弱者の悲痛と8聖人の登場
2人が次に到着したのはとある病院だった。
受付で目的の病室番号を聞いた2人はエレベータで3階に到着する。
303の病室を覗き込むとそこにはベットに横たわる少女とそれに付き添う母親らしき中年女性が座っていた。2人の登場に気付いた中年女性は声を掛ける。
「あの、どちら様でしょうか?」
「あ、突然失礼します。私達、選定所の者です」
「あ!選定所のお方?どうぞこちらへ」
女性からの手招きを受けベッドの横に歩む2人。
そこには一切の生気を見せない少女の痛ましい表情、その顔のいたる所には怪我の手当て痕があった。
悲痛に心を痛めるカレン。
ザキルもまたどこか憤りを感じている様子だった。
「この子、殆ど喋らなくなってしまったんです…。食事もろくに食べないし。本当、許せません…」
声を震わせて涙ながらに悔しさを滲ませる母親。
2人はそんな母親の言葉を無言で飲み込んでいた。
「そちら様にも色々とご都合あるかと思いますが、どうか、どうかお願いします…」
その言葉に対し2人は何も言えないままだった。
被害少女の状況と心情を伺う為に訪れた2人だったが、言葉を発する様子を見せない状況を考慮しその日は足早に病院を後にしたのだった。
病院を後にした2人はそのまま車で選定所へと戻った。
やりきれない気持ちのまま報告書をまとめるため自席に腰を落としたザキルとカレン。
それぞれが見た目線での現状を報告書にまとめていく。
やがてカレンが先に報告書を上げザキルの自席に現れる。
「ザキルさん。私は出来ました。そっちはどうですか?」
「あぁ。俺も出来たとこだ」
ザキルは立ち上がり、プリントアウトした報告書を取りに行こうとした、その時、フロアが一気にざわつきを見せる。
「おい!あれ!」
「うぉ!マジか!」
「本物だ…」
次々と声を漏らし始める職員達。
その視線を一挙に集める2人の人物がフロア内に現れた。
その存在にザキルとカレンも気付き視線を送る。
「…こりゃまた」
「え?だ、誰ですか?」
フロア中の視線を集めながら威風堂々とした存在感で近付いてい来るのは軍高官用の様なデザインの制服に身を包む2人の男女だった。
シルバーを基調としたその制服の胸元にはいくつかのバッジが携わっている。
「カレン、よく見とけ。あれが8聖人だ」
「えぇ!?あ、あの方々が?」
「滅多にお目にかかれねぇぞ。チョビ髭の男は”命”の称号を持つサコミズ、女の方は”言霊”の称号を持つヨウエンって奴だ」
ザキルは50代半ばと思しきダンディーな中年男性を”命”のサコミズ、真紅の口紅と艶やかなブロンドヘアーを纏う女性をヨウエンと紹介した。
2人は慣れた物腰でフロア中の注目を浴び続けながらもあちこちの職員に話を聞いていて回っている様子だった。
するとある職員がザキル達に視線を向け8聖人2人を誘導する仕草を見せた。
サコミズとヨウエンはその指示に従いザキルとカレンに歩みを進めやがて声を掛けた。
「君ら2人がトクシュウと被害少女の面会に向かったのかね?」
「あ、えぇ。まぁ」
「そうか。報告書は出来てるかね?」
「あぁ。今出来たとこでさぁ」
ザキルとカレンは最寄のプリンタから出力した用紙をサコミズとヨウエンそれぞれに手渡した。
目を通していく2人。
「…ふむ。大方予想通りか」
「やりきれないわねぇ…」
普段強気な物腰を見せるザキルも8聖人の登場にいささか緊張している様子だった。
「この野郎の査定はエヴァの担当で?」
「いや、我々が担当する。臨時会議を設けた。君らの迅速な動きのお陰で必要な資料や情報はほぼ集め終わった。他6人が集まり次第査定に入る」
「…そうスか」
「それじゃ、引き続き頼むよ」
8聖人2人がその場を去ろうとしたその時、突然カレンが2人の背中に向かって声を掛けた。
「あ、あの!!」
「ん!?」
振り向いた2人にカレンは思いの丈を告げた。
「その、あの、何て言っていいか分からないんですけど、どうにか、どうにかあの子が救われる方法は無いんでしょうか?」
「…」
8聖人の2人はカレンの気持ちを汲み取っている様子ではあったが、返って来た答えはカレンが期待している内容とは程遠いものだった。
「我々は公正公明な立場で正しい査定をしなければならない。全てはこの国をより良くするためだ。君らの普段の働きには心から感謝している」
そう言い残し2人はその場を去って言った。
ザキルとカレンを含めた職員一同、やりきれなさをその胸に閉じ込めたまま重い足取りで仕事へと戻って行くのだった。




