第15話 ジスランちゃんの恋人。
後期の授業は力を入れた。ジスランちゃんと図書室にこもってひたすら勉強した。
二人ともアカデミアの入試に合格して、無事スキップもできて、春から晴れて、アカデミアの学生になる。
予定していなかったことは…退寮。そうよね。どうして気が付かなかったんだろう??私…。アカデミアの寮?もちろん全寮制ではないから、別途お金がかかる。いっそ下宿?
「あらまあ、うちの屋敷に来ればいいのよ。うちから通いなさい。これからはいろいろとお勉強することもあるから。」
こともなげにお母様に言われて、婚約者として(仮だけど)お邪魔することになった。ジスランちゃんはお父様に領地経営を仕込まれるし、私はお母様に社交やらダンスやら…を仕込まれることになった。もちろんジスランちゃんと経営の勉強もする。
アカデミアの勉強もあるので忙しかったが、なかなかに楽しく日々を送った。
お父様の執務用の机の上には、お土産に差し上げた貝殻が飾られていて、うれしくなってしまう。
夏休みは、4人で帰省し、お父様とお母様は貴族用に整えたリゾート地で滞在し、私とジスランちゃんは実家に帰り、家族と過ごした。
もちろん、母とお母様は必ず飲み会を開催している。
一般教養後に、ジスランちゃんは経営学を専攻し、私は幼児教育を専攻した。
たのしい2年間だった。
専門の授業以外は、まあ、ほとんど一緒にいたけど。登校も、お昼も。お休みの日はお父様に連れられて領地を見に行ったりね。
ジスランちゃんはのびのびとしていた。お母様が突っ込んでくることもなくなったし。専攻した学部でも友人ができたみたい。たまに学部のみんなで飲みに出かけたりする。年相応だよね?
・・・相変わらず、女の子に囲まれているけど。
さて、約束の2年間が過ぎたころ、さすがというか、やっぱり、というか…。
ジスランちゃんに恋人ができたらしい。
お相手は第3王女。舞踏会で知り合ったらしいね。
ものすごい美人さんだ。まぶしいほどの金髪。クリクリの青い瞳。透けるような白い肌…。アカデミアで面会室に呼び出されたので、何かしらと思ったら…。
私は社交のお勉強はしたが、かたくなに公の場に出なかったから(仮、だからね)私たちが婚約しているのを知っている人もほとんどいないはず。
「あなたね?クレール侯爵家の侍女なんでしょう?」
「え?…ああ…はい。」
ああ!なるほど。いい言い訳だ。アカデミアに行くにも同じ馬車を使っているからね。お昼も一緒にいるし。なるほどなるほど。侍女って説明してあるんだ。私の格好もいい加減地味だしな。
「ジスラン様に付きまとっているんでしょう?侍女の分際で!」
「・・・・・」
まあ…つきまとわれてはいますが。どこに行くにも、僕も行く。って言うので。
この前はお出かけ先で、トイレまでついてきた。
「・・・私ね、ジスラン様の子供ができましたの。あきらめていただけます?」
「・・・・・」
へえ…。
そうか、そうか。ちゃんとやることやってるんだ。
そういえば高等部でもモテモテだったもんな。いつも口紅つけて帰ってきてたし。日替わりだったし。ここのところそんなことなかったから忘れてたわ。
・・・私とは…本当に何にもなかったもんな。いや、してほしいとか、そういうわけではないけど。
「あきらめるなんて、そんな関係でもございません。お幸せに。」
ソファーに座る王女に、深々と礼をして下がる。
さて。慰謝料貰って、自分がいるべき場所に帰ろう。
やっぱり、当初の予定通り、スペーナ国に留学するかな。
午後の授業を休んで、乗合馬車で屋敷に帰る。
少なかったはずの荷物は、お父様とお母様がいろいろと買いそろえてくださって、すっかり増えた。
誕生日のたびにジスランちゃんが買ってくれた宝石とか。ジスランちゃんの瞳とおんなじ綺麗なブルーの石の入ったネックレスとか、イヤリングとか、指輪とか。気に入ってたんだけどなあ…。
持って帰るわけにもいかないので、もともと持ってきた旅行用の服に着替えて、くたびれた旅行カバンに普段着だけ詰め込む。何冊か本。
お父様とお母様には本当にかわいがってもらったから…後でお礼の手紙を出そう。
「まあ、アリー様?」
いつもの侍女に見つかったが、にっこり笑って、
「お世話になりました。セリアさん。ほんの少しの間だけ…誰にも言わないでね。いままで本当にありがとう。」
そう言って、勝手口に急ぐ。
もう、誰とも顔を合わせたくない。
これは恋ではない。愛でもない。長く一緒にいたから、情?家族みたいな。
・・・だから、去るのがさみしいだけ。
最初から、2年って言ってたもんな。ちゃんとしてるな、ジスランちゃん。お母様の御希望通りの王女様かあ…。さすがだな。
乗合馬車の停車場に着くころには、周りの景色がにじんで見える。
南部に行く馬車は、朝一本だけだし…。
どこにも行く当てはないが…。とりあえず、ここではないどこかに向かおうと思う。
旅行カバンに腰を下ろして、今だけ少し、ほんの少しだけ泣こうと思った。




