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メモリー

話を出すのが遅くなってしまいすみません。

頭に痛みが広がった。


「─っ。」


その瞬間。


――ズキン、と。

強い痛みが走る。


「っ……!」


視界が歪む。

呼吸が乱れる。


記憶…?が。

――溢れた。


薄暗い部屋。


机。


本。


ページをめくる、知らないはずの手。


無表情な少女。


(……誰)


けれど。


(……知ってる)


感情だけが、先に理解する。


その少女は話すのが苦手で。


無表情。


周りからも距離を置かれていた。


そして、ある日町で。

一つのポスターを目にした。


ヒロインではなく、左横に描かれていた女の子がとても。


「綺麗…」と目を輝かせながらポツリと言った。


(ポスターの顔の部分だけが靄がかかってみたいに見えない。)

(だけど、私は…)

と思ったと同時に記憶が反転する。


調べる。




本。




物語。




ゲーム。




ヒロイン。




仲間。




成長。




救い。




悪役令嬢。




消える人。




記憶が、 無理やり押し込まれてくる。


繰り返される結末。


何度も。

同じように終わる物語。



(やめて)


記憶がまた反転して。


数日後、少女は布団に入り、朝起きると…。


思考が、追いつかない。

それでも、流れ込んでくる。



頭の痛みが記憶が終わったと同時に消えた。



――そして。


「……あ」


繋がった。

点と点が。

無理やり、一本に。


「……私、が」


喉が震える。

言葉が、うまく出ない。


「悪役……令嬢……」


違う。

それだけじゃない。

もっと、前。

もっと、深い場所。


「……蓮」


その名前を、口にした瞬間。

世界が、軋んだ。

拒絶するみたいに。


(思い出した)


(湖の時の事も…)


(そうだ私は…湖から出てきてその後に記憶に靄がかかって思い出せなかったんだ。)



全部。


全部。


知っていたはずだった。


この物語も。

この結末も。


この世界は湖から。終わって始まったんだ。


この――


「……ミアも」


息が、止まる。

心臓が、遅れて跳ねた。


「……っ、なんで」


今度は、はっきりと。

感情が、形を持つ。


「なんで……助けなかったの」


震える声。

否定できない事実。


「知ってたのに……!」


本が、手から滑り落ちる。

音は、もう聞こえなかった。


「なんで、忘れてたの……!」


「違う!」


「忘れてたんじゃない。

“見ないようにしてた”」


爪が、床を掻く。

呼吸が、ぐちゃぐちゃになる。


「なんで……なんで……」


(こんな時にも涙は出てこない…そんな自分が嫌だ……。)


「あぁ。」


繰り返すたびに。

答えがないことだけが、分かる。



(違う)


一つだけ。

分かることがある。


何で忘れていた?

見ないようにしていたから?


「違う消された…?」


ぽつり、と。

零れた言葉。



その瞬間。

背筋に、冷たいものが走る。


床に落ちた本は、誰も拾わなかった。

時間だけが、静かに進む。



――いや。

進んでいる“ように見えるだけ”だった。




数日後。

屋敷の廊下を歩く使用人たちの足取りは、妙に揃っている。


会話はある。笑い声もある。

けれどそこに、“揺らぎ”がない。


まるで台本でもあるかのように。


「玲様の件、聞きましたか」 「ああ…やはり、あの方は……」


ひそひそと交わされる声。

玲の名が出るたびに、空気がほんの少しだけ濁る。


「使用人をいじめていたとか」 「他の人のことも……」

 

言葉は曖昧なのに、結論だけははっきりしている。


――“悪”。

その印象だけが、綺麗に揃っていた。


(おかしい)


その違和感に、最初に気づいたのは――シオだった。


「……誰から聞いた」


ぽつり、と。

誰に向けるでもなく呟く。

だが、返ってきたのは自然すぎる答え。


「町で、ですよ」 「それに屋敷の中でも言われてますし。」「皆そう言っています」


“皆”。


「玲様や鴻様の他に誰かいませんでした?」


「いいえ。誰も。」


便利で、空虚な言葉。

シオの眉がわずかに動く。


(いつからだ)


こんな話が広まっていた?

いや、違う。


“広まっていたことになっている”。

記憶を探る。

だが――


「……っ」


こめかみの奥が、鈍く軋んだ。


一瞬だけ、何かが浮かぶ。


白い光の差す廊下。

誰かが立っている。


背の高い――男。


そして、玲様の隣を誰か幼い。


「……誰だ」


名前が、出てこない。

だが。


(……いた)

“いたはずだ”。


玲様の隣に。

自然に、当たり前のように。


けれど。


「……思い出せない」


指先に力が入る。

紙に名前を書こうとするが書けない。

思い出そうと頭痛がより一層酷くなる。

記憶が、霧のように逃げていく。


その代わりに、別の“正しい記憶”が滑り込んでくる。


――玲は孤立している。

――最初から、そうだった。


(違う)


即座に否定する。


(違うだろ)


“最初から”じゃない。

途中までは、確かに――


「……ミア様が、いた」


とポツリと声に出る。


口にした瞬間。


(ミア…様)

(誰だ?)


空気が、微かに歪んだ。


誰も反応しない。

まるで、その名前自体が存在しないかのように。


「……は?」


シオの目が細くなる。


(今、何かが――消えた)


確信に近い違和感。

だが、それを証明するものが何もない。


屋敷は、正常だ。

人も、会話も、流れも。

すべてが“正しい”。


ただ一つ。


「……気持ち悪いな」


ぽつり、と吐き捨てる。


正しすぎる世界は、どこか壊れている。


視線を落とす。


自分の手が、わずかに震えていた。

理由は分からない。


だが。


(……このままは、まずい)


直感だけが、はっきりと告げていた。



その頃――

屋敷の奥。


静まり返った部屋の中で。


玲は、ゆっくりと立ち上がる。


世界がどれだけ形を整えようとしても。


消えないものがある。


奪われても、歪められても。

なお、底に残るもの。


「……ミア」



誰にも届かない声。

けれど確かに、そこにあった。




そして。

その名を呼んでも、世界はもう軋まなかった。


代わりに――

静かに、何かが“ずれた”。

この世界は。


ただの物語じゃない。

“都合よく進むように、形を変えられている”


記憶の話と今の世界は違う。

なら…。


「……ふざけないで」


ゆっくりと、顔を上げる。


その代わりに。

底に沈んだ、何かがある。


「ミア」


誰に向けた言葉かは、分からない。

けれど。

はっきりとした意思だけが、そこにあった。



そして。


「……壊す」


それは、衝動じゃない。


理解した上での、選択。


物語に従う側から。

外れる者の、決意。

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