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小さな騎士

 深々と兜を被ったその騎士は、セテ達が軟禁されている建屋に向かって近づいてきて、格子の前に立って声を上げた。


「矢傷を負っていると聞きましたが、治療は不要のようですね。私がやるよりも、よほど適切に処置が為されている。」


 女の声だ。セテはじっと、兜の中を観察した。白い髪に、緑の瞳。その組み合わせに、セテは思わず驚きの声を上げた。


「まさか、あなたは。いや、しかし、こんなところで。」

「む?」


 セテの反応に怪訝そうに首を傾げると、女は錠を外して室内へと入り込んで来た。警戒したヴェンノールが、セテを背に庇いながら騎士を見つめ返す。


「お嬢ちゃん、ちと不用心じゃねぇか?供も付けずに、檻の中に入って来ちまうなんて。人質に取られちまうかも判らんぜ?」


 随分と、舐められたものだ。外で待機している騎士達は、のんびり肩を回したりしている。


「ご心配はありがたいのですが、狭い場所なら単独の方が戦い易かったりするものです。それに、その傷で暴れてくるような向こう見ずなら、最初から恐れるに値しません。」


 そう言って、女は兜に手を掛けて、ゆっくりと上の方へと引き抜いた。露わになった白髪は、セテが予期した長さの半分以下しかなく、露出した肌は精悍に日焼けした戦士のそれである。女はセテに視線を戻すと、凛とした声で言った。


「どこかで、お会いしたことがあったでしょうか。申し訳ありませんが、どうも人の顔を覚えるのが苦手でして。」

「…初対面、だったわ。」


 違う。エンバドの近くで、嵐の中から助け出してくれたウィルという少女は、透き通るような肌と、腰まである艶やかな髪を持っていた。なおも観察を続けていたセテは、突然背中に壁の感触を感じて驚愕の声を漏らした。


「ご、ごめんなさい。」


 無意識のうちに、後ずさりしていたのだ。一挙手一投足に至るまで、隙の無い、滑らかな動き。収まらない鳥肌を隠すように、上着を一枚、ぐいと着込んだ。それを見て、女は「ああ、すみません」と言って、その場に腰を下ろした。


「武術の心得が?」

「…まだ、十日ほどだけど。」

「なるほど。名乗る前にこれだけ警戒してもらえるということは、私も先人たちに少し追いつけたのかも知れません。」


 その様子を伺っていたヴェンノールが、呻くように声を絞り出した。


「先人、か。そういえば、友人に聞いたことがある。子供のような体躯でありながら、その剣術だけで親衛隊の精鋭十人に入ろうとしている、白髪の、庭師の娘がいると。」


 女は途中から苦笑して、あぐらに頬杖をついた。


「間違ってはいませんが、私のことを説明するときに、既に壊滅した親衛隊の話を持ちだす人など久しぶりに見ましたよ。ちなみに、友人と言うのは?」

「故人だ。ウィーメイズと言ってな、剣聖なんて呼ばれていたが、実際には恐ろしいほど腕の立つ槍使いだった。奴はいつも嬉しそうに君のことを話していたが、そうか、生きていたのか。」


 感慨深そうなヴェンノールの言葉に、女はじっと目を閉じてたっぷり時間を使うと、意を決したように深呼吸をした。


「ロメと申します。師の旧友に対し、拘束を掛けてしまい、申し訳ない。不要の警戒でした。」


 女はそう言って、両手を重ねて床に置いた。ヴェンノールは高らかに笑ってそれを解くよう促すと、


「ただの腐れ縁さ。そんなに畏まられるようなもんじゃない。」


 と言って方眉を上げてみせた。ロメは手を戻してセテに近づくと、手を差し伸べて立たせてやる。強張った表情のままのセテに、ロメはやれやれと顎に手をやった。


「私の肩に、手を置いてみてください。」

「こう、かしら。」


 ぽん、と手を置くと、しなやかな筋肉の触感が掌から伝わってくる。それは、強く、それでいて女性的な柔らかさを併せ持つものだ。セテは、ようやく顔を上げて、ロメの顔を視界に収めた。やや、視線が下を向いている。


「さっきはすごく大きく見えたけど、案外小さいのね。」

「うぅん、まあ、あんまり言わないでください。気にはしているので。」


 そう言って笑うロメに、セテも釣られて力が抜けて行くのを感じた。随分と、気を遣わせてしまったようだ。


「この後は、どうするのかしら。」


 ひとしきり笑い合った後で、セテが目線を未来へと移した。ロメがヴェンノールに目をやって答える。


「あなた達の状態では、追手を掻い潜って王都まで辿り着くのは難しいでしょう。かといって、この場所に置いていくこともできません。三都市連合軍に見つからない保証など、有りませんから。」

「待って。あなた達は、ここにずっと居る訳じゃないの?」

「ええ、ここは仮の休憩地点に過ぎません。本陣は白の森に有りますから、また敵軍と切り結びながら北へと戻ります。大丈夫、あなた方を護送するくらいは、容易いことですから。」


 そう言って、ロメは「ええと、」と言い淀んだ。戸惑うような視線が二人の間を往復するのを見て、セテが言った。


「セテよ。」

「ヴェンノールだ。」

「ああ、ありがとう。訊ねて良いものか判らなくて。」


 ロメの顔がぱっと晴れて、格子扉を開けた。


「セテ、ヴェンノール。貴殿らを歓迎します。次の出陣は、明日の夕暮れ。それまでは、この三軒の間で自由に過ごしてください。兵たちに囲まれると思いますが、悪い者たちではありませんから、どうぞ身構えずに。」


 ロメが出て行くと、外で男達が二人の素性を訊ねる声が聞こえてきた。それを「自分で聞きなさい」とあしらうロメの声が遠ざかり、他の小屋に喧騒がしまい込まれて行く。久方ぶりの安全な寝床に気を許した二人は、静寂に包まれた途端、急峻で深い眠りの谷へと落ちて行った。

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