町を作った五人
石造りの階段を登って庁舎の二階に上がると、板間の中心に置かれた長机にレミアスとヴェンノールが向かい合って座っていた。
「お前たち、下でキュディトスに捕まってたろう。まったく、要領の悪いことだ。」
「…ええ、以後気をつけるわ。」
リアネスがげっそりと笑った。キュディトスと呼ばれた隻脚の官吏は、聞かれたが最後、実に詳しく、延々と武勇伝を披露して見せたのだ。
「あんなに忙しそうにしてたのに、自分の話をする時間はあるのね。」
セテの皮肉に、ヴェンノールがにやりと笑った。
「男ってのは、そういうもんさ。な、イルアン。」
「息をするように俺を巻き込むのは、やめておくれよ。」
ちっちと舌を鳴らして、ヴェンノールがセテを覗き込んでくる。
「今に見てろよ。そのうち第一大陸に居た時はこうだった、みたいな話を連発するようになるに違いねぇ。」
がははと笑うヴェンノールの後ろで、レミアスがごほんと咳払いを挟んだ。
「この町の成り立ちなんかは、キュディトスがでかい声で説明していた通りだ。特に付け加える必要もない、というより、少し詳しすぎるくらいだったな。」
イルアンたちは、先ほどまで繰り広げられていた大演説を思い返した――この調律の都グレージュは、五年の歳月を掛けてレミアスが作り上げた独立都市なのだという。今は三都市連合に侵略を受けた王国軍が再起を図る拠点となっているが、これはあくまで一時的なもので、当初から王国の支配下にあったというわけではない。ちなみにキュディトスが脚を失ったのは、三都市連合の侵略よりも更に以前のことで、五年前にレミアスが町を作ろうと考えたときにはすでに隻脚となっていたらしい。
「俺は、この町を最初に立ち上げた五人のうちの一人なんだって、随分と誇らしげだったわよ。」
疲れた顔で呟くセテに、レミアスは微笑んで応じた。
「都市計画のクレオロに、大工のスタンバン。官吏を統べられるキュディトスに、治癒師のファンデル。彼らの一人でも欠けていたら、この短期間でここまでの発展は見込めなかっただろう。本当に、よく付いてきてくれた。」
「治癒師のファンデル?あの、王都に居た死神ファンデルか?」
「ああ。娘の治療のために王都へ行ってしまったが、一年ほど前までは、この町で治療院を開いていたんだ。 今は別の者が引き継いでくれているが、事実だけを言えば、彼ほどの腕は無いな。やはり、得難い人材だった……さて、」
そう言ってレミアスは言葉を切ると、イルアンたちに体ごと向き直った。
「それじゃあ、これからの話をしようか。」
ようやくだ。目に見えて元気を取り戻したリアネスが身を乗り出した。
「私たちは、どうしてもヨルマーという人に会わないといけない。早く黒の森へ向かいたいわ。」
「ふむ…まあ、彼の御仁から、そこのネリネに出ている指令を考えても、君たちを黒の森へ送り出すことに異論は無いが。」
「じゃあ」
喜色を浮かべたリアネスを片手で制して、レミアスが続けた。
「だが、今は危険だ。…ロメが、戻って来ていない。」
滅多なことで動揺しないネリネが軽く眉を動かしたのを見て、イルアンは軽く息を詰めた。ロメ。剣聖と謳われる、小柄な娘。
「ここからは、私がお話ししましょう。」
その時。三階に通じる階段から、金髪の女が壁に寄りかかるようにして姿を現した。顔色が悪く、一目で重傷を負っていると判る。習慣的に駆けつけたセテが肩を貸して長机まで導くと、女はふう、と息を吐いてセテに向き直った。
「ありがとう、娘さん。」
その瞬間、セテがはっとしたように女の顔を覗き込んで、瞳に涙を浮かべた。
「タナチャナ、タナチャナ姉さんでしょう。私、セテよ。ああ、こんなところで会えるなんて…!」
「セ、テ…?セテ!?」
タナチャナは声を震わせながらセテの顔を見返すと、「おおお」と呻きながらセテの頭を抱きしめた。
「もう、とっくに死んでしまったものだと思っていました。こんなに大きくなって、美人になって…!」
絶句した二人はしばらく抱き合っていたが、驚愕が収まって懐郷が勝ると、オンオンと声を揃えて泣きだしてしまった。いつもは先を急ぎたがるリアネスも、これには神妙な面持ちで見守る他にない。たっぷり数十拍も掛けてタナチャナから体を離したセテは、恥じらうように部屋の隅に寄って、充血した目を軽く伏せた。
「ごめんなさい、貴重な時間を…」
レミアスは、優しく首を振った。
「この場を譲ってくれたことに感謝する。後で、別途時間を設けよう。さあ、タナチャナ。」
「はい、ええ。ロメ殿のことでしたね。ええ。」
タナチャナは、半ば呆然としながらこれまでのことを話し始めた。




