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世界の狭間で君を待つ 〜【すべてを失った私が、隠してきた闇の力で世界に抗う】〜  作者: Sou
世界大戦編

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39/53

玉座の月、動く

【外】


 最初の夜、彼らは廃工場の地下に潜んだ。


 皇帝は、藁の上に座らされた。荷造り用の藁束を四つ崩して、その上に外套を敷いただけの寝床だった。


 埃と、油と、錆の匂い。


 配管の継ぎ目から水が滲んで、床に黒い染みを広げている。天井の梁には、燕の古い巣が二つ、干からびて残っていた。


 ――彼は、それを、じっと嗅いでいた。


「……陛下?」


 リヴィアが声をかけた。


「どうかされましたか」


「……いや」


 彼は首を振った。


「――匂いが、する」


「え?」


「余の部屋には、匂いがなかった」


 彼は、埃だらけの梁を見上げた。


「毎日、掃除される。空気も入れ替えられる。……何の匂いもしない部屋だ」


 彼は、少しだけ息を深く吸った。


「――久しぶりだ。こういうのは」




 夜明け前、変装が施された。


 伸びかけた髪を、リズが短く切った。鋏は、荷から出した携行用の小さなものだ。切った髪は、床の油染みの上に落ちて、そのまま踏まれた。


「……手つき、慣れてますね」


「うちの田舎、床屋がなかったの」


 次に、灰と煤で、顔と首に汚れを塗る。


 着替えは、古い労働者の外套。膝の破れた作業ズボン。継ぎ接ぎのシャツ。そして、色褪せた帽子。


 どれも、この二週間でグレイが古着屋を三軒回って揃えたものだった。新しいものが一つでも混じっていれば、そこから見破られる。


「……これは」


 皇帝は、自分の姿を見下ろした。


 外套の袖が、手首より五センチ長かった。


「……余は、こういう格好をしたことがない」


「今日からしてください」


 リヴィアは言った。


「あと、『余』は駄目です」


「……む」


「一人称は『俺』か『私』で」


「……お、俺」


 彼は、口の中で繰り返した。


「……俺は、……俺が」


「もう少し、雑に」


「雑に」


「はい」


 彼は、少し考えた。


「――おう」


「それは違います」


【街】


 夜明け。


 六人は、下層区の通りを歩いた。荷車を引く労働者の一団を装って。


 通りは、まだ薄暗かった。石畳が夜露で黒く濡れ、その上を朝一番の荷馬車が三台、続けて通っていった。角のパン屋の煙突から、灰色の煙が細く上がっている。


 ――皇帝は、三歩ごとに、足を止めた。


 止まっては、周囲を見た。


 崩れかけた煉瓦の壁。洗濯物の下がる路地。水を汲む列。パンを売る屋台。


 屋台の前で、五歳ほどの子供が、母親の袖を引いていた。母親は首を振り、一番小さい塊を選んで銅貨を数えていた。


「……陛下、止まらないで」


「――すまん」


 彼はそう言って、また歩き出した。


 三歩進んで、また止まった。


「……あれは」


 彼が指したのは、配給所の列だった。


 二百人ほどが、並んでいた。


 朝の五時に。


 先頭の何人かは、地面に座って毛布を膝にかけている。夜のうちから並んでいた者たちだった。


「……あれは、何をしている」


「配給です」


 リヴィアが答えた。


「小麦と、油です。……週に二回」


「二回」


「はい」


「あの人数で、二回か」


「……はい」


 彼は、しばらくその列を見ていた。


 列の脇に、告示板があった。配給日と、一人あたりの量が、粗い紙に書かれている。数字の上に、線を引いて書き直した跡が二度あった。二度とも、下がっていた。


「――余の署名した予算では、週四回のはずだった」


 リヴィアは、応じられなかった。




 彼は、その後も、何度も足を止めた。


 ――そのたびに、リヴィアたちは焦った。


 だが、止められなかった。


 彼が見ていたものが、何なのか、分かってしまったからだ。


 ――彼は、初めて自分の国を見ていた。


 十四年、書類の上でしか知らなかった国を。




 街角の壁に、募兵ポスターが貼られていた。


 紙は、まだ新しかった。糊が四隅からはみ出して、乾いて白く固まっている。その下に、剥がしきれなかった古いポスターの断片が、地層のように三枚重なっていた。


『帝国の明日は、君の一歩から』


 その前で、彼は長く止まった。


「……これは」


「募兵ポスターです」


「――こんなものが、街中に?」


「はい。……三年前から、増えました」


 彼は、その顔のない影絵を、じっと見ていた。


「……余は」


「陛下」


「――俺は」


 彼は、言い直した。


「これに、署名したか?」


「……分かりません」


「そうか」


 彼は、視線を落とした。


「――たぶん、したのだろうな」




 通りの向こうから、行列が来た。


 ――若者の一団だった。


 肩に、白い襷。三十人ほどが、三列で歩いてくる。歩調は揃っていない。まだ、揃え方を習っていないのだ。


 見送りの家族が、後を追っている。


 母親が泣いていた。父親が、無言で肩を叩いていた。


「……あれは」


「出征です」


 リズが答えた。


「今日は、南部への配属日みたいですね」


 ――皇帝は、道端に寄って、その列を見送った。


 三十人ほどの若者が、通り過ぎていく。


 誰も、彼を見なかった。


 当然だった。


 ――彼は、汚れた労働者の格好をしていたから。


 最後の一人が通り過ぎた時、彼は言った。


「……あの子らは」


「はい」


「――どこへ行く」


 リヴィアは、応じられなかった。


 答えを、知っていたからだ。


 ネフィラの砂漠へ行く。そして、たぶん、半分は帰ってこない。


「……陛下」


「答えなくていい」


 彼は言った。


「――分かった」


【城門】


 午前十時。


 帝都南門。


 ――検問が、敷かれていた。


 門の両脇に木の柵が張り出して、通行の幅を荷車一台ぶんに絞っている。憲兵は八人。うち二人が、荷台の中身を長い鉄棒で突いて回っていた。


「……早いですね」


 ネロが、小声で言った。


「失踪が発覚したのは、まだのはずです」


「――通常の検問よ」


 リヴィアが答えた。


「戦時徴収の物資検査。……最近、毎日やってる」


 荷車の列が、少しずつ進んでいく。前の荷車が積んでいた干し草が、鉄棒で三度突かれた。


 六人は、その列の中ほどにいた。


「――次!」


 憲兵が、荷車を指した。


 リヴィアたちの番だった。




「積荷は」


「石炭です」


 アシュが答えた。


「行き先は」


「南部の、第九工廠」


「証明書」


 ――偽造した書類を、差し出す。


 憲兵は、それを一瞥した。


「……人数は」


「六人です」


「顔を上げろ」


 ――全員が、顔を上げた。


 憲兵の目が、一人ずつ、顔を確認していく。


 リヴィア。グレイ。アシュ。リズ。ネロ。ミーナレイ。


 ――そして。


 最後の一人。


 痩せた、汚れた顔の男。


 憲兵の視線が、そこで止まった。


 ――三秒。


 全員の呼吸が、止まった。


 門の向こうで、鳥が鳴いた。荷車の車輪が軋んだ。誰かが咳をした。三秒の間に、それだけの音がした。


「……あんた」


 憲兵が言った。


「顔色、悪いな」


「…………」


「病気か」


「――ああ」


 皇帝が答えた。


 その声は、低く、掠れていた。


「……胸を、やられてる」


「炭鉱か」


「そうだ」


 憲兵は、少しだけ顔をしかめた。


「……気の毒にな」


 彼は、書類を返した。


「――通れ」




 門を抜けて、五分ほど歩いてから。


 リズが、大きく息を吐いた。


「……心臓、止まるかと思った」


「陛下、お見事でした」


 リヴィアが言うと、皇帝は首を振った。


「……いや」


 彼の手が、震えていた。


「――怖かった」


「え?」


「顔を見られた瞬間、思った」


 彼は、掠れた声で言った。


「――ばれる、と」


「でも、ばれませんでした」


「そうだ」


 彼は、少し笑った。


 それから、寂しそうに言った。


「――誰も、余の顔を知らんのだな」




 ――その言葉に、リヴィアは、ある事実を思い出した。


 硬貨の肖像。


 この国の硬貨には、まだ先代皇帝の顔が刻まれている。十四年、更新されていない。


 議会が「経費」を理由に、拒み続けたからだ。


 彼女は、上着のポケットに手を入れた。指先に、銅貨が三枚あった。


 摘まみ出して、掌の上で表を返す。


 ――髭のある、恰幅のいい横顔だった。


(……それが、今)


(この人を、守ってる)


 なんという、皮肉だろう。


 彼を無力にするための決定が、彼を生かしている。


【老婆】


 その日の午後。


 街道を外れた、小さな村。


 家は十二軒。どれも、屋根が藁だった。村の中央に、石を組んだ井戸が一つ。その周りだけ、地面が踏み固められて黒く光っている。


 そこで、彼らは水を汲んだ。


 井戸端に、老婆が座っていた。


 八十は超えているだろう。腰が曲がり、目は白く濁っていた。膝の上に、豆の入った笊がある。彼女は、手探りで一粒ずつ、莢を割っていた。


「……水を、いただいても」


 リヴィアが声をかけると、老婆は頷いた。


「好きなだけ、お飲み」


 六人が、順に水を飲んだ。


 ――そして。


 皇帝が、桶に手を伸ばした時。


 老婆の顔が、上がった。


 白く濁った目が、彼を見た。


 ――いや。


 見えては、いないはずだった。


 なのに、彼女は、じっと彼の方を向いていた。


「…………」


「……お婆さん?」


「……声」


 老婆が呟いた。


「……お前さん、声が」


 全員が、緊張した。


 ――アシュの手が、腰へ動いた。


 リヴィアが、目でそれを止めた。


「……昔、聞いた声に、似ておる」


 老婆は言った。


「五十年、前かねえ」


 彼女は、記憶を辿るように、首を傾げた。


「……わしがまだ、娘の頃じゃ」




「先の、先の帝の、御代でな」


 彼女は、独り言のように語り始めた。莢を割る手は、止めなかった。


「あの頃の陛下は、たまに、街へ出られた」


「……街へ?」


「そうじゃ。お忍びでな」


 彼女は笑った。歯が、下に二本だけ残っていた。


「まあ、みんな知っておったが。……気づかんふりをしとった」


「…………」


「一度、この村にも来られた」


 彼女は、井戸の縁を撫でた。


「――この井戸で、水を飲まれた」


 皇帝の手が、止まった。


「わしが、桶を渡したんじゃ」


 老婆は、懐かしそうに言った。


「そしたら、陛下は、こう言われた」


 彼女は、その言葉を繰り返した。


「――『すまんな。ありがとう』と」




 沈黙が落ちた。


 豆の莢を割る、小さな音だけがしていた。


 皇帝は、動かなかった。


 やがて、彼は桶を受け取った。


 水を、飲んだ。


 冷たかった。井戸の底の水は、真昼の暑さの中で、指が痺れるほど冷たかった。


 ――それから、老婆に桶を返した。


「――すまんな」


 彼は言った。


「……ありがとう」


 老婆の、白く濁った目が、大きくなった。


 膝の上の笊から、豆が一粒、転がって落ちた。


 彼女の口が、少し開いた。


 ――そして。


 彼女は、口を開かなかった。


 ただ、頭を下げた。


 深く。地面に額がつくほど、深く。


 ――皇帝も、頭を下げた。


 同じくらい、深く。


 二人は、しばらく、そうしていた。


 井戸の水が、桶の中で揺れて、止まった。




 立ち上がった皇帝に、老婆が言った。


「……南の街道は、憲兵が多い」


「…………」


「東の、羊飼いの道を行きなさい」


 彼女は、指を差した。指の先は、少しずれていた。


「遠回りじゃが、誰も通らん」


「……ありがとう」


「――お気をつけて」


 豆を割る手は、止まらなかった。


 名前は、呼ばなかった。


 最後まで、何も聞かなかった。


 彼らが村を出るまで、彼女は豆を割り続けていた。




 村を出てから、ミーナレイが小声で言った。


「あの人……気づいてましたよね」


「……たぶんね」


「なんで、何も言わなかったんでしょう」


 リヴィアは、応じなかった。


 ――皇帝が、答えた。


「――言えば、あの婆さんが、危ない」


 彼は、前を向いたまま言った。


「知らぬ方が、安全だ。……それを、あの人は知っている」


 彼は、少しだけ足を止めた。


「――余の国の民は」


 彼は、言い直した。


「――俺の国の民は、賢いな」


【四日目】


 皇帝の失踪が発覚したのは、四日目の朝だった。


 定例の健康診断のため、医官が最上階へ上がった。


 ――部屋は、空だった。


 窓は閉まっていた。扉の閂も、外から掛かっていた。断たれた金属の断面は、掛け直された時に上下が入れ替わっていて、それに気づいた者はいなかった。


 ――なのに、誰もいなかった。


 その日のうちに、帝都は封鎖された。


 だが、遅すぎた。


 六人は、既に、東の羊飼いの道を歩いていた。


【追跡】


 六日目。


 オズホルン公国まで、あと二日という地点。


 道は、峠へ向かって細く登っていた。片側が岩壁、片側が谷。荷車がぎりぎり通れる幅しかない。


 ――その峠道で、リヴィアの背筋が粟立った。


「――伏せて!!」


 叫んだのと、上空が白くなったのは、同時だった。


 街道が、爆ぜた。


 雷が落ちたのは、荷車の三歩前だった。石畳が持ち上がり、砕けた破片が扇形に飛んだ。荷車の前輪が根本から折れて、車体が谷側へ傾く。


 ――音は、後から来た。


 耳を叩いた時には、もう土煙の中だった。


「陛下!」


 グレイが、皇帝を抱えて跳んだ。


「――雷牙隊!!」


 アシュが、銃を抜いた。




 峠の岩場の上に、五つの影があった。


 濃紺の軍服。


 先頭に、短く切り揃えた黒髪の女。


 イグナ・ヴェルド。


「――見つけた」


 彼女の声は、平坦だった。


「特務課黒翼分隊。……および、グレイ・アークライト元中佐」


 彼女は、二撃目を構えた。


「――帝国反逆罪の容疑で、拘束する」




「――ミーナレイ! 陛下を!」


「はいっ!」


「リズ、風で道を! アシュ、上を!」


 リヴィアの指示が飛んだ。


 ――そして。


「イグナ中尉」


 彼女は、前に出た。


「――なんだ」


「私たちは、抵抗します」


「そうだろうな」


「……あなたも、本気で来る?」


 イグナは、少し黙った。


「――当然だ」


 三撃目が、落ちた。


 空気が焼ける匂いが、落ちるより先に届いた。


 ――リヴィアは、既に踏み込んでいた。


 切っ先を天へ。溜めは、四つ数えるぶん。


「絶空」


 黒い斬撃が、扇形に開いた。


 落ちてくる青白い柱と、下から昇る黒い扇が、峠道の上でぶつかった。


 ――音が、消えた。


 雷が、割れた。


 二つに分かれた青白い光が、街道の左右へ流れて、岩壁と谷底へそれぞれ落ちた。岩壁の側で、石が一抱えぶん、赤く灼けて崩れた。


 黒い扇は、そのまま上へ抜けて、峠の空に一本、線を引いて消えた。


 ――イグナの眉が、動いた。


「……成長したな」


「二年、経ちましたから」




 戦闘は、五分続いた。


 ――だが、決着はつかなかった。


 黒翼は、皇帝を守りながらの戦闘で、攻めきれない。荷車の陰が唯一の遮蔽で、そこから離れられない。


 雷牙隊は、リヴィアの絶空とグレイの炎で、近づけない。岩場の上から撃つ以外の手が、峠道では取れない。


 互いに、互いの届く場所へ入れなかった。


 六分目。


 イグナが、手を止めた。


「――退く」


「隊長!?」


「深追いはしない。位置は掴んだ」


 彼女は、リヴィアを見下ろした。


「――ノクス」


「なに」


「一つ、聞く」


 彼女の声が、少しだけ変わった。


「――お前は、今度も、正しいのか」


 リヴィアの動きが、止まった。


 二ヶ月前、広場で言われた言葉が蘇る。


 ――お前は、正しい。正しくて、無意味だ。


 彼女は、上着の内側に手をやった。指の腹が、手帳の角に触れた。


「――そうよ」


 リヴィアは答えた。


「正しい」


「そうか」


「――でも」


 彼女は、まっすぐにイグナを見上げた。


「今度は、意味がある」


 イグナの目が、細くなった。


「……ほう」


「あの時は、撃たなかっただけだった」


 リヴィアは続けた。


「今度は、やってる」


 彼女は、背後の皇帝を、一度だけ見た。


「――撃たないことと、動かないことは、違う」




 イグナは、しばらく彼女を見ていた。


 やがて、彼女は言った。


「――そうか」


 それだけだった。


 彼女は、背を向けた。


「――撤収」


 雷牙隊が、岩場から消えた。


 ――去り際、彼女は一度だけ、振り返った。


 その表情は、遠くて見えなかった。


【三度】


 その夜、野営地で。


 焚き火は、小さく組んだ。峠の風下の窪地に石を丸く並べて、その中だけで燃やしている。煙が上へ抜けないよう、湿った枝は使わなかった。


 グレイが、地図を睨んでいた。


「……おかしい」


「なにが」


「三度だ」


 彼は、地図に印をつけた。炭の先で、三つ。


「二日目、川の渡し場。四日目、峠の分岐。……そして今日」


 三つの印は、彼らが待ち伏せに遭った地点だった。


「――全部、俺たちが通る道の、先回りだ」


 リヴィアの背筋が、冷たくなった。


「経路は、変更してきた。……村の婆さんに教わった道も、地図には載っていない」


「…………」


「なのに、待たれてる」


 彼は、地図を畳んだ。


「――どこかで、漏れてる」


 野営地が、静まり返った。


 ――五人が、互いを見た。


 リズが。アシュが。ミーナレイが。


 そして。


 ――ネロが、俯いていた。


 彼の膝の上に、端末があった。


 地図を確かめるために、彼は今日も、三度それを開いていた。


 彼は、顔を上げなかった。


 誰も、そのことに気づかなかった。


 ――いや。


 リヴィアだけが、気づいていた。


 気づいて――口を、開かなかった。


 ――言いたくないことを、無理に言わせない。


 二年前、森の庵の裏で、彼女は同じことをした。カラムが、そうしていたからだ。


 あの時と違うのは、今は、それが正しくないと分かっていることだった。


 分かっていて、彼女は言わなかった。


 言ってしまえば、何かが決定的に終わると分かっていたから。


 焚き火が、爆ぜた。


【第十四日】


 ――同じ夜。ネフィラの砂漠。


 トビアス・レンは、まだ生きていた。


 中隊の残りは、十九人になっていた。


 彼は、その日、二つのものを数えた。


 一つ。配られた水。一人あたり、水筒の三分の一。輜重が、二日遅れているらしかった。


 二つ。埋葬の穴。


 ――穴は、掘られていなかった。


 砂漠では、掘っても崩れる。だから、死体は並べて、上から砂をかける。かけた砂は、風で減る。減ると、また上からかける。


 トビアスは、その作業に三度出た。


 三度目に、彼は自分が何をかけているのか、分からなくなった。布はもう区別がつかず、どれが今日の分で、どれが五日前の分なのか、誰も覚えていなかった。


 夜、彼は毛布の中で、都の方角を見た。


 城壁の上に、灯りが一つだけ点っていた。


 ――十四日、消えたことがない。


 誰かが、そこに立っている。


 彼は、その灯りを見ながら眠った。




 ――その夜、砂漠で二千三百人が死んだ。


 同じ夜、東の峠道では、六人が焚き火を囲んでいた。


 どちらの夜も、月は同じ形をしていた。



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