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天駆ける風夢  作者: 襟端俊一
第四章 昼下がりの身体測定ブレイク
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 女子寮ペア棟。

 パートナーのいる生徒しか入居を許されないせいか、通常の寮よりも内装が豪華で広々としているが、ここに住む生徒は必ず二人一緒なので感覚的にはあまり変わらない。

 部屋は全てワンルームとなっており、開放的すぎてむしろ窮屈に感じることすらある。

 絆を深めるためとはいえ、こと男女の場合は逆効果になりそうだ。


(楓達の部屋の向かいとはね。あの校長、わざとじゃないだろうな)


 ペア棟と聞いて楓達の部屋がそうだとは予想していたものの、まさかこんな近くで生活することになるとは。

 しかもここはペア棟である前に女子寮の敷地内でもある。

 落ち着けるはずがない。


(まずは楓と焔の所みたいに部屋を仕切る物が必要だな)


 ちなみに華は、元々住んでいた女子寮の部屋に荷物を取りに行っている。

 手伝いをかってでようとしたところを、「迷惑」と一言断じられて一人取り残されていた訳だが、今になってようやくその理由が分かった。

 秤の入寮はまだ他の生徒に知られていない。

 男が女子寮内を闊歩していたらちょっとした騒ぎになっていた。


「ん……写真?」


 ふと秤がベッドに目を向けると、一枚の写真が裏返しになって置かれていた。

 そこに写っていたのは今よりも若干幼い浮世華と、彼女に無理矢理寄り添っているロングヘアーの小さな女の子。

 二人共、筒のような物を手にしている。

 秤にも見覚えがあるが、これは恐らく卒業証書だ。

 となるとこの写真はアアル学院初等部の卒業式直後に撮ったものだろうか。


(ちょっと……いや、かなり校長に似てるなこの子。もしかしなくても、これが校長の娘さんか? 元々この部屋はその子のために用意してたって言ってたし)


 写真に写っている華は物凄く迷惑そうにしているが、それでもツーショット写真を許していることに驚きだ。

 きっと秤が頼んでも冷たくあしらわれてしまう。


「ん……帰ってきたかな」


 何やら玄関の方から物音が聞こえてくる。

 同棲なんてことになってしまった手前、どう接すれば良いのか分からなくなってしまったが、華の胸中はきっと秤以上に複雑なはずだ。

 秤は心配かけまいと目一杯の笑顔で出迎えようとした。


「おかえ――」


 ところが、玄関は仁王立ちする本棚によって封鎖されていた。

 外から華が押しているのか、本棚はガタガタと不自然な動きを見せている。こちらに押し込もうとしているのだろうが、少し傾くだけで全く動く気配がない。


(ここまでは風夢に乗せて来たのかな? 何にせよ、このまま放って置いたら終わらないぞ)


 とりあえず本棚の向きを回転扉のように変え、塞がれていた玄関を開放する。


「……」


 恨めしそうにこちらを見る華と目が合う。

 秤はすぐに目を逸らして、黙々と本棚を部屋に引きずっていく。

 下手に「手伝う」などと言っても逆効果だと分かっていたので、勝手にやらせて貰うことにしたのだ。

 玄関の外には、第二第三の家具が行列のできるラーメン屋の如く並んでいる。

 図らずも、これで部屋を分ける仕切りに充分な家具が揃った。

 早速華が持ってきた大量の家具類を部屋に運び込み、さりげなく華の意向を聞きながらあらゆる場所に置いていく。


 秤が完成した部屋を改めて見渡すと、何故か自分のスペースが異様に広いことに気付いた。

 華のスペースは部屋の隅。

 ウォーターベッドの周囲を本棚やタンスでできるだけ狭く固め、天井から垂らされた黒い布が全体をテントのように覆っている。入り口も塞がっていおり、当然外からは中の様子が全く見えない。

 ワンルームの中に無理矢理個室を作ったような感じだ。


(まあ、男と二人っきりだなんて不安だよな。俺もその辺は気を遣わないと)


 できるだけ華のスペースには干渉しないよう心に決める。

 だがせめて食事くらいは一緒にと思い、こっそりテーブルを真ん中よりに動かしてみる。

 華が顔を出したのはそのときだった。


「え、えっと……食事くらいはと思って。駄目かな」

「座って」

「え?」


 華はテーブルと一緒に動かした椅子に座り、秤にも座るよう促してくる。

 断る理由もないので素直に従う。


「レース。どうするの」

「どうするのって言われても。何とかするしかないよ」

「違う」

「?」


 要領を得ない華の問いに、ひたすら疑問符を浮かべる秤。

 その反応が癇に障ったのか、華は少しだけ語気を強めてこう言った。



「帰れる、のに」



「……!」


 それは秤が完全に失念していた選択だった。

 退学になれば秤はアアル学院に通うことができなくなり、同時にアアル島にとどまる理由も無くなる。

 つまり本島に帰れるということだ。

 秤が通っていた学校に復学するのは難しいかもしれないが、これは元居た場所に帰るまたとないチャンスである。


「一人ぼっちで心細い。そう言ってた」


 華が言ったのは、彼女をパートナーにしたい理由として挙げた秤の台詞。

 帰ればそこには知り合いがいる。

 少なくとも、一人ぼっちで心細いなんてことはない。

 華はそう言いたいのだろう。


「どうするの」


 尋問されているような気分だが、秤に迷いはなかった。

 帰るという選択肢自体思いつかなかったこと。

 それが答えだ。


「最後に言っただろ? 楽しいって。今更退学なんて素直に受け入れられないよ。可愛いパートナーもできたことだし」

「そう」

 勇気を出してみたものの、付け焼き刃の話術では華には通用しなかった。


「俺からも聞いて良い?」

 立ち上がろうとした華を呼び止める。


「何」

「どうしてパートナーになってくれたんだ? レースの結果以前に俺の成績はマイナスになったのに」

「勝ってたから」

「勝ってた?」

「フライングしていなければ秤先輩の勝ちだった。疾風先輩よりも速かった」


 視線を逸らしつつも華をそう言ってくれた。

 本当はそんな理由など関係ないはずなのに、わざわざ秤の実力を認めてくれたことが嬉しかった。

 この喜びは他の誰でもない華だからこそだ。


 それにも増して嬉しかったことが二つある。

 初めてまともに会話できたことと、初めて名前を呼んで貰えたこと。

 飛び級であるが故か同級生なのに先輩と付いているが、それがまた良い。


(これを追及したら二度と呼んで貰えないだろうから黙ってるけど。……ああ、でも嬉しくてニヤニヤが止まらない!)

「変な顔」

「……、」


 ショックでその場に崩れ落ちる秤を置いて、華はハイハイで黒テントに戻っていった。


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