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11. 魔王の正体


「鈴木、どっか行くの?」

「あ、いや……お昼ご飯買いに、購買に行こうと」

「えっ、まだ食べてなかったの!? ずっと怪我の処置してたから?」


 進藤君の言葉に、目をそらしながら頷く。進藤君はもうすでに食べ終わった後なのだろう、なんか、気まずい。

 ちなみに、午前中だけで三度も怪我をした進藤君は、現在右膝と左足の脛、左ひじに擦り傷を持っている。絆創膏をしっかりと貼っている彼は、午後も怪我をするのだろう。

 そう思うと、もう、運動に向いていないんじゃない? とすら思えてくる。


「俺と秋津が、仕事任せちゃったからだよな……ほんとごめん」


 思ったよりも真剣に謝ってくる進藤君に、逆に罪悪感がわく。そんな、進藤君のせいでは……ないとは言えないけど、まあ、うん。

 

「いいよ、引き受けたのは自分なんだし。私も、苦手な運動しなくて済んでるし」

「でも……鈴木、全然教室から出れてないだろ。他のクラスの奴らも来てるし、余計に仕事増えてるよな」

「あー、まあ、それはね」


 たぶん、ほかのクラスでは、保健室から配布された救急セットしか用意がないのだろう。それに、普段手当をしていなければ、正しい手順もわからない。

 小さな傷では保健室に行ってはいけない、というルールがあるからこそ、みんなが私のことを聞きつけてやってくるのだと、思う。複雑だけど、頼られて嫌な気はしていない。だからこれも、本当は自業自得なので、進藤君が気にすることじゃないのだ。


 そう言いたいのに、うまく言葉にできず、どもってしまう。そんな私を見た進藤君が、何かを思いついたかのように目を見開いた。


「そうだ、俺、購買で奢るよ!」

「ええっ」


 そうと決まれば、と私の腕を引いて歩き出す進藤君。いや、こんな姿をクラスの女の子たち――特に秋津さんに見られたら、また誤解されちゃうんですけど!?


「し、進藤君、腕、放して!」


 慌てた私は、無理やり進藤君の手から自分の腕を引き抜いた。ここは昼休みの廊下である。今だって、文系棟の人がたくさん行き来している。その中には、私たちの姿を物珍し気に見る人たちもいて。

 ……本当に人気者イケメンなんだから、多少は自覚してほしいんですけど。


 私のとげとげしい声に、進藤君はハッとしてこちらを見た。そして、なぜかぶすっとした顔になって。え、何故に不機嫌?

 

「…………のかよ」

「え? なに、進藤君?」

「……横峯には簡単に触らせてるのに、俺はだめなのかよ」


 思いがけない彼の言葉。ヨコミネ? ってあの、一年生の、チャラ男の、あの横峯君のこと??

 なんで急に横峯君? というか、別に簡単に触らせてるつもりもないし、横峯君ならよくて進藤君はダメか、そんなわけじゃ……。

 

 私が思考回路を巡らせていると、進藤君は不機嫌な表情を隠さずに黙ってしまった。言うだけ言って説明なしかい。

 うーん、よくわかんないけど、横峯君のことが本当に嫌なんだな、進藤君は。たぶんそういうことなのだろう。

 自分なりに納得はしたけれど、さて、進藤君になんて声をかけようか。目の前には、いかにも機嫌の悪いイケメンさん。……対処方法がわかりません、へるぷみー。


「鈴木は、横峯のことが好きなの?」

「へ!? いや、そんな、まさか!!」

「……ほんとに?」

「ほ、ほんとほんと! 全っ然、タイプじゃないし!」

「そっか。なら、よかった」


 私の言葉に、たちまち表情を明るくする進藤君。どうやら、最近仲良く(?)なった私が、大嫌いな横峯君のことを好きかもしれないと思って、心配してくれたらしい。そんなことあるわけないのに。ていうか、そこまで横峰君のことが嫌いなんだね、進藤君。

 まあ、進藤君の機嫌がなおったなら、それでよかった。そう思って、私もふにゃっと進藤君に笑いかけた。


「ぶふぉっ」


 ――そのとき、進藤君の背後から、よくわからない音が聞こえた。咳……にしてはおかしい、何かを吹き出すような、音。私の視線につられて、進藤君もくるっと後ろを振り向いた。

 動いた進藤君の後ろにいたのは、顔を両手で抑えている秋津さんだった。


 え、さっきの不審な音は、まさか秋津さんから発したものですか?

 ていうか、進藤君のことを好きな秋津さんに、またもや微妙なシーンを見られてしまったのでは!?

 そう思って、顔から血の気が引いていく私に反し、進藤君は爽やかな声で「秋津じゃん!」とおっしゃっている。本当にどこまでも空気を読まないイケメンだな、おい!


 ところが、秋津さんは私たちの声にまったく反応せず、顔を手で隠して俯いたまま。一言も発さず、その場から動かない秋津さんに、さすがに心配になってきた。

 私が大丈夫? と声をかけようとした、そのときだった。ツー、と、顔を隠した秋津さんの手の間から、真っ赤な液体が流れたのは。


 それが鼻血だと、理解するまでに数秒かかった。


「……秋津さん!??」

「え、あ、え、秋津!?」

「ふ、うふ、ぶふっ、ふふふ……」


 ポタポタ、と廊下に血が垂れていく。焦った私たちの声に、やっと音を発した秋津さんの口からは、不気味な笑い声が。

 いや怖すぎるわ!!


 え、いったい全体、どうして、なにが、なんで?

 頭の中ははてなマークでいっぱいになりそうだったけれど、そこは、保健室の留守番として。保健委員よりも保健委員、の肩書に恥じないように。

 私は、秋津さんの肩を抱き、一目散に保健室に向かって早歩きをし始めたのだった。もちろん、ぽかんと突っ立っている進藤君に、廊下の掃除を頼むことも忘れずに。


   *** *


 保健室の扉をノックもせず開ける。お昼休みも終盤に差し掛かっていることもあり、室内に人影はゼロ。……ってマリちゃんあんたはどこいった。

 一瞬、放浪しているであろう養護教師のことが頭によぎったけれど、今はそれどころじゃない。私が引っ張ってきた秋津さんは、未だ不気味に笑いながら血を垂れ流している。青色のクラスTシャツにも染みがついてしまった。


 秋津さんには、鼻をティッシュでつまみながら歩いてきてもらったのだけれど、まだ血は止まりそうにない。とりあえず問答無用で椅子に座らせ、少し下を向かせる。新しいティッシュを渡して、その間にタオルを水で冷やす。血が止まってきたら、おでこの辺りをこれで冷やせばいい、はず。

 それにしても、だ。


「……秋津さんって、よく鼻血出すの?」


 鼻血が出たことに、秋津さんが驚いた様子も恥じる様子もなかった。いや、別に恥ずかしいことじゃないんだけど。不審な動きはあったにせよ、それは鼻血に対してではなさそうだ。

 私の質問に、秋津さんはこくりとうなずく。よく鼻血を出す美少女……考えるのはよそう。


「あともう一つ、聞いていい?」


 またうなずく秋津さん。私は、なるべく大したことがない感じで、口を開く。


「――秋津さんって、オタクなの?」


 脳裏によみがえるのは、秋津さんの家で見た光景。二階に行った秋津さんを追って、思わずして開けてしまった扉の向こう側は、実はがっつり見えていた。扉の奥には、壁一面に敷き詰められた漫画たち。大きな大きな本棚に、所狭しと並べられた漫画は、コミックスに限らず月刊誌もあって。

 私の視力が衰えていなければ、ほとんどが少女漫画のように思えた。


 ただの本好き、では表せないような本の量。あれはきっと、俗にいう、オタクなのではないか。そして、秋津さんはそれを隠したがっているのではないか。

 一瞬そうも考えたけれど、やっぱり普段の秋津さんとは結びつかなくて。〝ちょっと”漫画が好きな、恋する乙女なのだろうと結論付けていたのだ。


 でも、さっきの姿を見ると、どうにも恋する乙女には見えなかった。恋する乙女が、好きな男子がほかの女子と話していて鼻血を出すだろうか。……否である。


 私がそこまで考えていると、ずっと黙っていた秋津さんが、ゆっくりと顔を上げた。……ティッシュを鼻に詰めた美少女の姿なんて、クラスの男子には見せられない、絶対に。



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