嵐の原因
正面に立ったイルアンは、思わず短剣を構えた。しかし、横から来訪者を庇うように手を出した者がいる。ネリネだった。
「追手では、あり得ない。長い白髪に、緑の瞳。この女は、あまりに目立ちすぎる。」
そう言ってネリネは女に向き直ると、扉を閉めるように促した。嵐が再び壁の向こうに行ってしまうと、女は頭頂から絞るように髪についた雫を落とし、革製の外套を小屋の隅へと放り投げた。女はそれだけでは終わらず、濡れた衣服を脱いで肌を露出させ始めたものだから、セテは無言でイルアンの体を壁の方へと向けた。
「あ、それ。」
女が首から下げていた装飾品を外したところで、リアネスが声を上げた。五角形に近い板状のものに小さく二つの穴が空いており、そこに紐を通すことで尖った側が下に来るように調整してある。女は装飾品を床に置く途中で動きを止めて、裸のままリアネスの方を振り返り、見せつけるようにそれを掌の上に乗せた。
「あら。これが何か、知っているの?」
リアネスは逡巡した。果たして、彼女が信頼に足るものなのか。これが、飛竜の鱗に見えたと口にした顛末として、自分たちの旅に不利益をもたらすかもしれない。そうして黙ってしまったリアネスを前に、女は苦笑して首飾りを床に置き直した。
「そういう時は、『知らない』って言わないとね、お嬢さん。黙っていたら、知っているのがバレバレよ。」
「あ。」
無防備なリアネスの受け答えに微笑みながら、女は顔を寄せてリアネスに言った。
「ねぇ、教えてよ。これが一体、どこから来ているのか。」
「ち、父の形見みたいなもので、持っていたことがあるだけなの。もう無くしてしまったわ。それで、あなたはこれをどこで?」
女は興味深そうに少女の目をじっと覗き込んだ。数拍もそうしたあとで、ふっと目の力を緩めて息を吐く。
「商売仲間から買ったのよ。そりゃあもう、目が飛び出るような高値でね。それで今は一山当ててやろうかと思って、これの出どころを探っているってわけ。ほら、これ、妙な力を帯びているじゃない?だから、嵐の中心に何か手掛かりがあるかもって思ってね。どうやら的外れだったけれど。」
荷物から着替えを取り出して来たネリネが、女の耳元で囁いた。
「あなたが、私の、想像した人物なら、嵐程度で、難儀しているはずが無い。つまり、あなたは、彼女では無い。それで、良いか?」
女はネリネの顔を横目で見つめて、軽く頷いた。
「あなたも、色々大変そうね。」
ネリネはその労いには答えず、女の体を拭きあげ、布でくるんでやり、乾いた服に換えてやる。
「もういいかい?」
部屋の隅で壁の方を向いているイルアンが、物音が落ち着いたのを聞き計らって声を掛けてくる。セテが肩を抑えているから、しばらく振り返ることが出来ていない。
「大丈夫よ、美女を三人も侍らせている好色さん。」
女が答えると、イルアンは苦笑しながら振り返った。
「さっき四人目が飛び込んで来たところでね。あと一人増えると、両足まで使っても足りなくなる。さ、君が一体何者なのか、教えてもらえるのかな。」
女は胸の前で指を組み、掌を自身に向けるようにして一礼した。手の内をあかさない、商人の所作だ。首元では、先ほど話題に上がっていた高額商品とやらが、暖炉の火を反射して鈍い光を放っている。
「ウィルよ。年は十九、出身は王国の市街、特技は明日の天気を当てること。行商人だと思ってくれて構わないわ。」
イルアン、セテ、リアネスと順に自己紹介を返し、最後にネリネが口を開く。
「ネリネだ。塩とか、水晶とか、商品の相場を調べて依頼主に伝えている。」
ネリネの言葉にウィルが「ふうん」と微笑むと、ネリネはため息を吐いて視線を落とした。
「知り合いだったり?」
「初対面。見たことは、無い。」
ネリネの様子に違和感を抱きつつも、イルアンは来訪者の方へと意識を向けた。
「で、ウィル。この嵐が俺たちのせいだっていうのは、一体どういうことなのかな。」
イルアンより二つ年長の女は、濡れた髪を手で梳きながら視線を床に置かれたイルアンの背嚢へと向けた。
「天気を当てるのが得意だって言ったでしょう。それは何も、直感で言い当てる訳じゃないのよ。風向きとか、蒸し暑さとか、そういうのを組み合わせて、よぉく考えると見えてくる。そして、この嵐ね、ずっとこの小屋に吹き込むように風が吹いている。気づいている?この小屋の中、ずっと同じ方向に風が流れているのよ。外の風が強くても、弱くても、ずっと同じ方向に、同じ強さで。」
ウィルは背嚢から目を離すと、イルアンの目を見つめて言った。
「その背嚢、何が入ってるの?」




