「壁にぶち当たるのは、それを乗り越える資格があるからだよ」
金曜日の夜、カレンは1人である喫茶店に来ていた。
コーヒーをテーブルに力の無い表情で窓から夜の景色を眺めている。
「こんな事が続くのかなぁ…?」
溜め息交じりでそうぼやくと、突然目の前の席に1人の男が座り込んだ。
「よ。カレン」
「社長!!」
カレンの目の前に現れたのは前職であるセクシー女優時代に所属していた事務所の社長だった。
「え?え?どうしたんですか?」
「いやね。ちょっとそこ通り掛かったんだけど、窓からカレンのことが見えたから寄ってみたんだよ」
「そうなんですね!でもよく気付きましたね」
「この辺りはよく通るけどこの店はやっぱりつい眺めちゃうよね。カレンとの出会いの思い出があるからさぁ」
「あ、そういえばそうでしたね!もう5年も前ですけど」
「覚えてるかい?」
「勿論です。あの時まだ18でいきなり変なおじさんに声かけられて凄くビビッてましたから」
「ははは。ひでぇな、変なおじさんかよ」
「実際そうじゃないですか。AVの勧誘ならほぼ変質者同然ですよ」
カレンは突然登場したかつての盟友に少し笑顔を取り戻していた。
「確かにな。けどカレンだって当時は相当変な子だったぞ。若いのに何て言うかこう、余命宣告でもされたかの様な顔してるっていうかさぁ」
「じゃーなんでそんな子に声かけたんですか?」
「そこはホラ、ココよココ。ばーっちりだったろ?実際」
社長の男は得意げに自身の腕を叩き目利きの実力を自慢気に誇っていた。
呆れ気味に流すカレン。
「はいはい。分かりましたって」
「でも仕事初めてどんどん生気を取り戻していったって感じだったよなぁ。毎日元気になっていくお前を見て俺も嬉しかったよ」
「何か、人の役に立ってるって実感が嬉しかったんです。世の中のとの繋がりっていうか、こんな私でも居場所があるんだなぁって。握手会とかファンイベントとか本当に生きてるって感じしました」
「そうか。またいつでも戻って来てもいいんだぞ?」
「…もしかしたらそうなるかもです」
「!」
社長の男は冗談のつもりで言ったひと言だったが、カレンからの意外な返答に表情を広げた。
「どうした?何かあったのか?」
「いえ…。機密事項が多いので詳しい事は言えないんですけど。ちょっと、その…行き詰っちゃって」
「…」
社長の男は真剣な眼差しでカレンに耳を傾ける。
「世の中よくするぞーって張り切って入所したんですけど、この制度とかこの仕事って本当に人を幸せにする事が出来るのかなぁって、ちょっと悩んでます」
「…ふむ」
社長の男はコーヒーをひと口飲み静かに口を開く。
「まぁ詳しいことは知らないし、俺なんかは通り一辺倒な事しか言えないけど、まだ入ったばっかりだろ?今すぐ辞めるってのは考えた方がいいんじゃないか?」
「はい。もちろんすぐすぐ辞めるつもりとか無いんですけど、でも、これからこうやって壁に当たる事って多くなるんだろうなぁって。そうなった時、私乗り越えられるのかなぁって思って」
「大丈夫だ、カレンなら絶対に乗り越えられる。無責任なアドバイスじゃないぞ!確かな目を持つ俺がずっとお前を近くで見てき上での結論だ。どーんと大船に乗ったつもりで構えてていい」
「…ふふふ。そうかもですね」
社長の男は少し声を落ち着けじっくりとしたペースで喋り出した。
「カレン、お前は俺の娘みたいなもんだ。お前が辛そうな顔してるのは俺もすごく辛い。選定所に入所出来たことはとても誇らしいことだが、それが人生の全てって訳じゃない。常に考えて目の前の事に向き合ってその上でやっぱり自分には向いてないとか他にやりたいことがあるっていうなら、それは”逃げ”じゃなくて”最良の選択”ってやつだ。何も恥じる事はない。迷ったらいつでも俺に連絡してこいよ」
「社長…。ありがとうございます!」
カレンの目に少しばかりの光が戻って来た。
「いいこと言うだろぉ?これ、ちゃーんと選定所に申請してくれよ?点数上げてもらえるかもだし」
「もー。下心なんじゃないですかぁ。感動して損したぁ」
「がははは。ジョーク、ジョーク。だけどお前がちゃんと乗り越えられって思うのはジョークじゃないぞ。俺が保証する!」
「…そうですかね?」
「そいつが壁にぶち当たるのはそいつがその壁を乗り越えられる資格がるからだって、俺は思うんだ」
「!」
「実際お前だって壁を乗り越えてここまで生きてきただろ?ホレ」
社長の男はカレンの手先の辺りを指差した。
カレンはぐっと自分の手首を握る。
「…ただ臆病だっただけですよ」
「”死ぬのが怖い”それだって立派な才能だよ。試練を乗り越えるのに方法なんてなんだっていいんだから」
社長の言葉はカレンの心奥深くに温かく染み入っていた。
盟友と感じる相手の力強くも優しい言葉はカレンの魂に息吹を吹き返させていた。
「ありがとうございます!何か、本当に元気出てきました!週明けからまた頑張ります!」
「中年オヤジの説教が少しは役に立ったか?」
「はい!とっても!私も早く出世して社長の点数をどんどん上げてあげますからね!」
「ははははは。頼むよぉ~。ただでさえウチの事務所はエースを失って経営苦しいんだ。俺の点数が上がればもっといい子が沢山入って来るかもしれないからなぁ」
「うふふふ。それじゃ私そろそろ帰りますね。本当ありがとうございました」
「おう!まぁ念のためいつでもウチに戻って来れる様に毎日ちゃんとオ○ニーで感度保っとけよぉ~」
「ヘンタイ!」
カレンは笑顔のままそう言い残し喫茶店を後にした。
「よーし!私ももっと頑張って点数上げてもらって。今までお世話になった人達に恩返ししなきゃ…!」
そう言ったカレンは自身の言葉に気付き表情を固めた。
「…そうだ!アイツの点数を下げる事が出来無いなら、逆に…」
何かを閃いた様子のカレンは一目散に車に乗り込み希望を広げた表情で車のエンジンを掛けるのだった。




