクラスにいなければならないのに、大丈夫かこの人。今ので、完全に女子の反感を買っただろう。男子は、イケメンというだけで風当たりが強いし。

 教壇の千草先生のことをちらっと盗み見る。インテリ眼鏡イケメン。そして、なんだかすごく、態度が冷たい。私たちと『仲良く』する気は、これっぽっちもなさそうだ。


 うーん、これは……大丈夫……じゃ、ないだろうなあ。


   *** *


「――というわけで、うちのクラスは初日から雰囲気最悪だったよ」

「ひゃー、そこまで険悪な態度の人も珍しいわねー。普通、少しでも生徒たちに気に入られようと、こび売ったりするものだけど」


 現在、お昼休みの保健室です。教室で話せる人ができた今も、私はお昼休みには保健室に来ている。マリんにいろいろ報告しながら、お弁当をつつくのが日課なのだ。

 今日は特大ネタがあったので、私も口がよくまわってしまう。だって、結構衝撃的だったもんね、千草先生。


 あの後、教室の雰囲気はずっと悪かった。千草先生は、本当に私たちにかかわりたくないようで、少しでも話しかけた生徒には氷のような視線で対応していた。それも、勉強とは関係ないことを話すと、一瞬で壁を作られているようで。逆に、勉強のことを聞いても、あまりに冷たい教え方だったので、お昼休みを迎えるころにはクラス中が千草先生のことをどこか遠巻きに見るようになってしまった。

 私の話を聞いたマリちゃんは、頬杖をつきながら考え込む。大きな胸が、机の上に乗っかっているのが腹立たしい。巨乳、反対。


「うーん、それにしても、千草……どっかで聞いたことあるような……」

「え、マリちゃん知り合いなの?」

「んー、知り合いのような……知らないような……わかんなーい」

 

 私相手にかわいこぶらないでください。

 てへっとウインクを飛ばすマリちゃん。顔だけは可愛いけど、昔からその笑顔を見てきた私としては、もう見飽きた。し、この笑顔に騙される人をたくさん見てきたのだ。この女、結構悪い女なんです。

 マリちゃんをジト目で見ながら、私はお弁当を食べすすめる。今日も卵焼きは絶品です。


 私がもごもご口を動かして卵焼きを食していたそのときだった。保健室の扉が開いて、ついさっきまで話題にしていた人物が入ってきたのは。

 先ほどまで教室で見ていた、ブリザードこと千草先生。驚き過ぎて、声が出せなかった。なぜ、千草先生が、ここに?

 

 驚いている私には目もくれず、つかつかと保健室に入ってくる千草先生。その表情は、変わらず無表情で。心なしか、纏う空気が冷たい。怖い。

 千草先生の細い目は、マリちゃんをしっかり捕えていた。食事をしている私はスルーで、マリちゃんの前に立つ千草先生。マリちゃんも、突然の訪問者にびっくりしているのか、はたまた、目の前の彼が噂の千草先生だと気づいたのか、顔を強張らせている。マリちゃん、逃げて! と私が思っていると、千草先生が、ふうっと息を吸った。


「マリ先輩、お久しぶりです! 僕のこと覚えていますか!?」


 …………ん???


 えーと。

 めちゃくちゃ笑顔のあなたは一体、誰ですかね?


 視界に映っているのは、先ほどの空気から一転して、桃色の空気を放出する千草先生。その表情は、満面の笑顔で。……えー、全然ついていけなーい。

 当のマリちゃんも、状況が分からないらしく、私に目で助けを求めている。いや、私が助けられるとでも?

 

「えーっと、あなたは……」

「千草廉太郎です! 先輩と同じ大学で、先輩のサークルの後輩です! 大学の在籍期間はかぶっていませんが、先輩がOGとして来てくれたじゃないですか!」

「あ、ああ――! あのときの!」


 どうやらマリちゃんも千草先生のことを思い出したらしい。口に手を当てて驚いているけれど、それを見ている私だって驚いている。

 だってキャラ違いすぎだよね、もはや別人だよね、今なら双子でしたって言われても信じる、むしろその方が信じるよ。

 

 千草先生は、マリちゃんの目をまっすぐ見て、マリちゃんの手をぎゅっと握った。ってちょっと待って、それはスキンシップ過剰じゃない? イケメンだから許されるかもしれないけど、普通にセクハラじゃない??


「僕、先輩に会いたくてここまで来たんです」


 いや、あんた教育実習しに来たんだろ。

 そう突っ込まなかった私を、誰かほめてほしい。



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