Parallel 君とホタルと天の川と ver直也
男子組二人目はなお君です。
前提としては貧血で倒れたちいを保護してから彼の中では揺れています。
「ちい、今日は何の日か知ってるか?」
「今日ですか?テストが戻って来る日ですよ」
朝の電車の中、連休前に貧血で倒れて以来、私達が乗る電車は更に1本早くなった。
今は6時の最後の電車に乗っている。
昨日まで期末テストだった義人君は今日は学校が休みだからいない。
なお君と二人きりで学校に行くのは、入学式以来になる。
「お前の答えは間違っていない。けど他にもあるぞ?」
なお君は、ほらっ考えろって顔をしている。他には…
「6時間目のホームルームが野球部の壮行会になるんでしたよね。昼休みに打ち合わせですよ」
文化祭が終わった後、会長が役員を決めるという生徒会のルールによって、私は会計になり、隣のクラスの真奈ちゃんは会計監査になった。
会計監査は非常勤扱いなんだそうで、真奈ちゃんは図書委員と兼任している。
「そういえば、そんな事もあったような。俺が進行役だっけか」
なお君は頭をボリボリと掻いていた。
とも君もそうだけども、なお君も照れると頭を掻き毟る癖がある。
兄弟そろって同じだから、可笑しくて私はクスクスと笑った。
「ちい、なんだよ。笑ってよ」
「照れるとする癖が兄弟同じなんだもの」
なお君は更に照れてしまったみたいだ。
「なお君、今日何があるの?分かんないって」
「全く。今日は何月何日だ?」
「えっと…7月7日…。七夕だ」
「そうだ。夜遅くなってもいいか?」
「ご飯は元から用意されてませんけど?途中で食べて戻ればいいです」
私は努めて明るく答えた。おば達は私が高校に入ってから私の食事を用意することを放棄した。
朝も家を出る時間も早いし、綾乃が選手コースに移動したことで私より帰宅が遅くなったことで
顔をあわせることもなくなったからだ。
綾乃の通うクラブは私が通ったクラブではない。今は自宅から近くにもスイミングが出来た。
いい世の中になったものだ。
「そうか。悪かったな」
「いいえ。おば達にはなんの感情もありませんよ」
「お前は今の生活に不満はないのか?」
「ないと思いますか?ありますよ。でも言ってもどうにもならないことを分かっていますから。それに卒業する年までしか農地が使えないんですって。区画整理事業で。なので、高校を卒業する時に私も…家を出ようと思います。おば達は一応…保護者になっているんで。書類上は」
「不満はたまには口に出せ。お腹にため込むなよ」
「大丈夫です。今の学校は快適…ですよ」
私はなお君が不安に思わない回答をしようとしたのに、言葉を濁してしまった。
「理絵の事か?お前は隠しているつもりだろうけど、分かってる」
文化祭の後、少しだけクラスの中がぎくしゃくしている。
やっぱり操っていたのは理絵の様だ。
ただ、やり方が中学の時と同じじゃないだけに厄介だ。
「やっぱり。まぁ、2月の約束を4カ月守っただけでも偉かったのかな。なお君はもう知ってるんでしょう?私に何が起こったのかも」
「あぁ、知ってる。辛かったな」
なお君は私の頭をポンポンと撫でた。昔からこの人は私を慰めるときにそうする。
「中学の時の事はもういいの。問題は今よ。私、好きな人なんていないのに、実行委員会内でとっかえひっかえしたなんて…アホすぎる。それよりも噂相手にされた人に対して申し訳なくて」
「お前らしい心配だな。勝手に調べさせてもらった。噂に上った相手は、お前に対して好感は持ってたようだ。だから、反論ができないんだよ」
「そうなんだ。私…どうしたらいいと思う?」
「ほっておけ。今回のものはもうすぐ終息する。これからも理絵は仕掛けてくるな。気をつけろよ」
「うん、ありがとう。なお君」
結局、私は一人では何もできない情けない子になってしまっている気がして悔しかった。
「それよりも帰りが遅くなるって何のこと?」
「あぁ、夜に天体観測を生徒会でするんだよ。屋上でな」
「へぇ。楽しそう。先生もいるんだよね」
「まぁな。そりゃ」
なお君は、どうだ?楽しそうだろ?って顔をしている。
まぁ、天体観測は楽しいよね。
今まではひで君とゆう君と天体観測をしただけなので新しいメンバーで見る星も楽しみだった。
「楽しみだね。わくわくするなぁ。家から星座早見盤持ってくれば良かった」
「お前変わったものを持ってるんだなぁ」
「偶々ですよ。偶々」
私は詳しくは答える気はなかった。なお君でもそこまで答える必要はなかった。
いつもよりも少しだけ慌ただしく時間は過ぎていって気が付いたら午後6時を過ぎていた。
「ちい、今の作業はすぐに終わりそうか?」
「とりあえず、応援の日程調整は3回戦までは終わりましたよ」
「大丈夫よ。そこまで勝てる学校じゃないんだから」
千世さんは笑いながら答えてくれる。会長がそんな事言っていていいのかな?
「だから、私達は1回戦は応援に行くの。授業に出ないでね」
「そうなんですか。現地集合ですか?」
「そうね、バスに乗れるのは、応援団と吹奏楽部までだから。交通費は学校から貰えるから
ちいちゃんが後で清算書を書いて藤原先生提出してね」
「はーい、分かりました」
「皆、そろそろ屋上に行こうか?運が良ければ宵の明星がみれるかもよ」
千世さんはそう言って、今日の作業の終わりと告げた。
「やっぱり、夕方は涼しいね」
「ここは市街地よりは高台な分涼しいんだけどね」
「凄いねぇ。対岸の工業地帯も良く見えるよ」
君塚の対岸は神奈川県だ。多分川崎市の工業地帯だろう。
「ちいちゃんは初めての屋上だものね。たまにねこうやって天体観測するの」
「ほらっ、宵の明星だよ。ちいちゃん、見たことある?」
「初めてです。本当に見えるんですね。寮にいたら明けの明星も見れたのかなぁ?」
「さあ、どうだろう。寮にいる奴等とは親しくないからなぁ」
私達は思い思いの場所に座って星空を眺める。
なお君は、千世さんの隣で星空を眺めていた。
いつもそうだけども仲がいい二人だなぁと思ってぼんやりとその姿を見ていた。
「ちいちゃん、星に詳しいんだって?」
「あっ、真奈ちゃん。図書室にいたの?」
「違うよ。英語部だよ。ちいちゃんも部活やろうよ」
「そうだね。高校で写真やろうと思ったんだけども、結局入部しなかったの」
「どうして?」
「誰かさんがいたから。部活で一緒は嫌だもの。見学だけは被っただけ」
「そうなんだ。うちの部も皆仲良しだから気を使わなくっていいよ」
「分かった。2学期からってことでいい?」
「それでもいいけど、水曜日にLL教室に来てよ。皆には話しておくから」
真奈ちゃんは私に微笑んでくれた。
そういうささやかな気遣いが私には嬉しい。
その後、私は真奈ちゃんを相手に星座の話をしたりしたのだった。
「楽しかったか?天体観測」
「楽しかったですよ。そういえば、私英語部に誘われました」
「いいんじゃないか?今の部長は千世だからな」
そうなんだ。私、ちっとも知らなかった。
「真奈が星に詳しいって感心していたぞ」
そうかな?夏の大三角形とさそり座と射手座を見つけた程度なんだけど。
「星座早見盤がないから簡単な物しか探していないですよ」
「それでも立派な特技だぞ。自信を持てよ」
「分かった。なお君達はいつも仲良しさんだよね」
私はなお君に見たまんまの感想を言う。
「そうか?ありがとな」
いつもなら当たり前だろうって言うと思っていたのに予想外の答えが来た。
何かあったんだろうか?私が何かやってしまったんだろうか?
「俺たちだって、いつも仲がいい訳じゃないさ。お前が心配することじゃない」
「分かった。なお君」
ちょっとここで止まろうか。
なお君に促されて、私は自転車を止めた。建設が出来上がった新しい橋。
車は通れないけど、自転車や歩行者は通れるようになっている。
「俺にも、星の解説をしてくれよ」
「えぇ、どうして?分かるでしょう」
私は納得がいかないからなお君に聞いてみた。
「俺…天の川しか分からないんだよ。残念ながら」
見栄を張ったりするのが嫌いななお君だから嘘は着いていないだろう。
「あんまり遅いと明日が困るので、簡単な所だけですよ」
「すまない。頼むな」
私は空を見上げた。学校の屋上で見るよりは少ない星。
地元の方が明るいという事を証明していた。
「まずは天の川は分かります?」
「あぁ、分かるぞ。」
「じゃあ、この方角に見える明るい星、こと座のベガ」
「それはおり姫だよな。向かい側にあるのが彦星だろ?」
「分かってるじゃないですが。わし座のアルタイルですね。そこから上の方向にまた輝く星があるでしょう?あれがはくちょう座のデネブ。これで夏の大三角形です。神話ではわし座もはくちょう座もゼウスが形を変えたことがあると言われてますよ。今日はこれで勘弁して下さい」
私はなお君に申し訳ないなぁと思った。星座早見盤があれば、神話をまとめた手帳があれば、もっと教えてあげられたのに。
「いたい」
私は不意打ちでなお君にデコピンを食らった。なんで?
「今度、俺と二人で天体観測しようぜ。その時にゆっくりと教えてくれよ?場所はお前の家の前の川の土手でもいいよな?そういえば、前に智と天体観測してたよな?」
「ええと。多分。春の星座の時ですね。あれからはしてないですよ」
「あの後暫く、俺相手に星の解説してたんだぜ。あいつ」
私はその光景を思い浮かべてみた。ちょっと面白いかもしれない。
「とも君にやり返すつもりですか?兄弟そろって…もう全く」
私は呆れてなお君を見たが、なお君はまんざらでもなさそうだった。
「分かりました。夏休みに入ってからにしましょうか?」
「いいんだな。楽しみだな」
まだ先の事なのに、なお君はとても楽しそうだった。
星を見ることは楽しいのだが、いつまでも見つめている訳にはいかない。
「なお君…そろそろ帰ろう?」
「あぁ、そうだな。もうすぐ9時半か。悪いな。遅くなって」
「別にいいですよ。明日の朝、シャワー浴びるんで、今夜はこのまま寝ます」
「そういえば、テストの結果はどうだ?」
「取ってつけたように聞くのは止めて下さい。それなりですよ」
「お前がちゃんと勉強しているのは知ってるけどな」
なお君は私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
私はぐちゃぐちゃになった頭を手櫛で直す。
「もう、なお君」
「悪い、悪い。帰るぞ。暗いからほら、手を出せ」
なお君が手を差し出す。少し恥ずかしいけれども私はその手を取った。
「さあ、もうすぐ夏休みだ。もうしばらく頑張れ」
なお君はそう言うと自転車のペダルと漕いだ。私も後を追いかける。
side直也
「それじゃ、明日な。寝坊するなよ」
「はーい」
門の所で、俺はちいと別れた。
あいつは後ろを振り返ることなく玄関に向かった。
あいつが家の中に入ったことを確認してから、俺は自宅へ急ぐ。
屋上での天体観測の時、俺は千世と一緒にいたが何を離したのか覚えていない。
5月の連休前に気がついてしまった感情の芽の行方をそろそろ俺は決めないといけない。
あいつを見守ることを決めたから生徒会に引きこんだ俺だが、結果的にそのことが俺の首を絞めていることになっている。
千世は鈍い奴だからまだ気が付いていないだろうけど、このままどっちつかずでいたら千世でも気がつくだろう。
でも、智もあいつの事を思っている事も俺は知っている。弟と一人の女を取り合うのもどうかとも思っている所がある。
けれども、恋と言うのは理屈でするものではないってことを、この数カ月で痛感させられている。
俺はどうしたらいい?今ならまだ、妹しての関係が続けられる。
俺がお前といることを望んだら、お前は俺の手を取ってくれるか?
さっき暗くて危ないからって繋いだ手は、身長の割には大きいけれども、ほっそりとした女の子の手だった。
そのまま、引きよせて腕の中に閉じ込めたくなったのも事実だ。
無性に庇護欲を誘う彼女。本人はそんな事は考えたことないだろう。
彼女がいるのに、他の女を手に入れたいと思うどす黒い感情に自分自身がついていけていない。
いつまでもこのままが彼女にとってはいいのかもしれないが、俺の理性が保てるのだろうか?
まだ、結論と出したくない。けれどもそのリミットはきっとすぐそこまできている。
俺らを見下ろしているのは、無数の星。ひっそりと俺らの行く末を見守るように。