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護衛の腕前

 やはり、本物だ。

 行動を共にするにつれて、セテとリアネスは護衛役の少女に対する信頼を深めていった。ネリネが選ぶ店の主人は総じて物腰の柔らかな人格者ばかりであったし、女三人で市場を歩いていても妙な絡まれ方をされない。


「店構えで、主人の為人(ひととなり)は、大体わかる。あ、そこ、待って。」


 指示に従って立ち止まると、その数拍後、通りの少し先を飲んだくれた一団が横切っていく。

 また、当たった。

 セテとリアネスは、目を見合わせた。待て、戻れ、急げ。ネリネの何気ない指示に従っていると、不思議と面倒ごとに巻き込まれない。一度気づいてしまえば、ネリネの言動全てが二人を護るためのものであることが見えてくる。熟練の護衛と共に海岸沿いを東進したセテとリアネスは、エンバドを離れて最初の港町にたどり着いた。その間、危険の気配すら感じていない。


「なんか、ネリネって、見てて息苦しいよね。」


 リアネスの言葉に、セテは思わず肯定の意を込めて苦笑してしまった。面倒ごとの回避能力は、後天的に身に付けたものだろう。そうしなければならないほど、ネリネの外見は人々を惹き付けるのだ。


「私も、髪を伸ばしてみようかしら。」


 薄茶色の瞳に、金色の髪。ネリネの風貌は、セテの故郷、黒の森の一族に良く見られる組み合わせではある。もちろん彼女の顔に見覚えは無いが、どこかで血が繋がってはいるのかもしれない。やたらと面倒ごとに巻き込まれるようになるほどの美貌とまでは言わないが、ネリネと同質の素養は自分にもあるに違いないと、密かにセテはほくそ笑んだ。


 日暮れ前に買い出しを終えたところで、三人は町の外周を囲う壁越しに変化を感じ取った。南西の方向、昼過ぎまで黒い雲が掛かっていた山々の頂が露出し、夕陽を背景に赤く輝きだしたのだ。


「ティック、起きたんだわ!」


 そう言って、リアネスが二人の周りを跳ねまわって喜んだ。あとは、無事にイルアンと合流できれば、直近の不透明要素は無くなる。


「どうする?この町で、イルアンが合流するのを待とうか。」


 セテの問いかけに、ネリネは少し考えて首を振った。


「あそこからは、何本か道がある。イルアンは、ここを通らないかもしれない。合流を約束しているのは、王国領への橋を渡ったところ。私たちは、予定通りそこへ向かう。」


 セテとリアネスは、護衛の提案に深く頷いた。イルアンだけに居場所を報せられればいいのだが、下手に痕跡を残せば、追手たちもそれを嗅ぎつけて迫ってきてしまうかも知れない。


(仲間内だけで通じる暗号でも用意しておけば良かったかしら)


 胸に浮かんで来た薄い影を、しかしセテは溜息一つで消化した。事後に最適な選択肢が見えて来ることは、少なくない。それを見つけられなかったことを逐一自責にするのは、傲慢というものだ。

 今回は、別れる前にそこまで頭が回らなかった。だが、この経験は今後に活かして行けば良い。時間は戻らないのだ。


「日が暮れてから、宿を探すと、代金が跳ね上がる。少し早いけど、今日は、この町に泊まる。」


 ネリネが見繕ったのは、軒先に花壇の並んだ小さな宿であった。よく見ると、花壇の場所によって様子が違う。花が咲いている部分、つぼみの部分に、枯れ萎んでいる部分と、様々な段階ごとに区切られているのだ。


「いらっしゃい。」


 ネリネが扉を開けると、店主と思しき壮年の男が立ち上がって声を掛けてくる。じっと、一人ずつに視線を置くと、男は小さく頷いて三人を迎え入れ、必要最小限のやり取りで二階の部屋へと案内してくれた。


「無口な人だったわね。」


 部屋の扉を閉めるなり、リアネスが呟いた。が、その直後、ワイワイと楽しそうな店主の声が、階下から響いてきた。どうやら、次に来た男の客とは、大いに世間話を交わしているようだ。扉に耳をつけたセテが、漏れてくる会話の他愛無さに安堵して嘆息する。


「ネリネ、あのおじさんは、知り合いなの?」

「初対面。この町に泊まるのも、私は初めて。」


 だとしたら、ずいぶんと察しが良い男だ。おそらくあの店主は、私たちの旅装や仕草から緊迫感のようなものを汲み取ったのだろう。その察しの良さが、自分達に不都合な方に転んだら、どうなるか。

 考え込んだセテの顔を見て、ネリネが小さく呟いた。


「大丈夫。枯草を、愛でている人は、追われている客を、差し出すような真似はしない。」

「…そういうあなたにも、時々驚かされるわ。まるで心を読んでいるみたいに、こちらの考えていることを当ててくるのだから。」


 最初は率直に不気味だな、と思った。だが目ざといネリネは、そのセテの直感も拾い上げてしまうのだろう。そう思うと、目の前にいる年下の少女が哀れにも思えた。自分を見つめるセテの表情が和らいだのを見て、ネリネが首を傾げて目を逸らした。


「あなたも、そんな目で私を見るのか。」

「ああ、ごめんなさい。察しが良すぎるのも、大変だなと思って。」


 ネリネはゆっくりと首を振って、セテの言葉を否定した。


「問題ない。それのお陰で、あなた達を助けられる。しかし、損得抜きで、私を案じる物好きなど、そうそう現れないと、思っていたが、四人目…あと一人で、賭けに、負けてしまう。」

「賭け?」


 ネリネは二人の問いには答えなかったが、初めて、小さく笑った。それは妖艶さよりも、あどけなさを感じさせる可愛らしいもので、セテとリアネスは思わず両側からネリネに抱き着いて頭をぐしゃぐしゃとかき回してしまった。

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