天使と鬼、似ている2人!?
同じ日の夜、カレンは繁華街での外回りを終え帰路に着こうとしていた。
「ふぅ。そろそろ帰ろうかなぁ」
すると突然、陽気な声が背後から自身の名前を呼んだ。
「あれあれ~?カレンちゃんじゃないのぉ~?」
「!?」
カレンが振り向くとそこには真紅のスーツに身を包んだ男、ザキルの元裏社会仲間アウトロが立っていた。
「あ!確か、アウトロさんでしたよね?」
「いえーす!覚えててくれたのぉ?感激だなぁ。今日はあの任侠面は一緒じゃないのかい?」
「あ、はい。ザキルさんはもう帰られたと思います」
「そーか、大変だねぇ。何?どうしたの?ずいぶん疲れてるんじゃない?何か元気無いみたいだけど?」
「…」
カレンは昼間の病院での光景を未だに引きずっていた。
「いや、大丈夫です。何でもないです」
「そうかそうかー。いやーそろそろじゃないかと思ってたんだよ~」
「え?」
「そろそろザキルのパワハラと悪人面に胃を痛くしてるころかと思ってねぇ~。全くとんでもない野郎だぜ」
「えぇ!?あ、いえ、違いますよ」
「よし!ここはこの俺様がガツンと言ってやるよぉ!ついて来な」
「えぇ!!?」
アウトロはカレンの腕を半ば強引に引きカレンを連れ去って行く。
「え?ちょ、ちょと?あの、違いますよ!」
「あの野郎はどうせいつものバーに居るだろ。直ぐそこだから一緒に来なって」
「あの、違います。ザキルさんは関係ないんですって!」
「大丈夫!安心しなって。あの野郎はこの俺様に頭上がらないのさぁ。何てったって俺様は裏社会じゃ無く子も黙るアウトロ様だぜぇ~」
「いやいやいや、だから違うんですってぇ~~!!!」
抵抗も虚しくカレンはアウトロに拉致されてい行ってしまった。
2人が辿り着いたのは地下にあるカウンターバーだった。
アウトロが入り口のドアを開けると呼び出しの鈴が鳴る。
「いらっしゃい。…何だ、お前か」
店内はカウンター席のみの小さなバーで奥には店主と思われるバーテンダーの女が立っていた。
「いよう、ロベリちゃん!今日はザキルは来てねぇのか?」
アウトロは黒シャツに銀色の髪と小さな透明丸眼鏡を携えたバーテンダーの女を”ロベリ”と呼んだ。
「来てないね。どうしたんだい?ってか、誰だそのお譲ちゃんは?」
バーテンダーの女はアウトロの後ろで戸惑っている様子のカレンに気付く。
「あぁ紹介するよ。この子はカレンちゃんだ。選定所の新人さんで今ザキルが面倒見てる子さ」
「へぇ!そんな若くて可愛らしい子が?お譲ちゃん、一体どんな偉業を成し遂げたんだい?」
「えぇ?い、いえいえいえ。私は、そんな、全然…」
戸惑うカレンはアウトロと2人他に誰も客の居ない店内カウンター席に腰を下ろす。
「まぁ折角来たんだ、1杯やってこうぜ。奢るよ」
「は、はい。ありがとうございます」
カレンはマリブコーク、アウトロはシャンディガブを注文し少しするとそれぞれの前に各グラスが置かれた。
小さく乾杯し喉を潤す2人。
「それで?元気無かったみたいだけど、何かあったのかい?本当にザキルのパワハラじゃないのか?」
「…はい。実は…」
カレンは必要機密は守りつつも今回の事件と病院での出来事を2人に話した。
「ふ~ん、なぁ~るほどなぁ。そいつぁまぁ何とも、やりきれねぇ事件だなぁ」
「私、選定所に入って頑張れるって思ってたんですけど、でも、どっちに進んでも誰かが哀しむっていう状況って初めてで。もうどうしていいか分からなくて…」
カレンの話を聞きながらバーテンダーのロベリは静かにタバコを吹かしている。
アウトロはカレンを慰め始める。
「まぁ世の中色々だよなぁ。何もかも分かりやすい勧善懲悪って訳にゃやっぱいかねぇってこったなぁ。まぁ元気出しなって。カレンちゃんはなーんにも悪くないじゃないか。全てはそのロリコンドラッグ野郎が事を起こしちまったせいだろ?」
「そ、そうかもしれませんけど…」
「おーいロベリちゃん。ロベリちゃんからも何か言ってやんなよぉ」
するとロベリはクスッと笑って静かに口を開く。
「そうだねぇ。難しい問題だねぇ」
「いやそういうんじゃなくてさぁ。こう前途有望な迷える子羊に神の導きをっていうかさぁ。選定所の先輩として何かこう、あるだろぉ?」
「えぇ!?」
カレンはアウトロの発言を聞いてその顔を上げた。
「おいおい、私はただスカウトを受けただけだ。入所した訳じゃないよ」
「えぇ!?そうなんですか?ロベリさんもスカウトを受けたんですか?」
「あぁ。昔の話だけどね」
「そうなんだ!ロベリさんはその前何されてたんですか?」
「泥棒さ」
「えぇ!!?ど、泥棒?」
「ふっふふ。正確に言うと”義賊”ってやつでね。金持ち連中から盗んで貧しい連中に配ってたのさ。勿論、私は私できっちり取り分頂いてたけどさ」
「そ、そうなんですか!すごい!カッコいいですね!」
「あっはは。おだてても何も出ないよ」
「その、どうして”ギゾク”ってのになろうと思ったんですか?」
「深い理由は無いさ。ガキの頃に好きだったゲームがあってね。その主人公がそんな肩書きだったから何となく憧れただけだよ」
「へぇ~。でも、どうして選定所に入らなかったんですか?」
「ん?」
「貧しい方々のために泥棒されてたんですよね?ならロベリさんも世の中を良くしようって思ってたんじゃないですか?」
「…」
「もしそうなら、選定所に入っていい世の中にするって事にも興味がありそうだなぁーって思うんですけど?」
ロベリは短くなったタバコをカウンター下の灰皿に押し付けた。
「まぁ私なりに色々と考えたんだけどね。ただ正直、私にはその査定制度が本当の意味で世の中をよく出来るのかってのがちょいと疑問だったんだ。今回の件だってそうだろ?」
「あぁ…」
「”義賊”ってのはどこか建前でね。盗み自体を楽しんでたし、何より自由だった。大きな組織に入ってしがらみにもまれるのは真っ平だったし。一区切りついて疲れも溜まってたからこうやって悠々自適にバーでもやりながらスローライフを楽しみたかったのさ」
「そうなんですねー」
「勿論、カレンちゃんやザキルの仕事ぶりを否定するって意味じゃないよ。アンタ等2人はよくやってると思うし、似てて面白いよ」
「えぇ?私とザキルさんがですか?」
「あぁ。2人共不器用なくせに自分の正義を曲げれず人知れず足掻くところなんてそっくりさ。見た目は天使と悪魔で正反対だけどな」
2人の会話を黙って聞いていたアウトロは不意にカレンの方向に体を向け諭し始める。
「なぁカレンちゃん。人生ってのは山あり谷あり。けどな、どんな時でもその人にとって必要な時に必要な人が現れるもんさ。特にカレンちゃんなんかはそういうタイプだと思うぜぇ」
「え?」
「大丈夫だ。今は光が見えなくてもゆっくり呼吸を落ち着けて立ち止まってみるといい。仕事ばっかりしてないで、たまには温泉でも入ってゆーっくりとしてみると意外と解決策が見えてきたりするもんさぁ。あ、混浴なら俺様が付き合ってあげるぜ?」
「ふふふ」
「今だってホラ!落ち込むカレンちゃんを慰めようとしてこうして俺達が集まってるじゃないか」
「…そうですね!」
カレンは少し表情をほぐした。
「あっははは。泥棒にギャングにヤクの売人。そんな中に純真無垢な子ウサギちゃんが1人か。全く滑稽だねぇ。とんでもない人物を集めたもんだよ。こりゃ一度お祓いにでも行った方がいいかもな」
「ふふふ。そんなことないですよ。皆さん優しくて大好きですよ」
「カレンちゃん、今日はもう帰んな。家でちゃーんとお風呂入って温まるんだぜ?冷えは女にゃ大敵だからな?」
「…はい。ありがとうございます」
そうしてカレンは席を立ち深々とお礼を述べると店を後にするのだった。
店に残ったアウトロは再びグラスを口に運び始める。
そんなアウトロに対しロベリは声を掛けた。
「お前にしては珍しく口説かないんだな。所構わず女と見ればちょっかい出してるお前が。あの子の真っ直ぐさに心打たれたか?」
「よしてくれ。俺は子供には興味無ぇってだけさ。それに言ってるだろ?俺は昔っからロベリちゃん一筋さ」
「っふん」
アウトロからは普段の饒舌さは消えていた。
時折グラスを口に運びながら何かを考えている様子のアウトロ。
やがて1杯目を飲み終えると真剣な眼差しでロベリに問い掛ける。
「なぁ?そのトクシュウって野郎の薬はそんなにスゲェのか?」
「何でも相当画期的な物らしい。事実大勢の人間が救われてるみたいだしな」
「ふーん。大勢を救ったら1人の罪無い少女レイプしてもお咎め無しってか?胸糞悪ぃぜ全く」
「”恋愛だった”って主張してんだろ。何かしらそれらしい理由付けがあればそれを大人達が拡大解釈すれば真実は闇に隠れる。…だが変だな。前に同じ業界の人間が店に来たことがあったが、そいつはトクシュウって名前を言ってなかった気がするが…」
「ん?どういうことだ?」
「その薬が流通する前の話さ。そいつも確か薬の研究員だったがもうすぐ画期的な薬が開発されるってキラキラした目で語っててな。けどそいつが言ってた名はトクシュウって名前じゃなかった様な気がするがなぁ」
「…!」
アウトロはロベリの話に何かが隠れていると感じ再び深い自身の思考にのめり込むのだった。




