第18話 勇者は少女に戸惑いを破壊される。
ブクマありがとうございます。
えっと……、これはいったい、どういうことだ?
腕に抱き疲れたときに感じたふにょんと大きくも小さくも無い胸の柔らかさに笑みが零れそうになってしばらくして、俺はこの状況を悩み始めた。
というか、この子はティアちゃん……だよなぁ?
ティアちゃんだと思っていたけれど、良く見ると髪の色がまったく違った。
ティアちゃんが黒色の髪に対して、この子は銀色の髪をしているのだ。
けど、見た目はティアちゃんだ。でも、あどけない顔で眠りについているのを見ると、ティアちゃんじゃないって思ってしまう。
「本当、どういうことだ?」
「ん、んぅ……ん」
俺の呟きが耳に届いたのか、少女の瞼がピクリと動いた。
そして、ゆっくりと起き上がり……目を開くと、俺と向き合った。
あ、瞳も銀色なんだ……。
そう思いながら少女と向き合っていると、少女は瞳を潤ませながら俺に抱きついてきた。
「ぅえ!?」
「ますたぁ! ますたぁ、ますたぁ、ますたぁ!!」
ティアちゃんだと思う少女が力いっぱい体を押し付けながら抱きつき、慎ましくも柔らかい胸の弾力とその先端に感じる2つの硬い感触に俺は驚き、妙な声が口から洩れる。
というか本当にどういうことだ!? 誰か説明してくれ!!
混乱しながら、胸の感触に喜んで良いのか分からず、俺は呆然と固まっていた。
「ますたぁ、すき、いっぱいすき! だいすき、だいすき!」
「え、あ、ええ?! ――って、服を着てくれ服をぉぉ!!」
「ふぇ?」
ふにゅんふにゅんと胸の感触が当たり、嬉しそうに好きと言う少女に顔が赤くなっていくが、なんとか理性を保ち彼女の肩を掴んで引き剥がすと俺は言う。
肩を掴んで引き剥がされた少女はどうして離れたの? とでも言うように首を傾げながら、俺を見る。
……その際、胸が曝け出されていて、一瞬見てしまいそうになったが即座に首を逸らして視線を少女から外した。
のだが、少女にはそれが不服だったらしい。
「むぅ~~……、ますたぁ。あたしみて! てぃあはみてるのに、あたしみないのだめ!」
「い、いや、だから……服、服を着てくれ……頼むから。じゃないと、見れない」
「わかった……。きがえるから、ますたぁ。ちゃんとあたしをみて。ぎゅーってして、むかしみたいに!」
何処か怒っているというか拗ねているような感じの声が少女から出たのだが、昔みたいに?
昔みたいにってなんだ? 驚き戸惑い少女のほうを向いたのだが、カバンに向かって歩いていたようで小振りなお尻が見えてしまった。
あ、しみひとつない綺麗で可愛いお尻……ってなんでそんな感想を抱く俺!?
即座に顔を背けていると、衣擦れの音が聞こえたから下着を穿いているのだろう。
そう思いながら床を見ると、脱ぎ捨てられた服と下着が見えた。……もしかして、彼女が着ていた服? いや、普通に考えてそうだよな?
「ますたぁ、きがえた」
「お、そう――ぶふっ!?」
何処か舌足らずな声で語りかけられ、顔をそっちに向けると……パンツだけを穿いた少女が立っていた。
当然普通に着替えてたと思った俺には不意打ちだったから、盛大に吹いた。そして、バッチリと見えてしまった。
だがこれは不可抗力、不可抗力なんだ。
そして、だいぶ歳が離れている少女に欲情なんてしてはいけない。しないはずだ。……ごくり。
「って、いやいや、そうじゃなくてぇ!! 君、頼むからちゃんと服を着てくれないか?」
「きてるよ?」
「いやいや、そうじゃなくて……って、もしかして着かたを知らないっていうことは、ないよな?」
「しってるよ?」
「……じゃあ、着ような?」
「うん」
首を傾げながら言うちょっと不思議少女に、疲れを感じつつ俺は言う。
すると少女は俺の言うことを聞いてなのか、上の下着も付けてから床に脱ぎ散らかされた服を着た。
彼女の着たワンピースは見たことが無いし、家にも見覚えが無いから誰かが貸した物なのだろうか?
そう思いつつ少女を見ていると、両手を広げた。……何だ?
「きたよ、ますたぁ。だから、ぎゅーってして」
「え、あ……ああ……」
言われるがまま、俺は両手を広げる少女を抱き締めた。……って、どうしてこうなってるんだ?
心から困惑してる俺だが、抱き締められる少女は凄く嬉しそうに目を細めている。
正直混乱し過ぎて何も言えない。……だけど、何でだろうか? この子を抱き締めていると、すごく……安心する。
「ますたぁがぎゅーってしてくれた。ますたぁがぎゅーって……♪」
安心する。この子の笑顔が、俺を見つめる銀色の瞳が……。
力を入れると簡単に折れそうな腰つき、柔らかい体。
だけどまるで、元からあったかのように俺の腕にピッタリと収まる。
……この子をこのままベッドの押し倒したとしても、文句は言わないんじゃないだろうか。
「っ!? な、何を考えてるんだ俺は!!」
「ますたぁ?」
浮かんでしまった感情を振り払うように頭をブンブン振ると、胸の中の少女が俺を見つめた。
と、とりあえず……離れよう。
「あ……」
自分に喝を入れてなんとか少女の体から腕を放すと、少女が寂しそうな声を上げ……つい、腕を戻しそうになったがなんとか堪える。
そして少女を改めて見る。……どう見てもティアちゃん、だよなぁ?
けど銀髪だし、銀目だし、性格も違ってるし……。
しかたない、ここはちゃんと聞くべきだろう。
「えっと、君はティアちゃん……じゃないよね?」
「うん、あたしはうぃっしゅ。ますたぁのものだよ」
も、もの? しかもうぃっしゅ? ウィッシュ、か? 俺が持ってた聖剣と、同じ名前?
その名前に戸惑っていると、ウィッシュと名乗った少女が続けて言う。
「あたしはけんだったんだよ? ますたぁが、ずっとずっとだいじにしてくれたけん」
「え……まさか、本当……に?」
「うん、きえるはずだったのに、にんげんにうまれかわったから、ずっとずっとますたぁにあいたかったの。でも、このまえはてぃあにじゃまされちゃった」
この前……、もしかしてあのとき、か?
そう思いながら、突然キスをしてきたティアちゃんのことを思い出す。
……って、もしかして。
「ウィッシュ、君のその体は……」
「うん、てぃあのものだよ。ティアがちからをつかえばつかうほど、あたしはあたしになっていくの。ぜんぶあたしになったら、ますたぁといっしょにくらすんだ。もうさびしくないよ、もうひとりじゃないよって、あいしてあげるの」
そう言って、ウィッシュは笑った。……ティアちゃんが見せないであろう、純粋な笑みで。
けど、それは……。
「ダメだよ、ウィッシュ。それはダメだ」
「え……? なんで? ますたぁ、なんでだめなの? うぃっしゅ、ますたぁといっしょにいられるだけでいいんだよ?」
自分を受け入れてくれる。そう信じていた笑みだったのだろう。
だから、俺が彼女に言った言葉が信じられないという風に彼女は俺を涙目で見た。
そんな彼女に俺は告げる。
「ウィッシュ、俺はまだ君が本当に聖剣ウィッシュかって分からない。でも、きっと本当なんだと思う。
でも、その体はティアちゃんの物だ。ティアちゃんが歩いた人生があるはずだ。
だから、俺に会いたいから、一緒に居たいからって、奪い取ったらダメだよ」
「やだ。あたしは、ますたぁといっしょにいたい。あたしは、ますたぁをあいしたいの! だって、ますたぁひとりでさみしいもん、ますたぁはひとりじゃないっておしえたいの!」
ウィッシュは、潤んだ瞳からボロボロと涙を零し、叫ぶ。
その姿を見て、俺はこれほどまでに心配をさせていたのだと理解する。
きっと、彼女の中では俺と一緒に過ごせばそれで良いと思っているのだろう。
「それでも、ダメなんだ……」
「あたしじゃないといやなの! てぃあはますたぁにひどいことをいうだけだから、だめなの!」
「そ、れは……」
ウィッシュの言葉に俺は詰まる。
出会って、3日も経っていないのにあんなにも執拗に俺を貶す少女。彼女はいったい何者なんだ?
というか何で初対面から貶し続けていたんだ? 俺は、どこかで彼女に会ったことがあるのか?
あの黒い髪と、金色の瞳……その共通点である存在が頭にチラついたが、それは違うだろうと頭を振る。
そんな考え続ける俺に対して、ウィッシュは懸命に俺への愛を語る。
「あたしはおんなのこなの。だから、ますたぁとえっちできるし、こどもだってできるの! てぃあなんかにはぜったいできないしあわせをますたぁにおくることができるの!!」
……正直、年頃の女の子が言ったらいけないだろうと思う言葉なのだが、その熟しきっていない果実を味わえると思うと自然と喉が鳴る。
そして、幸せそうに笑う俺と、ウィッシュ……その間に出来た子供たち。
そんな未来が頭の中に浮かんだが……、悲しくなった。
「ウィッシュが言う幸せは、きっと幸せなんだろうな……。でも、それじゃあダメなんだ。ティアちゃんにはティアちゃんの意思があるんだ。ウィッシュにもあるように……」
「でも、でも! あたしは、あたしは――――あ」
俺の言葉が突き刺さっているのか、彼女は泣きながら頭を振り、髪を乱す。
だが、その動きが突然止まった。……どうしたんだ?
「く、くく、勇者よ……。それは貴様が決めたことか? 自らの意思で――やだ。でてこないで……! てぃあ、でてこないでよぉ! どうして、どうして!? ねむってるのに、どうしておきてくるの!?
当たり前だ。この体は貴様ではなく、我の物なのだから――ちがう! あたしのなの! あたしのからだなの!! ――いいや、我のだ。魂は人でなくとも、この体は父と母に貰ったものだ」
両の瞳が金と銀で明滅する。
その度にティアちゃんの声と、ウィッシュの声が切り替わる。
そして、銀色だった髪が段々と黒く染まり始め……いや違う、銀色が呑み込まれていくのだ。
その光景に俺は何も言えず、呆然と見ていることしか出来ない。
「やだ! ますたぁ、たすけて! ますたぁ! ますたぁといっしょにいたいのに、なんでじゃまするの!? てぃあはますたぁをいじめるし、ひどいことしかいわない!!」
「ああ、我は勇者が嫌いだ。だから、我を滅した報いとして幸せを破壊するために来た。だが見ろ、この勇者を。
自らの意思で決めることが出来ない、酒に溺れた一人きりのこの勇者を。このような者を破壊しても意味が無い」
自らの意思で決めることが出来ない……。その言葉に、ドキッとした。
けど同時に心のどこかで、ずっと周りに頼まれて自分は行動をしていたのだと理解出来てしまった。
「だったら、あたしにちょうだいよ! てぃあのからだちょうだいよ! ますたぁをいっぱいぎゅーってして、いっしょにいてずっとずっとあいしてあげるの!」
俺とずっと居たい、邪魔をしないでくれ。そう心の底から叫ぶようにウィッシュの慟哭が響く。
その言葉を最後に、彼女の口がしばらく閉じた……が、ゆっくりと開かれ、金色の瞳が俺を見た。
「……勇者が変わらなければ、我は諦めて貴様にこの体を寄越しただろう。だが、奴は無様であったとしても自分で決めて動いた。
そうだろう、勇者よ?」
自分で、決めた……? 俺は、自分で……。
そうだ。俺は、首を締められるティアちゃんを助けるために、周りに言われること無く、自分で動いて……助けた。
その結果、生き残った山賊に力いっぱい殴りつけられたけど、自分で動いたんだ。
自分で決めて、動いた。だからティアちゃんは居る。死んでいない。
自分で何も決めなかった。だから、彼女はここに居ない。離れて行った。
色んな感情を堪えるように、ギュッと拳を握る。
「自分で決めて、動いたのだ。だから、我はこいつが幸せだと思える絶頂まで付き従ってやる」
「ティアちゃん……。俺をそこまで想って……」
何度も聞いていたと思うのに、改めてティアちゃんの言葉を聞いた気がして嬉しく思う。
「そして、その絶頂に辿り着いてから、我は破壊する! その幸せを!!」
「…………え、えーー……」
グッと握り締める拳を見ながら、俺は先ほどの嬉しさを返して欲しいと思った。
けれど、ティアちゃんには俺のその声が面白かったらしく、見慣れた笑みを浮かべ頭を振るった。
振るわれた頭に遅れて、彼女の髪が舞い……銀色の髪が黒一色となった。
「ふんっ、言ってるだろう? 我は貴様の幸せの絶頂を破壊するのだとな。だから、我は貴様と共にいるのだ」
そう言って、ティアちゃんは金色の瞳を俺に向ける。
その瞳を見ながら、俺は尋ねる。
「ティアちゃん……、君は……いったい、なんなんだ?」
「気づいているのではないのか? それとも、我の口から言って欲しいのか?」
気づいている、のかも知れない。
ウィッシュが……俺が奴に突き刺した聖剣が、魂として存在しているのだから。
だけど、彼女の口から、ティアちゃんの口からちゃんと聞きたかった。
「良いだろう。ならば言ってやろうではないか。我が名はティア。産まれて17年の女だ。
そして、その内に秘めた魂は――貴様たちが倒した、邪悪なる破壊神だ」
と言って、彼女は俺に向かって笑みを向けた。
評価していただけると嬉しいです。
・ノクタのほうでエロ展開出来そうな話になったら時折エロIF書くかも知れません。(予定は未定)