表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天駆ける風夢  作者: 襟端俊一
第四章 昼下がりの身体測定ブレイク
23/35

 その日の夜、七時頃。

 秤は丁度夕飯時を狙って引きこもっている華に声を掛けてみたが、一向に反応が無い。

 仕方なく黒テントに手を掛けようとした瞬間、華が顔を出した。


「勝手に開けないで」

「ごめん。でも声掛けたのに反応が無かったからさ」

「反応したくなかったから」

「えー……」


 ようは放っておいてくれということだろうが、それではこの強烈なプレッシャーの中で一緒に生活していく意味が無い。

 パートナーとして、最低限の交流はあってしかるべきだ。


「レースのこともあるし、もう少しその、楓と焔みたいにさ。何というか、コンビネーション的な」


 遠回しに伝えようとするが、当の本人は足早に洗面所の方に行ってしまった。


「ゆ、憂鬱だ。一週間しかないってのに……。うぁ!?」

「来て」


 有無を言わさず洗面所に連れてこられ、目の前に体重計を置かれる。

 ここまで来れば秤にも分かる。

 焔が楓にやっているような体重調整のために、秤の身体情報が必要なのだろう。


「脱いで」

「は、はい!」


 二人っきりで服を脱ぐというシチュエーションに、不覚にも邪な感情を抱いてしまった秤だったが、華の冷め切った態度を見てどうにか落ち着くことができた。

 下半身に異常がないことを確かめて、慎重に服を脱いでいく。

 その間、華の視線は何故かずっと秤の背中に集中していて、恥ずかしいなんてレベルではなかった。

 そこまで筋肉の付いた体ではないし、見られる喜びも持ち合わせていない。

 早く終わらせてしまおうと思い、ボクサーパンツ一丁になった秤は急いで体重計に乗った。


「58・57843㎏……」


 前と比べてどうだったかと考えるも、前の体重を完全に忘れていたので比べようがない。

 せめてこれくらいは覚えられるようにするべきだろうか。


「理想体重は」

「ああ……」

 脱いだ制服のポケットを漁る。


(……しまった。焔に渡したっきりだ)

「どうしたの」

「う、うぅ」


 秤は大いに狼狽える。

 プリントを焔に渡したと説明すれば、自然と何故渡したのかと聞かれるだろう。

 そして今日のレースに勝つために焔に体重調整を協力して貰ったと答えれば、何故女子寮の楓達の部屋に居たのかという話になってしまう。

 適当なことを言えばどうにでもなるが、パートナーになってくれた華に嘘は吐きたくない。

 かといって、楓達の部屋に一晩泊まった事実を知られるのも怖い。

 結果、秤が選んだ選択肢は――


「ちょっと探してくる!」


 洗面所を飛び出して玄関へ。

 楓達の部屋はすぐそこなのだから、プリントだけ返して貰えば済む。

 それしか頭に無かったのが運の尽きだった。

 外に出たところで偶然楓の姿を確認した秤は勢いよく駆け寄って、


「楓、丁度良いところに! 実は昨日の」

「服を着ろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――!!」

「うぎぃっ!!」


 華麗なローリングソバットをみぞおちに食らい、そのまま蹴り飛ばされる形で秤は帰宅した。

 結局。

 程なくして訪ねてきた楓と焔の二人によって、昨晩のことは全て華の知るところとなってしまった。

 当然、慌てて秤が飛び出していった理由もだ。


「そういうことだったんですね。楓ちゃんが涙ながらに『やっぱり露出狂だった』って泣き付いてきたときは何事かと思いましたよぉ」

「な、泣いてなんか!」

「もう少し早く忘れ物に気付いていれば秤さんも助かったのに……すみません」

「……」

「は、はは」


 針のむしろに座らせられたような居心地の悪さだった。

 現在四人は、せっかくだからという焔の一言がきっかけで鍋を囲んでいる。

 一家団欒といった雰囲気は華には酷だと思い、秤は丁重に断ろうとしたのだが、意外にも華は乗り気で、「分かった」とだけ言って真っ先にテーブルの席に座っていた。

 鍋が好きなのか、はたまた夕飯を作る手間が省けるのが嬉しかったのか。

 華についてはまだまだ分からないことだらけだ。


「ところで……その、二人は良いのか? 鍋って体重調整が難しそうだけど」

「あと三日は、楓ちゃんの体重調整なんてしませんよ?」

「え?」


 焔の発言に耳を疑った。

 週一のレースすら欠かさずに出場する楓が、そんな中途半端なことを許すはずがない。

 そのことを誰よりも知っているのは他ならぬ焔自身だ。


「その後の月一レースまではキチンとしますけどね」

「月一レースのコンディションを整えるよりも重要なことがあるのか?」

「秤さんは知りませんか? 四日後の昼は月一の身体測定があるんです」

「ああ、そういえば活生が言ってたっけ。でもたかが身体測定で日々の体重調整を」


 そこまで言って、秤は咄嗟に自分の口を押さえた。

 少し遅れて活生の忠告を思い出したからだ。


『いいか。絶っっっっっっ対に! 女子の前でその台詞は吐くなよ!?』


「……」

 皆が箸を止めて硬直している。

 グツグツと煮えたぎる鍋の音が、まるで女子一同の怒りを表しているかのようだった。

 秤は地雷を踏んでしまったのだ。


「秤君」

「秤さん」

「秤先輩」


 三人からほぼ同時に名前を呼ばれ、ビクッと体を強張らせる秤。

 とてもじゃないが、怖くて目を合わせるなんてできなかった。


「「「正座」」」

「はい……」


 彼女達の説教はガスコンロのガスが無くなるまで続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ