新美《にいみ》先生のニックネームは、「無口ならイケメン」です。
ネエネエ先輩は下を向き、頭を左右に揺すってます。ブラジャーしてるはずなのに、胸まで揺れています。
「顔のアバターに課金する人もいますが、私は装備に課金しました」
つまり、自分でイケメンって思ってるんだ。
SNSでも、こーいう人います。顔画像を正々堂々出す人。顔の角度、表情、どこで撮影しても、毎回一緒。自分で、どの角度、どの表情が一番なのか、何度も入念に確認したんだろうなーって思います。
ちなみに、わたしは、目力がポイントです。近所のドラッグストアで、美容部員さんに相談しました。わたしに合ったマスカラを選んでくれました。
使い方を習って、百回は自室で、自撮りの練習しました。
顔の上半分なら、顔画像に自信ありです。フォローしている人限定のSNSでは、プロフィール画像は、顔の上だけです。それでも、ネエネエ先輩には、少し、いえ、かなり及びません。
隣のネエネエ先輩は、動く髪が乱れすぎです。トリートメントの香りが、わたしの鼻腔をくすぐります。わたしを誘惑しているのでしょうか?
審判が照明弾を上空に発射します。ゲーム開始の合図です。スクリーンは新美先生からの視点に切り替わります。
マップは広々としています。北海道の観光パンフレットに、似合うあうような平原です。水平線まで見えるのに、撃ち合い用マップなので納屋などの建物が、景観を残念にしています。
隠れては撃つ。そして移動。またどこかへ隠れる。そして、近寄ってきた相手チームの選手を、バールを背後から無言で振り下ろす。
味方が撃たれているのを見れば、自分は物陰に隠れて逃げる。狙撃銃に装備変更して、敵を遠くから撃って倒す。
どうみても、自分一人が生き残る卑怯な戦い方。本気モードで、正しい撃ち合いのプレイ方法です。ありがとうございました。
「先生、疑うようなこと言って、すみませんでした」
立ち上がったわたしは、新美先生に、頭を下げ続けました。
「気にしないでください。レアアイテムのマシンガンのマスコットを持っているから、この程度は参考にならないかもって思ったんです。入部希望者に、プレイ動画を見せなかったのは、私のミスです」
先生のミスです、出そうになった言葉は、胸の辺りで止まりました。
心配なのは、ネエネエ先輩です。隣の席で青ざめた顔で口を少し開け、前を見ているだけです。二股をかけるように、わたしと新美先生の興味を引こうとしたからでしょう。
あやしい魅力を出しきった状態でしょう。
チャームなエネルギーを使い果たし、気分でも悪いのでしょうか。
声をかけるにしても、新美先生は、ネエネエ先輩の虜の可能性大です。撃ち合い部室は、わたしを含めて三人だけです。
新美先生と、ネエネエ先輩を二人同時に、敵に回したら現実で面倒そうです。
「先生、保健室へ、先輩を連れて行って上げても良いですか?」
ネエネエ先輩がさっと立ち上がりますが、整っていた髪は無残になっています。少し可哀想になります。頬に触れてしまっている後ろ髪は、わたしが手で、背中に流して上げます。
「ありがとう、あとで自分でブラッシングするから心配しないで」
口元だけで笑みを浮かべて、わたしに顔を巡らせます。新美先生に、丁重にお辞儀をするので、わたしも吊られて先生へ、意味もなく頭を下げます。ペコペコするのは、日本の美徳です。
「監督、そろそろバイト時間なので、失礼しても良いですか?」
「もちろん構いません。お疲れさまでした。帰り道はくれぐれも気をつけてください」
良いですか? でなく、失礼しますと断言すべきです。
教師がダメと言ったら、言葉尻を取られ、主導権を奪われます。
「バイト先のコンビニまで、一緒なんです」
誰と? 色目つかった新美先生とかな。担任と新美先生、どちらが職員室内での、発言力が上か、思案に暮れてました。
すると、ねえねえ、とネエネエ先輩、わたしを見ています。午後三時に、女子高生が一人で帰るのは、危ないのは事実です。
いつの間にか、わたしと一緒に帰るのは、規定路線に、されてしまいました。
手慣れです。やっぱり、エンコウとか、してそうな感じがします。わたしの母が、撃ち合いで有名なコーチだから、取り入りたいのでしょうか。
無口ならイケメン先生の友人。植田さんが、今どうしてるのか、結局聞けずじまいです。
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春の風が頬を撫でます。午後三時は、ぽかぽか陽気で気持ち良いです。
肩から下げたスクールバッグから、カチャカチャ耳障りな音がします。外れないよう鎖で繋いだ、マシンガンの、アクセサリーが揺れているからです。
FPSでは、左右から聞こえる僅かな足音や、呼吸音を聞き逃さないよう、注意を払います。
そのせいか、雑踏のなかで、少しの音でも聞き取れます。
アスファルトで舗装された広い道路の歩道を、スポーツシューズで歩を進めます。
隣を歩くネエネエ先輩は、モデルさんのような姿勢の良さです。わたしのお母さんが勤める、習い事教室にでも通っているかもです。eスポーツから、書道、学習塾、スポーツジム、タレント教室、作法などなど。多角経営の会社です。
「先輩、モデルさんみたいですね」
習い事でモデルさん教室通ってましたか、とは聞きません。習い事教室で、eスポーツの先生をしている、母の話の糸口にされるからです。
「えー、そんなことないよ。お世辞言っても何も出ないよ」
女子力高い発言です。今度わたしも使ってみたいです。でも、今日のネエネエ先輩は、不思議ちゃんでした。一つ目は、昼休み、一年のわたしの教室に訪ねて来たことです。
同じクラスのみんなが、楽しくお昼休みを満喫していたのです。
学食行った子は難を逃れました。しかし、気の毒なのは、教室の廊下に面した、扉近くにある、自分の席でお弁当を食べていた子です。その子は、『共トレ』の拳銃のマスコットを持っています。“コンバットオーナー”という名前の拳銃です。
コンバットオーナーの子が、お弁当食べていたら、廊下側に、ぽつんとネエネエ先輩が佇んでいたんです。
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最初は一年の他のクラスの子だと、コンバットオーナーの子は、思っていたようです。しかし、上履きの色で、二年だと分かります。
箸を置いて、慌てて、口の中の食べ物を、飲み込んでいました。ネエネエ先輩に駆け寄ってました。
「ねえねえ本当にゴメン、食事中にゴメン」
先輩は手を体の前で合わせて、謝っていました。わたしは、窓際の席から、散ってしまった中庭の桜を眺めていました。窓に少しカーテンがかかっていて、鏡像として、ぼやけて、ネエネエ先輩が映りこんでました。
わたしと同じ苗字が聞こえましたが、多い苗字なので、気にしてなかったのです。下の名前が聞こえて、振り返りました。すでに、コンバットオーナーの子が、わたしの目の前まで、小走りできたあとでした。
「先輩が呼んでるよ」
「気付かなかった、ありがとう」
わたしも、弁当を中断した子と同じくらいの速さで、扉に向います。歩くと、わざわざ走った、コンバットオーナーの子に、失礼だからです。ネエネエ先輩の顔には、恋わずらいをする乙女のような、陰りがさしていました。
「先輩どうかしたんですか?」
「ねえねえ……、少し場所を変えてお話したいの。良いかな」
コンバットオーナーの子は、聞こえない振りをして、ぎこちなく食事をしていました。気まずいし、迷惑かけて敵を作りたくないので、廊下に出ます。