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若い男が普段考えていること。

 イルアンはじっくりと時間を使って振り返ると、兵士たちの顔を一人ずつ眺めた。


「人に何者かを訊ねる時は、まずは自分から所属を明らかにするものだと思うが。」


 暗い茶色の髪に、青く丸い瞳。それは、これまで通ってきた商業都市国家の領域ではありふれた組み合わせの容姿である。


「我々は三都市連合、商業都市テンナーバ所属の小隊である。実は、行方不明になっている貴人を探していてな。あるいは誘拐されているかも知れぬゆえ、荷車を検めておるのだ。先ほど、その荷車に乗せた少女を布で覆ったように見えたが、何かやましいことがあるのではないか?」

「ほう、それは大変だ。」


 そう答えながら、イルアンは内心で苦笑した。初対面の相手に、実は、と前置きして語るなど「これは作り話です」と白状しているようなものである。だいたい、その話が本当であれば、まさに怪しいと疑っている相手にひけらかすとも思えない。十中八九、彼らが追跡している貴人とやらはリアネスのことだ。そう考えたイルアンは、昨夜耳にしたヴェンノール達の逃亡劇を思い出して、その設定を借り受けることにした。


「俺たちは彼女を、故郷のザザムへ送り届けるところでね。」


 そう言って、イルアンはリアネスの目元まで布を押し下げて、血の滲んだ目元を確かめさせた。柔らかそうな茶髪が覗くと、兵士たちの表情に暖かな気遣いが浮かび上がってくる。


「見ての通り、だいぶ体調が悪いんだ…伝染病かも判らんから、布で包んでいる。ようやく竜車が手に入ったから、急いで橋を渡りたいんだ。道案内を一人、雇っている。」


 そう言って、イルアンはヴェンノールに話題を振るのを口実に振り返った。準備完了と、荷台の上でネリネが頷くのが見えた。


『おい、うちの娘をたぶらかそうったって、そうは行かねぇ。あと五年は待てや。そりゃあ高く売りつけてやるからな。』


 ヴェンノールが、イルアンの知らない言葉で兵士に向かって何かを言った。イルアンの故郷は農業都市国家ザザムの支配領域と接していたから、その言葉がザザム語であることだけは何となくわかった。兵士たちも、言葉に対する理解度はイルアンと同様であったらしい。何やら仲間内で何やら相談をすると、


「急ぎのところ、引き止めてしまって悪かった。竜車は橋の前で検閲があるから、我々も同行して、ここで浪費した分の時間くらいは取り戻してあげよう。」


 と言って、竜車を先導して歩き出した。もちろん一行が実際に向かっているのは王国領の都なのだが、ザザム領に向かうにしても橋を渡る必要はあるから、嘘がばれる心配は無い。イルアンは、ほっと胸を撫でおろして、動き出した竜車へとよじ登った。


「二人は、乗らないのかい?」


 セテとヴェンノールは、左右に分かれて竜車の脇を歩いている。兵士たちにも内容が聞こえてしまうから、自然、離れた相手と交わす言葉数は少なくなる。


「いくら地竜が頑丈だからって、一頭で引けるのはせいぜい三人までよ。重傷者と、足を怪我している人に、年少者。私と彼は歩いたほうが、結果的に早くザザムに着くことになるわ。」


 そう言って、セテは油断なく左右に視線を走らせた。ここまで極力目立たないように進んで来た一行であったが、竜車での移動はどうしても衆目を集めがちである。どこに悪意が潜んでいるかもわからない。先導している兵士たちとて、いつ再びリアネスのことを疑い直すかもしれないのだ。

 橋の入口に着くと、通りの中央に立っていた男が右拳を左手で包んで胸の前に掲げ、イルアン達を先導する小隊に敬礼した。


「よう、ご苦労さん。どうした?」

「彼らに余計な疑いをかけてしまった。検めは終わっているから、通してやってくれ。ザザムへ向かう途中とのことだ。」


 男は荷車の上に身を乗り出して目元に血の涙を浮かべた少女を覗き込むと、小隊長に向かって呆れたように口を曲げた。


「おいおい、王女は今年で十九だろう。この子は、どう見ても幼すぎるぜ。」


 そう言って男はイルアン達に向き直ると、「災難だったな、通って良し。」と言って道を開けた。


「ありがとう。」


 男の態度に違和感を抱きつつ、イルアン達は橋の上に竜車を走らせた。と、その時。


「ん?おい、待て。」


 背後から、男の声が掛かった。


「…まだ、何か?」


 振り返ったイルアンが見たのは、男の背中である。手元に抱えた何かを凝視して、先の小隊にその何かを見せている。


「お、おい、それって。」

「ああ、間違いない。上級の火水晶なら、王女が近くに居れば、熱く光る。」


 ばっ、と布のはためく音がして、六人の兵士が振り返った。咄嗟の仕草には、普段から考えていることが現れるものだ。王女と言われて納得するだけの美貌だと思っていたから、イルアンは、反射的にネリネに視線を送ってしまった。その様子を見た兵士たちの目が、追手のそれに変わる。


「お、追え!付き人の方が王女だ!」


 疑念を確信に変えた兵士たちは、川中に響く角笛を吹き鳴らした。耳を塞ぎたくなるほどの轟音の中、セテがすっと地竜の脇に駆け寄り、尻を叩いた。


「走って。」


 グアアと叫びを上げて、地竜が板張りの橋を蹴った。セテとヴェンノールも全力で後を追ったが、十歩としないうちに思考を切り替える。この速度差では、一緒には逃げられない。


「目的地で落ち合いましょう!」


 全力の七割ほどに速度を落としながら、セテが叫んだ。頷いたネリネの向かいで、失態を犯した青年がうな垂れて頭を掻きむしっている。イルアン達を乗せた竜車はみるみるうちに小さくなり、セテとヴェンノールが橋を渡り切ったときにはもう、それ自体が巻き上げた砂埃に隠れてしまった。

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