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厄災の子

 日没と同時に、小隊は隠れ家を発った。セテは保護されたときと同様に相乗りだったから、森の中を駆けている間も方位を測り続ける余裕があった――ロメを先頭としたその行軍は、複雑に折れ曲がっているのは勿論、時折同じ場所を通っていることすらある。やがて小隊は森を抜けて街道に出たが、背後の森を振り返ったセテから漏れたのは、薄氷を踏むような危うさを込めた溜息であった。


(隠れ家が、こんなに街道に近いなんて。)


 ヴェンノールに言っても、この危機感は伝わらないだろう。夜の森は暗く、地竜を与えられて自ら手綱を取っているヴェンノールは、前について行くだけでやっとだったはずだ。


「何か、気がかりでも?」


 森をじっと見据えたセテに、ロメが地竜を寄せてくる。その口調は柔らかく、特段警戒しているようには思えない。


「…実は、自分の位置を掴もうとしていたら、隠れ家の位置が何となく見えてしまったのよ。これ、機密事項でしょう?」


 セテがそう言って肩をすくめると、ロメが目を丸くして地竜をのけぞらせた。


「それは驚きました。かなり複雑に動いていたはずですが。」

「まあ、なんとなくだけど。直線距離なら、歩きでも半刻くらいで着ける気がするわ。」


 ロメは困ったように微笑むと、軽くこめかみを手に預けた。


「セテ殿の本業は、薬師でしたね。よほど、森の中を歩き回って来られたのでしょう。そうでなければ、いかに注意を払っていたとしても巻かれてしまったはずです。」

「逃げ込む時は判るけど、隠れ家から出てくるときにも撹乱が必要なのかしら。」

「ええ、どこで敵に鉢合わせてしまうかも判りませんから。それに、」


 ロメはいったん言葉を切ると、声を潜めて続けた。


「身内と思っている中にも、敵の間者が居るかも知れません。何かあったときに、疑う人数は少しでも減らしておきたいのです。」


 やり取りが聞こえたのだろう。セテの後ろで、相乗りの男が背筋を伸ばす気配がした。それを一瞥して、ロメが首を振る。


「疑っているわけではありません。むしろ、何かあったときに大切な部下を詮索されないよう、敢えて与える情報は絞っているのです。」


 さあ、そろそろ行きましょう。そう言い残して、ロメは森の地表から体一つ分ほどの高さに盛られた街道の上へと駆け上がった。上面に達する直前、器用に地竜ごと身を屈めて安全を確認すると、続け、と後続に手ぶりで合図する。そうして星明りの街道上にニ十騎ほどの地竜兵が並ぶと、ロメはその先頭に立って疾走を開始した。ぐっと姿勢を下げた地竜達が、細長い錐陣を取って加速すると、遥か遠くに見えていた敵陣の灯は見る見る近づいて、にわかにその動きが騒がしくなった――もう、先方には見つかっているのだろう。敵陣まであと少しというところで、ロメが叫んだ。


「左へ!」


 高く掲げた抜き身の長剣を振り、進路を示す。急激に進路を変えた小隊の右手、敵陣からどよめきが起こり、パラパラと矢が降り始める。


「厄災の子だ、厄災の子が出たぞ!」

「塞げ!回り込むんだ!」


 連合軍の天幕を右に見据えて、平原の半分くらいまで進んだところで、行く手に横一列の松明が並んだ。ヴェンノールがロメに向かって、呻きに近い声を上げる。


「おい、封鎖されてるぞ⁉」


 ロメはその声に振り返らず、高く掲げた剣を進路方向に鋭く振り下ろした。すると、それを見た小隊の兵が一斉に雄叫びを上げ、更に地竜は加速を付けた。


「おい、おい…!」


 呆然と疾走に付き合っているヴェンノールに、セテを乗せている兵士が地竜を寄せて言った。


「死にたく無けりゃあ、隊長から離れねぇこった。戦おうなんて考えるなよ、ただ後ろをついて行くことだけを考えるんだ。」


 気づけば左右に広がっていた陣は凝縮され、味方の地竜同士の間は数歩分ほどまでに狭くなっている。その先頭を行く小さな騎手が松明の列に突っ込んだ瞬間、ヴェンノールとセテもまた雄叫びを上げて、戦場の彩りに溶けて行った。

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