第39話 蒼海の浄化
ネリスの歌声が神殿中へ響き渡る。
ラララ……。
優しく、どこか懐かしい旋律。
その歌に触れるたび、守護者を覆っていた黒い霧が少しずつ薄れていく。
「……ネリス。」
守護者の瞳が、一瞬だけ青く戻った。
レインはその瞬間を逃さなかった。
「今しかない!」
《始原の魔導書》が眩しく輝く。
天空の腕輪も共鳴するように青い光を放った。
二つの遺産から溢れる魔力が、レインの周囲で渦を巻く。
リリアは槍を受け止めながら叫ぶ。
「レイン、急げ!」
守護者の力は圧倒的だった。
剣を押し返され、足元の石畳が砕けていく。
クロードも壁にもたれながら立ち上がった。
「まだ……終わってない。」
口元から血を拭い、再び短剣を握る。
レインは深く息を吸った。
魔導書のページに新しい術式が浮かび上がる。
《蒼海の浄化》
攻撃魔法ではない。
闇を祓い、本来の姿へ戻すための古代魔法だった。
「これなら……助けられる。」
レインは両手を前へかざす。
青い魔法陣が何重にも展開される。
海水がふわりと宙へ浮かび、光の粒へ変わっていく。
「蒼き海よ。」
「失われし光を取り戻せ。」
古代語の詠唱が神殿へ響く。
ネリスの歌声と重なり、魔法陣がさらに大きくなった。
守護者は苦しそうに叫ぶ。
「来るな……!」
「我を……止められない!」
黒い霧が再び膨れ上がる。
しかし、その中で青い瞳が必死に抗っていた。
レインは一歩前へ出る。
「あなたはまだ戦ってる。」
「だったら、俺たちも諦めない。」
その言葉に、守護者の動きがわずかに止まった。
「クロード!」
「任せろ!」
クロードは最後の力を振り絞って走る。
守護者の注意を引きつけるため、真正面から飛び込んだ。
「こっち見ろ!」
槍が振り下ろされる。
ギリギリで回避。
床が爆発したように砕け散る。
その隙にリリアが横へ回り込む。
「はああっ!」
渾身の一撃。
剣が守護者の胸の結界へ叩き込まれる。
バキッ。
結界にひびが入った。
「レイン!」
レインは魔法陣を完成させる。
神殿中の水が青い光となり、一つの大きな波へ変わった。
「《蒼海の浄化》!」
光の波が守護者を包み込む。
黒い霧が激しく抵抗する。
だが、ネリスの歌声がそれを少しずつ溶かしていく。
「ぐああああっ!」
守護者の胸の黒い水晶が露出した。
レインは最後の魔力を込める。
「戻れ!」
青い光が水晶へ突き刺さる。
パリン——。
黒い水晶が砕け散った。
同時に、神殿を満たしていた闇が一気に消えていく。
守護者の巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
静寂。
しばらく誰も動けなかった。
やがて、守護者が静かに目を開く。
今度の瞳は、澄んだ青色だった。
「……終わったのか。」
低いが、穏やかな声。
レインはゆっくり頷く。
「はい。」
「あなたを縛っていた闇は消えました。」
守護者はしばらく沈黙し、やがて小さく笑った。
「感謝する、継承者。」
巨大な身体を起こし、ゆっくりと名乗る。
「我が名はアクエル。」
「海底神殿の守護者だ。」
その時、ネリスが青い光とともに現れた。
「アクエル……!」
少女は涙を浮かべながら駆け寄る。
アクエルは優しく微笑んだ。
「長い間、一人にしてしまったな。」
「ううん……。」
ネリスは首を振る。
「あなたが戻ってきてくれた。」
百二十年越しの再会だった。
リリアもクロードも、その光景を静かに見守っていた。
アクエルはレインへ向き直る。
「継承者よ。」
「お前に託すものがある。」
神殿の奥が青く光り始める。
そこには、新たな遺産が眠っていた。
第三の試練は、ついに終わりを迎えようとしていた。
第40話 海神の遺産 へ続く。




