第16話 メイドは騒動を破壊する。
ブクマありがとうございます。
我の言葉で緊張が解けたのか、勇者は力尽きるようにして気を失った。
……体力もあまり無かっただろうに、頑張ったものだな。
そう思いつつも、勇者がどうして此処に居るのかを察して微妙な表情を我はする。
「まったく、貴様は我をどんな目で見ているのだ勇者よ?」
女だから弱い。そう思っていたのだろうか?
そんな風に思いつつ、我は殴りつけられて膨れた勇者の顔を撫でる。
……髪も髭も手入れをしていないからボサボサとなっている。
手入れをしてやらないといけないな。
そう思いながら、我は立ち上がると一度木々の間を抜けて忘れ物を取りに行く。
「血抜きをしたかったが、仕方ないだろう」
残念だ。本当に残念だ。血の味が強くなって味が落ちてしまうではないか。
本当に残念だと思いつつ、我は山で狩った猪を括りつけた紐を掴み、その巨体を担ぐと歩き出した。
ちなみにその近くに捨てた肉片は無視して行く。
そして勇者が倒れている場所へと戻ると、勇者も担ぎ歩き出す。……少し重いな。
重さにフラフラしつつも歩き、我は村へと歩いていく。
けれどしばらく歩くと、幾つかの足音が聞こえたので警戒をする。
……が、その警戒は無意味だったようだ。何故なら、近づいて来ていたのは村で見かけた者たちばかりだったのだから。
「さしずめ領主のほうに掛け合ったけど相手にして貰えなかった。だから自分たちで行くしかないと考えたと言ったところだろうか?
だったら、使わない手は無いだろう。ふぅ…………ぐっ!」
多分当たりだろうな。そう思いつつ、我はわざとらしく前へと倒れこむ。
結果、勇者の体と猪の死体もまとめて倒れて少し重みを感じることとなったが、その音で我が居ることに気づいたようだった。
「今、なにか音が……」
「お、おい、あれ見ろ! 人が倒れているぞ!!」
「こいつは、のんだくれ……って傷だらけじゃないか!? あっちは……」
「ティア! 大丈夫なの!? しっかりしなさいよ!!」
村の男衆が顔が膨れた勇者を囲みながら見ている中で、我に近付く者がいた。
わざと見ない振りをしているが、その声は洗い場で出会った長的存在の女だろう。……というかよく同行出来たものだな。
そんな風に思いつつ、体を揺すられ始めたので瞼を動かし始める。
「う……うぅ……」
「ティア、しっかり! 大丈夫なの!?」
「わ、わたくしは、いったい……?」
「よかった……無事みたいね……。大丈夫? 立てる? ……って、何よこれっ!?」
長的存在の女に支えられるようにして立ち上がると、我の血塗れの様子を見て彼女は素っ頓狂な声を上げた。
その声に他の村の者も近づくと、誰もが言葉を失ったようだった。
そんな中でひと際早く正気に戻ったのは、村の入口を護っていた男だった。多分自警団の一人だったりするのだろう。
「な、なあ。聞くべきじゃないっていうのは分かる。分かるんだけど、何があったか……答えてくれないか?」
「ちょっと! この様子を見てティアに何があったのか分かってないわけ!?」
自警団の男だと思われる人物に対し、長的立場の女が怒鳴り声を上げる。
……村長夫人も居ることだから、この長的立場の女の名前を覚えておくべきだな。間違えそうだ。
そう思いつつ彼女たちを見ていると、気迫に押されたのか男は一歩下がる。
けれどそんな彼らに対し、我は怯えるような感じに口を開いた。
「さ、山賊……」
「「え?」」
「山賊に、襲われました……。山のほうで木の実や山菜を採っていると、山賊に見つかって……」
「っ!! ま、まさか……ティア!?」
長的立場の女は両手で口元を押さえて、目を見開いている。
どうやら、凌辱されたと思ってるのだろうか。仕方ない、勇者を立ててやろう。
「しばらく逃げて、もう駄目だ……と思ったら、ブレイブ様が助けに来てくださいました……!」
「え、嘘? こののんだくれが? ……本当なの?」
「はい……。ですが、力及ばず。わたくしもブレイブ様ももう駄目だと思った瞬間、旅の剣士様が突然現れて……」
言い辛そうに我は口を閉じる。
その様子で山賊たちの末路を察したのか彼らは皆口を閉じた。
「旅の剣士っていうと、どんな姿だったのか分からないか? 特徴だけでも良いから」
「特徴、ですか? えっと……確か、黒くて無骨な全身鎧で、牛の角のような飾りがある兜を被っていました」
「黒くて、無骨な全身鎧? 牛の角のような……うぅん、分からん」
自警団の男は特徴を聞いて見覚えがないかを考えたようだが、覚えが無いらしい。
当たり前だ。そんな人物は実在はしないのだからな。……まあ、傭兵団『タウラス』のほうにはそんな格好をしたアルデバランとかいう名前の剣士が居るのだが。
だから、傭兵団のほうに話が行ったとしても流浪の剣士アルデバランが人助けをしたということになる。
本当、正体はいったい誰だろうなあ?(棒読み)
「それで、服を汚してしまったお詫びだといって、そこの猪をくれてこの近くまで護衛をしてくれたのですが……皆様の足音が聞こえたから大丈夫だろうと、立ち去って行きました」
「そ、そうなんだ……」
そう言いながら彼らは猪を見る。この大きさを我のような少女が持ち上げるのは無理だろうと判断しただろう。
彼らは勇者を抱える者、猪を持ち運ぶ者とに分かれて村へと戻り始める。ちなみに我は長的存在の女と共に歩く。
そして、村へと戻ると空はだいぶ夕暮れとなっていて、段々と夜に近付こうとしていた。
そんな中、村に戻った我は突進してくる村長夫人に抱き締められた。
「ティアちゃん! 無事だったかい!? ああ、可愛らしい顔が真っ赤になっちまって!! すぐにお風呂に入って体を綺麗にしなさい! それと、あとでお説教だからね!!」
「は、はい……。その、ごめんなさい」
我はそう言う。……悪いことをした。と普通に思っているぞ? 本当だぞ。なにせここまで大事になるだなんて思ってもいなかったのだからな。
そう思いつつ我は村長夫人に村長宅へと案内された。
今朝来たときには風呂は無かったように思ったのだが、どうやら村長宅の庭内に離れとして造られているようだった。
「さ、ちゃんと体を綺麗にしてきなさい! 着替えのほうはあたしが用意しておいたげるからさ!」
「分かりました。それでは失礼します」
今朝と同じような感じに離れに押し込まれるようにして入ると、そこは脱衣所と浴槽がひとつある浴室という簡素ながらも手間がかけられた風呂だった。
脱衣所でメイド服を脱いで行くと、パリパリとこびり付いて乾いた血が床へと落ちて行く。
洗濯が大変そうだな……。仕方ない、体を清めて家に戻ってから考えるか。
そう思いつつメイド服、下着と順に脱いでいくのだが……どれもが血塗れであることが分かる。
特にエプロンと下着は白に近い物だからか乾いた血独特の色に染まってしまっていた。
なんというか斬新な染物だ。などと思ってみるのだが、馬鹿なことを考えるなと記憶の中の師匠が怒鳴りつけてきた気がした。
「……とにかく流させてもらおうか」
呟き、我は浴槽へと近づくと……村長たちが戻ってきたときのことを考えてか、それとも自分たちが入るためなのかは分からないが張られた湯からは湯気が出ていた。
近くに置かれていた桶を掴み、そこから湯を掬うと頭から被った。
温かいお湯を体に感じつつ、手のひらで髪を梳くと固まっていた血が溶けて行くのか強張っていた髪が柔らかくなっていくのを感じた。
「石鹸があれば良いのだが、生憎と今あるのは衣服用だけだ。体用はカバンの中だからな……」
少しばかり残念な気分を味わいつつ、我はもう一度湯を被ってからゆっくりと体を浴槽に沈めた。
ゆっくりと沈んでいく体に、時折背中にチクチクとした痛みを感じるのは……勇者に答えを求めるためにわざと首を絞められたときに地面に打った痛みだろう。
そう考えつつ、首まで湯に浸かるのだが我の背の低さと浴槽の大きさも相まって、足を出さなくても大丈夫だった。
ゆったりと体を温めつつ、同時にモヤモヤとした感情が芽生え始めるのを感じ、我はそれを口に出す。
「しかし、勇者のやつは決断力というものが無いのか?」
結局勇者は答えを出さなかった。いや、出せなかった。
情けない……、勇者なのだろう? 貴様は勇者なのだろう?
だから数々の困難を乗り越えて、最終的に我の元へと辿り着き、我を倒すことが出来たのだろう?
「奴が目覚めたら、聞くことにしよう。……だが、あれは無様だったが良かったぞ――ふふっ」
悩みに悩んだ結果出した我を助けるという行動。それを思い出し、我は笑みを浮かべる。
正直、ああ言うのを見たかったのだぞ我は。我のために動いた勇者に嬉しく思い、胸の奥が暖かくなるのを感じたが、すぐに頭を振るう。
何故なら我は勇者の生活を破壊しにきたのだからな……。
「だから、このように嬉しいなどと思ってはダメだろう! しっかりしろ我!!」
そう自分を叱咤していると、脱衣所の戸が叩かれた。
聞かれていたのではないか? そう一瞬身構えたが、猫被りで返事をする。
「は、はい?」
「着替え持ってきたから、これを着てちょうだい! これを返すのは今度で良いからね!」
「あ、ありがとうございます」
「良いよ良いよ、気にしないで! それじゃあ、ゆっくり温まってちょうだい!!」
そう言って、村長夫人は脱衣所から出て行った。
……とりあえず、温まらせて貰おう。
そう思いつつ、我は体を温め、出来る限り体に付着した血を洗い流した。
だがやはり石鹸が無いのは厳しいな。……ならば近い内に村の女たちに師匠特製の石鹸の創りかたを教えようではないか。
決意を固めると我は浴槽から上がり、用意して貰った手拭いで濡れた体を拭うと置かれた服を着た。
下着のほうは質素かつ横紐で結ぶ物だから、道具屋に売られてる物だろう。
「上がりました。お風呂、ありがとうございます」
「ちゃんと温まったかい? 服も大きさが合ったみたいで良かったよ!」
村長宅に顔を出し、頭を下げると村長夫人が我の着ている服を見て嬉しそうに笑った。
多分、村長夫人の若いころに着ていた物なのかも知れないな。
そう思いながらふと勇者のことを思い出したので聞いてみることにした。
「あの、ブレイブ様は……?」
「心配してるんだねえ、本当あんた良い子だねえ! とりあえず回復魔法を使えるやつなんて居ないから、傷薬を塗って包帯巻いて家のベッドに寝かしてるわ」
「なるほど……。ブレイブ様に代わってお礼を言わせていただきます。本当にありがとうございます」
ベッドに眠っているであろう勇者を考えつつ、我は村長夫人へと頭を下げる。
まあ後日、治療の礼を言わせるべきだろうがな。
「良いよ良いよ、礼なんてさ! っと、腹空いてないかい? あたしらはこれから食事なんだけど」
「いえ、ブレイブ様が心配なので家のほうに戻らせていただきます」
「そうかい、分かったよ。じゃあ説教もまとめて明日してあげるからね!」
我の言葉が嬉しかったのか笑顔の村長夫人に見送られながら、我は家へと向かう。
家の前ではあまり騒いだりしないようにと言われているのか、それとも興味が無いのか分からないが村人は居なかった。
普通に考えてそうだろう。山賊を倒したわけでも、我を助けたわけでもない。
我を助けに行って、山賊に袋叩きにされたようなものだからな。
そう思いながら家の中へと入ると、室内には傷薬に使われる葉の香りが充満していた。
「……懐かしいにおいだな」
訓練時代に何度も嗅いだにおいだと思いつつ、ベッドに向かうと……顔と上半身裸の体に包帯を巻かれた勇者が眠っていた。
寝息も立たず、意識が完全に途切れているのが見て分かる程に眠っている。
このまま眠っている姿を見ておくか。
そう思いながら、我は椅子に向かおうとする。
だが……。
『ます、たぁ……』
「む? これ、は……」
頭に、声が響く。
違う……これは、頭ではなく、たましい……だ。
破壊の力を使ったときに度々我を眠らせ、姿を現していた魂。
我の中に眠る、もうひとつの……存在。
『ますたぁ……、いま、たすける……』
「っ!? 待て、何をするつもりだ? や、やめ……うぐっ!」
もうひとつの存在は我の意思に反し、手をゆっくりと動かし……勇者へと向ける。
そして、我というもうひとつの根源に繋がる――いや、行使すると口を開いた。
『あたしは、ますたぁのきずを、はかい、する』
パキン、と魂に激痛が走り、破壊の力が行使された瞬間……我の魂は並び立つもうひとつの魂に覆われた。
魂が覆われ……我という存在が眠りに落とされる中で、我は早く戻れることを切に願うのだった。
次回は、もうひとつの存在の語りになると思います。