過ぎた力
厩舎の支配人は、でっぷりと太った男であった。車を引かせるための地竜を探している旨を伝えると、「こっちだ」と奥の方へと三人を誘った。
「手前側にいるのは、貸し出し先や売り先が決まっているやつらだ。契約者がいつ来ても良いように、見えやすいところに移動している。お前らに見せられるのは奥にいるやつらだが…まあ、その。」
「売れ残り、なんだな。」
支配人は小さく頷いた。
「足腰が弱かったり、気性が荒かったりでな。ここから秋に掛けては何をするにも手が足りなくなるから、そいつらも誰かしらに引き渡すことになるとは思うんだが。荷車を引いて旅をするとなると、今残ってるやつらじゃあ厳しいかも知れん。」
鳴き声を右耳に聞きながら、一行は一番奥の厩舎に辿り着いた。その厩舎だけ、他と明らかに雰囲気が違う。
「ここは、静かね。」
セテの呟きに、支配人が首を二回振った。
「地竜は頭が良いから、自分が売れ残りだとわかっちまうのさ。つまりこいつらは、劣等感で落ち込んでいる真っ最中って訳だ。」
厩舎の中に入り、陰気な地竜たちのすぐ近くまでやってくる。逞しい四つ足を地面についたそれは、背中までの高さだけでも、リアネスの頭頂を軽く超えるほどの大きさがある。首をもたげる姿を想像して、その威風にイルアンは息が詰まるのを感じた。
「おいでよ。」
一番近場にいた最も大きな個体にリアネスが手を差し出してみるが、地竜は見向きもしない。その様子を見て、イルアンが支配人に顎を向けた。
「まさか、これで金貨四枚とは言わないよね?」
「そうだな、相場通り払えとは言わないが。昨日は金貨一枚で買い叩こうとした商人が居てな、金貨二枚でどうだ、と言ったら、あっさり引っ込んじまった。」
「金貨二枚、か。」
昨日の商人というのは、ヴェンノールのことかも知れない。彼の手持ちは金貨一枚分にも満たなかったから、二枚と言われては保留せざるを得なかったのだろう。見方を変えれば、金貨二枚で地竜を手に入れることはできそうだが、果たして無駄金と化してしまわないか。
「あら、何かしら?」
先ほどのリアネスを無視した大きな地竜が、セテの姿を認めて近づいてくる。苦しげに鳴き声を上げるが、それが何を意味しているのかは、セテにはわからない。
「お嬢ちゃん…その金髪。もしかして、黒の森の出身かい?」
「ええ、まあ。」
支配人は人の良さそうな笑みを浮かべて、手を擦り合わせた。
「きっと懐かしいんだよ。どうだい、金貨三枚でこいつを連れて行ってみないか?」
「昨日の商人に言った額より、増えてるじゃないの。」
人に懐かないことが、安売りの理由だったのだろう――地竜がセテに愛想を振り撒きだしたと見て、値を釣り上げたのだ。実に強かである。
「あ。」
セテが支配人に気を取られていると、地竜は絶望したように首を振って、厩舎の奥の方を向いてへたり込んでしまった。と、そのとき。
「リアネス?」
小さな影がヨロヨロと柵を乗り越えて、地竜の背に優しくもたれかかった。慌てた支配人が牽制用の棒を取りに場を離れると、その隙にリアネスは、イルアンとセテにだけ聞こえる声で地竜に語りかけた。
「何か、伝えたかったんでしょう?良いわよ、今度はちゃんと聞いてあげる。」
地竜の目が大きく見開かれ、クワワッと小さく鳴いた。それから文節を思わせるような塊で何かを語り終えると、リアネスに向かって心配そうに首を傾げた。
『わかったわ。』
リアネスが言葉を真似して見せると、地竜の鱗が一斉に逆立ち、平時の数倍もの隙間を生じさせた。竜族が本気で驚くと、ああなるんだな。貴重なところに居合わせたものだと、イルアンは顎に手を当てて感心していた。すると、セテが隣で「あっ」と小さな声をあげて、瞬く間に柵を飛び越え、リアネスの元へ駆けた。見れば、鼻から血を垂らしたリアネスが、今にも倒れそうにフラフラと揺れている。顔色は、蒼白。イルアンは直感を得て、反射的に地面に右手を付いた。
(まさか…まさか、そういうことだったのか⁉︎)
右手を通じて見えたものは、恐れた通りのものだった。地竜の言葉を習得した際にリアネスに流れ込んだ竜脈が、急速に地中へと引いて行っているのが判る。ここまでは、以前にも見たことがある光景だった。しかし、セテに抱き抱えられている、小さな体の中心。
(入り込んだ竜脈が、渦のように回り続けている!)
竜脈は、ただ知識を授けて去っていくだけではなかったのだ。その一部は小さなリアネスの体内に留まり、彼女を蝕んでいる。セテに支えられてようやく柵の手前まで戻って来たリアネスは、絞り出すような声で言った。
「金貨二枚は、前金よ。」
「え?」
「残りは、必ず、後で払うから。四枚で、この子を。大丈夫、やる気、ある、か、ら。」
リアネスはそう言って、血の涙を押し出すように目を閉じた。




