12. 好きなこと、好きなだけ
「……だって」
顔を上げた秋津さんから絞り出された声は、わかりやすいくらい震えていて。私が、それ以上何も言わなくていい、と口に出しかけた……のだけれど。
「だってだって、好きなんだもの、少女漫画が! 漫画じゃないわ、少女漫画が好きなの、私は! 胸躍るような出会いと別れ、ときめき、全部が詰まっていて、王道の物語も、少し変わった物語も、全部素晴らしいでしょう!? 永遠の女子の憧れや夢、希望だわ、誰しもが一度は少女漫画を胸に、じれったさとにやにやで暴れたことがあるはずよ、そうでしょ!?」
……心配して損した。
鼻にティッシュを詰めながら、息巻いて語り出した秋津さん。これ、本当にあの秋津さんなのだろうか。と疑いたくなるくらい、普段の秋津さんとは別人のようだ。
私は彼女の話を聞き流しながら、鼻栓を準備する。いくらなんでも、ずっとティッシュじゃ鼻に悪い。保健室には鼻血用の鼻栓があるのだ。
見つけたそれを秋津さんに手渡すと、秋津さんは素直に詰め替えている。うむ、よし。
「えっと、それで、少女漫画好きの秋津さんは、進藤君のことが好き……ってわけじゃないんだよね?」
一応私が確認すると、秋津さんはこれでもかと目を丸くして。一瞬の間を置いたあと、ぶんぶんとすごい勢いで首を振った。
「まさか、天地がひっくり返ってもあり得ないわ! 進藤君のことは、鑑賞物として貴重な人材だと思っているけれど」
「か、かんしょうぶつ?」
「そうよ。進藤君ってイケメンだけど、遊んでないし、部活に一生懸命だし、素晴らしい人材なのよ。少女漫画において、イケメンヒーローは欠かせないし、進藤君はまさに少女漫画好きのツボを押さえた爽やかイケメンだと思わない? もちろん、横峰君のようにちゃらちゃらした人が、真実の愛を見つけるというパターンも捨てがたいけれど、やっぱり王道は進藤君みたいなイケメンがクラスでそんなに目立たない女の子に恋に落ちるラブコメよね、あぁあ、妄想……いいえ想像しただけで胸が熱いわ……」
「そ、そうなの……?」
鼻栓をしながらつばが飛ぶくらいの勢いで熱く語る秋津さん。いや、本当に、この人を天使だとか言った人、間違ってる。魔王ですらない。この人、ただの重度の少女漫画オタクだ。
もはや目が血走っているように見えてきた。人の本気、こわい。
「そうなの、ずっと進藤君は少女漫画にとっての逸材だと思って目をつけていたのよ! でも、進藤君に対応できるヒロイン役がいなくて、ずっともやもやしていたの。――そこに現れたのが、鈴木さん、あなたよ!」
びしっと指さされて、思わず後ずさってしまう。血気迫るって、こういうことを言うのだろう。あまりにも迫力のある秋津さんは、もう魔王には見えないけれど、違う意味で怖い。
だってこの人、こんなことを本気で言っているんだもん。常人じゃないよ、絶対。
「クラスでは全然目立たないし、友達もいないみたいだし、めちゃくちゃ顔が整っているとか、そういう要素はないけれど、逆にそれが良いのよね! 最近は、地味で常識のある主人公が王道だもの!」
「なんかすごく悪口言われてる気がするんですが?」
「鈴木さんみたいに地味な人を、進藤君みたいなさわやかイケメンが溺愛しちゃうのよね! 最初は意識していなくても、少しずつ、じわじわと、距離を縮めて……うふっ、ふふふ、考えただけで、また血が出てきちゃうわ……」
「か、考えないで!? 血は出さないで!?」
また怪しげに笑い始めた秋津さんに、私はあわてて冷やしたタオルを渡す。そろそろ血は止まりかけているだろうに、また血を出したら本末転倒である。秋津さんは素直に、冷やしタオルを額に当ててくれた。
「……秋津さんの言ってることは、まあ、分かったけれど。正直、進藤君は私のこと、何とも思ってないと思うよ?」
私が恐る恐るそう言う。そうなのだ。秋津さんの言ってることは、理解できた。理解はできたけれど、反論はさせてほしい。
進藤君って、本当に、ただ純粋にイケメンなのだ。私に話しかけてくれるのも、別に特別なことじゃない。なんというか、彼は常にあんな感じなのだ。クラスのほかのどんな女子にも、気さくに話している。爽やか純度120%の男なのだ。
「そんなことないわ! 明らかに、進藤君は鈴木さんにだけ態度が違うもの。ずっと観察してきた私が言うの、間違いないわ。でもきっとまだ自分で気づいていないのよ、あぁあ、じれったい、教えてあげたい! でもだめなのよね、部外者が口を挟むのは。それに、これから進藤君が自分の気持ちに気づいてから、おどおどする姿も、片思いに奮闘する姿も、両想いになって嬉しさ爆発する姿も見れると思うと……一粒で五十度もおいしいわ……あら、よだれが出ちゃった」
ふふふ、と笑う顔だけは、本当に整っている。残念なことに、右手でよだれをぬぐい、鼻血を止めるために左手でタオルを当てているというオプションつきだけど。もったいない美人だな……。
そして、秋津さんの脳内では、私と進藤君が付き合って両想いになる姿が確定しているらしい。なんでやねん。違うという私の言葉は届かないのですね。
私は一つため息をつく。秋津さんを説得するのは、きっと不可能だ。ここまで思い込んでいる人に、何を言ってももう止まらないだろう。
「鈴木さんも、早く進藤君のこと意識してね」
そう言ってにっこり微笑まれた暁には、あきらめるしかあるまい。……何があっても、進藤君を好きにはなりたくないデス。
とは言っても、これほどまでに好きなものがある秋津さんのことは、少しうらやましかった。私には、そこまで好きなものがないから。
好きな音楽、好きな本、好きな遊び。何か一つでも、心の底から好きといえるものがあることって、本当はすごく誇れることだと思う。
好きなものを好きなだけ、好きだと言える秋津さんは、鼻血を出していても格好良かった、気がする。ちょっとだけね。
*** *
その後、血が完全に止まったのを確認してから、教室に戻ると、クラスのみんなが心配して待っていた。どうやら、「仕事を頑張りすぎて貧血を起こした」ということになっていたらしい。……これだから美少女は。
クラスで唯一現場を目撃し、掃除までしてくれた進藤君だけは、本気で心配していた。持病か何かだと思ったらしい。なんというか、本当に面白いイケメンだと思う。
ちなみに、球技大会の結果はというと。うちのクラスは、男子ソフトボールが優勝、女子バスケと男子バスケが準優勝という、華々しい結果を残した、らしい。
というのも、午後は午後で、怪我人続出で、私は一人てんてこまいだったのだ。もう二度と引き受けない、絶対にだ! と誓った。……うん、たぶん、二度とやらない。
さらにちなみに、球技大会の相乗効果として、私はクラスメイトと少し仲良くなった。今まで全く話したことがなかった人たちが、手当をした後は、なんだか話しかけてくれるようになったのだ。これは、嬉しい効果だ、と思う。えへ。
最後のちなみに、その後の秋津さんは、というと。
「ねえ、ねえ、進藤君に何か言われたりしないの? 夏祭り一緒に行こうとか、一緒に帰ろうとか、俺以外見るな、とか……うっ、想像しただけで鼻が熱くなってきたわ」
「秋津さん、鼻血出すのだけはやめてね」
なぜか、頻繁に放課後の保健室に来て、私にぐだぐだと話しかけるようになった。
どうでもいいけど、俺以外見るな、は現実で聞くことないと思うよ、秋津さん。
球技大会編終了です~
五月に球技大会あったのうちの高校だけ?




