出発前夜
今いる第十二大陸と、向かう先の第十一大陸の間では、連絡が極めて取りにくい。町に戻ったイルアンは、各所に向けて自らが旅立つことと、これまでの感謝とを綴る作業に追われた。
行商人ウィル。
魔法王女ウィルロは、その後も結局王宮に戻っていない。王国はこのまま、血統に依らない統治制度へと切り替わって行くのだろう。なお、彼女が健在であったことは大陸中に知れ渡ってしまったから、商人としては引退を余儀なくされたらしい。
彼女には、ロメを付けてくれたことの感謝と、共に過ごした日々への懐古を残しておこう。
調律の英雄レミアス。
彼もまた、白の森の封鎖が解けたあとも、本拠としていた調律の都から動いていない。ウィルロからは王都入りを強く勧められているようだが、その条件としてウィルロが寄り合いの長に就くことを挙げている。全部押し付けるな、と言うことなのだろう。髪を弄っている姿が目に浮かぶようだ。
あまり無理するなよと、伝えておく。もし全てが終わって戻ってこられたら、少しは助けてやっても良い。
紫髪の客将、ヴェンノール。
セテと浅からぬ因縁を持っていた彼は、人知れず姿を消してしまったという。彼を助けたというだけでセテは連絡船送りになったわけで、色々と後ろめたいものを背負っているのかも知れない。
彼への謝辞は、旧知の間柄らしいレミアスに預けておく。
水鏡の首領、ヨルマー。
彼女には、海を越えた後も連絡を取り合うことを確認しておく。一番のお気に入り、ネリネを付けてくれたことへの感謝も、忘れずに添えて。
火の治癒師、ファンデルとラウラ。
治療の謝辞と共に、リアネスの体調を記しておく。何かあったときは、また彼らの力を頼ることになるだろう。ラウラの病については、敢えて触れなかった。世界を巡るうちに何かしらの治療法が見つかるかも知れないが、それが間に合うかもわからない。淡い期待など、無い方が良かろう。
護衛士仲介所の支配人、一番と呼ばれた男。
ウィルロとシェマーニの信頼を得た彼は、鉱山都市と自由都市の協商について取りまとめを任されている。元々面倒見の良い男だったこともあり、下についた兵たちからも悪い噂は聞こえてこない。
彼には、エメッサを始めとする負傷者への見舞いと、五番の親族に会った際は連絡を寄越す旨を書いた。
「意外と、まめなもんだな。職人はこういうことに興味がない奴が多いんだが。」
次々と書状を託されたシェマーニが、呆れた声を出した。
「戻ってくるつもりだけど、戻ってこられないかも知れないからね。」
筆を墨壺に戻すと、イルアンは両腕を突き上げて全身を伸ばした。ヨルマーの好意で、わずかだが第一大陸への連絡も許されている。まだまだ、書くものが沢山あるのだ。
「ウージェンに冒険譚の続きを教えてやって、トビやエンミャンに無事を伝えてやらないと。ああ、親方や、村の人たちにも何か…」
「なあ、イルアン。気づいちまったんだが…セテ嬢への手紙がないぜ?」
シェマーニの言葉に、イルアンは目まぐるしく動かしていた指をピタリと止めて固まった。
「…なんだろうな、それを書いてしまうと、もう会えなくなる気がするんだよ。」
書くべきことなら、山ほどある。伝えたいことなら、その二倍だ。それでも、イルアンはセテに向けた手紙を作れずにいた。
シェマーニは珍しく頭を抱えている弟分に優しく笑うと、その肩を抱いて言った。
「じゃあ余計なことは書かないで、その寂しいって気持ちだけを残してやれば良いさ。」
書けたら、他のやつと同じように丸めておいてくれ。そう言ってシェマーニは、イルアンの部屋から出て行った。




