最終話 メイドは勇者の幸せを破壊したいと幸せそうに笑う。
お待たせしました。
これで終わりです。
…………リーン、ゴーン……と、遠くから鐘の音が聞こえる。
この音は、王都の中にある大聖堂の鐘楼の鐘の音だ。
その音に揺さぶられるようにして俺の意識は段々と覚醒していき、薄っすらと目を開ける。
豪奢な天蓋が見えた……。そして背中に感じるのは柔らかな感触……上質なベッドだ。
こんな素晴らしいベッドなら、あとしばらくは眠れそうだ。
「ぐぅ……ぐが……ぐぐぅ……ぐぅぅ…………ふがっ……」
妙な寝息が洩れる中、人々の目覚めの役割を果たす鐘の音は鳴り止まない。
十数年振りに聞くその音に懐かしさを感じる俺だったが……何故この音が聞こえてくるのか疑問に思い始める。
だって、俺の住む村には鐘楼なんて大層な物は無く、あるのは非常時の鐘ぐらいだ。
じゃあなんで…………あ、ああっ!!
疑問に思った瞬間、頭の中に一気に記憶が駆け巡っていく。
「そ、そうだった! どうなったっ!? あれからどうなったんだ!?」
ガバッと起きると、周囲を見渡す。
そこは城の一室だろうか、その部屋の中にあるベッドで俺は寝ていたようだ。
そうか、邪神が消えるのを見届けて……力を使いきって倒れたんだった。
「ホープは? ライクは? トゥモロは? …………ティアちゃんは? ――ぐっ!!」
倒れる前に見た彼らのことが気になり、名前を呟きながらベッドから出ようとする。
だが、床に立ち上がろうとした瞬間……ガクリと力が抜けてその場で崩れ落ちてしまった。
……どうやら、まだ体力が回復していないようだ。
「何か今、物音が……って、お、起きてるっ!? お、王様っ! 王妃様ぁぁぁ~~~~!!」
音に気づいたであろうメイドが扉を開け、俺と目が合うと驚き即座にその場から走り去って行った。
な、なんだったんだ……? あ、転んだ音が聞こえた。……大丈夫なのか?
ドンガラガッシャンドッピンシャンというあまりにも酷い音が聞こえ、顔を顰めていたが……ベッド下に崩れ落ちているわけにもいかないので、ゆっくりと起き上がりベッドの端に座る。
たったそれだけでもかなり疲れているが……もしかするとこれはティアちゃんが何かをした代償、なのだろうか?
そう思っていると誰かが駆けて来る音が聞こえた。
そして、バンッと力強く扉が開かれ……ホープとライクが中に入ってきた。
「はっ、はぁ……はぁ……はぁっ! ブ、ブレイブさん、目が覚めたんですね……!」
「良かった、ブレイブ……目覚めてくれて、本当に良かった……!」
「ふ、二人とも……、凄く慌ててるな……いったいどうしたんだよ?」
肩で息をする2人に少しだけ引きながら尋ねる。
すると2人はキッと俺を見ると、息を吸い込み……、
「一月も眠り続けていたら心配するに決まってるじゃないですかっ!!」
「死んじゃうんじゃないかって心配してたのよ! 慌てるに決まってるじゃないの!!」
「えっ!? ひ、一月!? 俺、それだけ眠り続けてたのかよ!!」
驚いた。かなり眠りについていたと思っていたけれど、月を跨ぐほど眠りについていたのか……。
なら立ち上がろうとしたときに力が入らなかったのも眠りすぎていたからだって理解出来る。
いや、一月ってことは……、あの後は……。
「……ホープ、ライク。あの後、どうなったんだ? トゥモロは、ティアちゃんは……?」
「「……………………」」
俺がそう尋ねると、2人は苦しそうな表情を浮かべた。
……まさか、何かあったのか? 心がザワザワと不安を抱いていく。
俺は、トゥモロを助けることが出来なかったのか? ティアちゃんはどうなってるんだ?
そんな俺の様子に気づいたのか、ホープが意を決して語り始めた。
「ブレイブさん……、トゥモロは……無事でした。ですが、心のほうが……」
「そう……か」
「で、ですが、ブレイブさんが助けてくれたからトゥモロは生きています! それに、心が壊れたとしても僕たちで癒していけば良いんです!
ライクともちゃんと話し合って、今度こそ家族になれるように頑張っていこうって決めました!」
そう言ったホープからは一生懸命さが伝わり、ライクともトゥモロとも向き合うことを決めた覚悟が感じられた。
ああ、これならきっと上手く行く。そんな風にさえ俺は思えた。
ライクのほうを見ると、少し寂しそうに俺を見ていた……けれど、その視線を振り捨てて微笑んだ。
「今までごめんなさいブレイブ……、わたくしもちゃんと前を見ます。今度こそ」
「ああ、俺なんか忘れて……ってのはちょっと寂しいから言わないけど、ホープは俺よりも素晴らしく素敵な夫だって見ろよ」
「ええ、そうします。それに……未だに恋心を抱いてたらホープにも、彼女にも失礼ですもの」
「え?」
クスッとライクは俺を見て微笑む。というか彼女? ホープは分かるけど、彼女って……誰だ?
首を傾げる俺の様子に気づいたのかライクは呆れたように溜息を吐いた。
「あらまぁ……、ブレイブは気づいていないのですね。……しかも彼女も隠していることでしょうし、苦労しますね」
「な、なんだよそれはっ」
「良いじゃないですか。それがあなたですもの――ふふっ」
「そうですね。それがブレイブさんですから……。それで、邪悪なる破壊神――じゃなかった、ティアさんですけど……」
久しぶりに見るライクの笑顔に懐かしさを感じつつ、ホープを見ると彼も久しぶりに見たのか瞳に涙を滲ませているのが見えた。
そしてすぐに自分のそんな姿を見せたくないと言わんばかりに彼は話を無理矢理切り替えた。
切り替えた……のだが、それは驚くべき言葉だった。
「実は、ブレイブさんと同じように治療を行ってから数日ほど眠りについていたのですけど……ある日突然部屋から居なくなっていました」
「え!?」
「騎士たちにも行方を捜してもらったのですが、見つからなくて……。もしかすると、正体を明かしたからここには居られないと思ったのでしょうか……」
ティアちゃんが居なくなった。そのことに驚く俺だったが、詳細を語るホープも申し分けなさそうに言う。
トゥモロが色々やらなければ邪悪なる破壊神の生まれ変わりだと分かることは無かったのだから……。
……ティアちゃん、きみは本当に姿を消したのか?
そんな風に不安になるけれど……改めて2人へと顔を上げる。
「ホープ、ライク……すまないが、しばらく城に居させてもらえないか?」
「えっ!? 別に構いませんが……いったい……」
俺の言葉に驚きつつも頷くホープに対し、俺は更にお願いをする。
「しばらく眠り続けていたから、体力も筋肉も落ちてしまってるんだ。だから、ある程度動けるようになるまで訓練をさせてもらいたいんだ」
「なるほど……。分かりました、城の騎士や兵士たち、メイドたちに通達しておきます。それと体に力が付き易いようにしておきます」
「助かる。しばらくは世話になるよ」
「いえ、貴方はトゥモロを……いえ、トゥモロだけ出なく、この国も救ったのですからこれくらいの願いは構いません」
そう言ってホープは俺に向けて頭を下げた。
隣ではライクも頭を下げていた。
……ああ、俺は世界を救ったんだな。そう実感するのだった。
●
それからしばらくの間、城で世話になり……眠り続けていたことで失った体力と筋力を戻すために努力を続けた。
お陰で体力筋力ともに元に戻り……いや、少しだけ上がり、俺は旅立つことを決意した。
そして今日、太陽が昇りきる前の薄暗い時間に俺はホープとライクとともに正門近くに立っていた。
「本当に行くのですか?」
「ああ、俺が死んだっていうのは嘘だったってのは国中に知らせられたのは知ってるけど、すぐに村に戻るっていうのもなんだから……ちょっと世界を見てみようと思うんだ」
「一度決めたら変わらないのは、あなたらしいわねブレイブ」
「ありがとうな、二人とも。見送りに来てくれて」
「気にしないでください。本来であれば国を挙げて見送りを行いたいと思うのですが……そう言うのは好きじゃないでしょうし」
「だからせめてわたくしたちだけでも見送らせてちょうだい」
そう言って2人は俺に笑いかける。
つられるようにして俺も笑い、脇に置いていた荷物を背負う。
「それじゃあ、行くな」
「ええ、また会いましょう」
「国に帰ってきたら、顔を見せてちょうだいね?」
「分かった。ちゃんと顔を見せるよ。それじゃあ二人とも、幸せに」
手を振り見送る2人に俺も手を振り返しながら、城を離れ……王都を離れていく。
とりあえず、何処に行こうか……。まあ、気の向くまま行けば良いか。
そんな行き当たりばったりな考えを抱きながら道を歩いていると……道の先に誰かがいるのに気づいた。
いや、誰かじゃ……ないな。
見慣れたメイド服と、その脇には外套とバッグという小旅行に出るのではないかと思えるほどに軽い旅装に身を包んだ彼女。
そんな彼女が、俺を偉そうな顔で見ながら腕を組んで俺を待っており……彼女の前へと近付くと、俺へと話しかけてきた。
「何処に行こうというのだ勇者よ?」
「ああ、旅に出ようと思ってさ……行き先は気の向くままの旅に」
「そうか。ならば手伝いは要るか?」
「そうだな……。偉そうな態度で俺をバカにするように言うけれど、本当は俺のことを見ていて料理も掃除も出来る一流のメイドがいれば旅は楽しくなるだろうな」
目の前の彼女に対して、こう言って欲しいかもと思う言葉を連ねていく。
その度に段々と彼女の顔が赤くなっていくのが分かる。
「~~~~~~っ!!」
「今も本当のことをいわれて顔を真っ赤にしてしまうようなメイドさんが欲しい」
「っ! い、良いだろう、ならば我は貴様の旅に付いて行ってやる! そして、貴様が幸せだと感じた瞬間――貴様の幸せを破壊してやる!!」
顔を真っ赤にして、俺に向けて指を指すメイド……ティアちゃんが宣言する。
その言葉に頷くと……彼女は外套を羽織り、カバンを持つとこちらを見ずに……空いた手を差し出す。
「で、では行こうか、勇者よ」
「ああ、よろしくなティアちゃん」
彼女の頼もしくもある優しい手に振れ、歩き出す。
こうして、俺の新しい日々は始まりを告げた。
先に何が待っているかは分からない。
だけど、ティアちゃんとふたりでなら……いや、ウィッシュも含めて3人でなら、なんだって超えていけるだろう。
そう思いながら俺は先を見続けた。
――END.
『なんか、尊厳な物言いのメイドさんが飲んだくれた主人公の世話させたい。』
そんな考えから浮かんだのがこの作品です。
書いている途中にエロシーン書きたいエロシーン、濡場濡場なんて囁きが届いてノクタで上げたりもしましたが、本当に無事に(?)完結することが出来ました。
これまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
次は次回作、もしくは過去作の続きを頑張ります!
・蛇足:ある行商人がすれ違った親子
ある日、村から村の行商の途中に面白い親子を見たんだよ。
旦那はオレよりも老けたおっさんなんだけど、嫁さんのほうは黒髪の少女だったんだ。でも、メイド服着てるんだから従者か? どうなんだろう。
でもって、2人の間には子供なんだろうけど可愛らしい銀髪の幼女がはしゃいでいたんだけど、父親のことを「ますたぁますたぁ」って舌足らずで読んでてさ、パパとかじゃないのが不思議だったよ。
そんな親子を見ていると嫁さんのほうが「幸せか?」と尋ねていたんだ。
なのに旦那のほうは「幸せじゃないよ。まだまだ幸せじゃない」って言うんだ。
けど、その顔はすっごく幸せそうだってのに、しかも嫁さんのほうも「そうか、残念だ。幸せだったらその幸せを破壊してやるのに」って物騒なこと言ってるんだよ。
それを娘が笑っているんだ。
でも嫁さんも、凄く嬉しそうで見てたオレのほうがこいつら幸せだろう。って思うくらいだった。
そんな不思議な親子だったんだよ。