噂の影
朝。
屋敷は、いつも通り静かだった。
変わらない。
……はずだった。
廊下を歩く。
足音だけが響く。
前から、使用人が来る。
目が合う。
――逸らされる。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
だが、確かに。
気のせい?
「……」
何も言わない。
そのまま通り過ぎる。
後ろで、小さく息を吐く音がした。
気のせい、ではない。
でも。
気にするほどのことでもないな。
……そういうことにする、しよう。
「お姉様!」
ミアの声。
少し明るい。
「おはようございます」
「おはよう」
ミアは近づいてくる。
いつも通り。
「今日、外行きますか?」
「どうして?」
「色々ありましたし、なんとなくです」
ふわりとした理由。
私は少しだけ考える。
「……やめておく」
「えー」
少しだけ不満そうな顔で頬を膨らませる。
だがすぐに切り替え笑う。
「じゃあ、お茶にしましょう」
「‥いいね」
本当に、何も変わらない。
――ミアの中では。
廊下の角。
足を止める。
声が聞こえる。
小さい。
だが、はっきりと。
「……見た?」
「見たわよ、あの目」
目。
「やっぱり……」
声が落ちる。
聞こえない。
でも。
「不吉よね」
その一言だけ、残った。
「お姉様?」
ミアの声。
私は振り返る。
「どうしたんですか?」
「……何でもない」
足を動かす。
さっきまでと同じ速さで。
同じように。
手が、少しだけ冷たい。
それだけ。
屋敷は静かだ。
何も変わらない。
何も。
――まだ。




