剣聖救出隊
ロメ殿は、私を含め十人ほどの小隊を率いて森を進んでおりました。
しかし森に入って二日目に夜襲を受け、私とはぐれてしまったのです。
「…普通、案内役を見失ったら、真っすぐ引き返してくるものなんじゃないの?」
「その通りなのですが、もう三日も経つのに戻って来ない。これは、ロメ殿が戻りたくても戻れない状況にあると考えた方が自然でしょう。黒の森は、普通の森とは違います。あの中に在って方向を失わないのは、私たち黄昏の民だけなのですよ――何となく里の方向が判るだけですが。それゆえ、部外者が森に入るときは、必ず里の者を案内人として雇うのです。」
考え込むように顎に手を置いていたレミアスが、ふぅう、と長く息を吐いて、タナチャナに冷たい目を向けた。
「なぜ三都市連合の侵入者は、森の中を自由に動き回ることができているんだろうな。しかも、こちらが派遣した剣聖の部隊を即座に迎え撃っている。偶然にしては、随分と手際が良い。」
「レミアス殿、我らは…!」
タナチャナは、顔面を蒼白にしながらもレミアスに食い下がろうと椅子を立とうとした。瞬間、苦痛に呻いて、腿を抑えてうずくまってしまう。包帯からは、赤く血がにじんでいる。駆け寄ったセテは、固く目を瞑ったタナチャナを見て、意を決して言葉を継いだ。
「黄昏の民が、裏切っていると?」
「ああ。こうしてタナチャナが重傷を負っているのを見る限り、全員があちら側というわけでは無いと思うが、少なくとも一人は協力者が居るとみている。その保証があったからこそ、奴らは山越えを敢行したんだ。そうなると、ここで黄昏の民たちに新しい案内人を手配してもらったとして、果たしてどこまで信用できるものか…俺たちはまず、彼らの隠れ里へ赴いて、長老と話をせねばならん。ロメの捜索は、その後になる。何とか、持ちこたえてくれると良いのだが。」
セテの記憶が正しければ、黒の森の端から隠れ里まで二日は掛かる。言い終えたレミアスが深い呼吸を繰り返しているのは、ロメが討たれてしまう場合への覚悟を決めようとしているからだろう。かつて命を救ってくれた白髪の戦士は、その小さい体で、今も仲間たちを鼓舞し続けているに違いない。司令官が後頭部の髪に手をやって引っ張り出した瞬間、セテは意を決して言った。
「…私が、行くわ。」
あの低い肩に乗せた手の感触は、まだ残っている。セテは、レミアスの目を真っすぐに見つめて続けた。
「今日、ここに着いた私なら、敵と内通している可能性は無いでしょう。黒の森は六年ぶりだけど、白の森に入ったときからずっと、里の方に呼ばれている感じがしているの。タナチャナに襲われた位置を教えてもらえれば、そこまで案内できる。」
ううむと唸ったレミアスの横で、じっと黙っていたネリネが口を開いた。
「私も、真っすぐ、助けに行く。ロメは、友達。」
「ネリネ、君が行ってしまったら、リアネスの護衛はどうするんだ。」
英雄の問いに応えたのは、当の護送対象である。
「ヨルマーに会うためには、いずれ黒の森に入るのよ。私も一緒に行けば、問題ないでしょ。ね、イルアン。」
「…ああ。」
剣聖への思い入れは無いが、イルアンにも黒の森で確かめたいことがあった。白の森に入って以来、大水晶とは違うが、北西、つまり黒の森の方向に竜脈の違和感を覚えている。その源を辿れば、黒の森に大水晶があるという伝承の発端を知ることができるのではないか。ひいてはそれが、リアネスの旅の助けになるかも知れない。
「夜襲を仕掛けてきた奴ら、相当な手練れでした。護衛士が一人では、心許ない。」
絞り出すように言ったタナチャナに、ふう、と大きくため息を被せた者が居る。レミアスだった。
「本来なら小隊を二つほど付けたいところだが、お客人を任せられるような精鋭はあいにく出払っていてな…政務はキュディトスが回してくれるから、後は、いざとなったときに前線を任せられる将が居れば身軽になれる。」
そう言うと、レミアスは傍らの紫髪と視線を交換して、笑った。
「で。先ほど話がまとまった、という訳だ。客将ヴェンノール。期限付きだが、本日より俺の配下に加わることになった。セテを案内人とする剣聖救出隊に、俺も参加しよう。」
「…あなた、司令官なんでしょう?ネリネと同じくらい強いとは思えないけど。」
疑いの目を向けるセテに、レミアスは面白がるように笑った。
「俺の剣は、先代剣聖に仕込まれたものだ。そして、」
レミアスが掌を上に向けると、小さな旋風が巻き起こって卓上の書類を舞いあげた。
「魔法は、ウィルロ王女と共に磨いた。何でも有りの殺し合いなら、俺は確実にネリネより強い。」




