証言Ⅹ アヴァリチア公爵
アヴァリチア公国専制君主、アヴァリチア公爵付き王宮士官レハヘル。先代アヴァリチア公の日記について、故人の名誉と尊厳を侵害しないよう配慮した上で、この件について報告書を提出します。
アヴァリチア公国は、準国家である。故に、国際上はダアト国の領土であったが、ダアト人はその存在を知らなかった。何故なら彼等の領土は、ツィオン山を越えた所にあり、アンモナ家以外の七家族ですら、その存在を知らなかった。例外として、ヴィアナルス家は、公領との境目に位置していたので、村長とそれに準ずる立場の者―――マルタッタ・ヴィアナルス、マルク・ヴィアナルスは知っていたと思われる。
初めに公に連絡を取ったのは、マルタッタ・ヴィアナルスだった。それは先の証言でもある通り、カリエラ・アンモナの子供の権利条約違反による人道的救済を求めるものだった。アンモナ家と言えば、公爵家とは遠戚関係に当たる。アンモナ家の人々は、家名の『アヴァリチア』の嫡流の者だからである。公は心を痛め、その救済を約束した。しかし、名前も知らぬ、会ったこともない人間の援助で、家族を引き裂かれるとなれば、逆に父ニタのプライドを傷つけ、事態は悪化する可能性があった。そこでまず、心理的家庭内暴力を受けている妻アシャリヤに働きかける事にした。ニタはこの頃引っ越しをし、外界とは離れた場所に妻子を移した。これは、周囲の理解が得られない妻子にとっては良い環境だった。先ずニタの心理的援助の為、公領に招待した。その間、アンモナ母子の命が脅かされないように、訪問をしたい旨を公は伝えていたが、ヴィアナルス村長の許可が出ず実現しなかった。彼等から見ると、『アンモナ母子は気違い』として子供に教育した為、その扱いが人道に反する行いであると指摘されることは、彼等のプライドと伝統を損害することになる。その為、その間に母子に起きたことは、まったく気づけるところにはなかった。カリエラの殺人疑惑に関しても、公はマルタッタの検死を申し出たが、遺族に断られれば出る術がない。そこで公はカリエラに、『外』の存在と、公の意思を伝えた。
次に公に連絡を取ったのは、カリエラ・アンモナだった。友を喪い、母を失い、復讐に身を焦がす彼女は、ダアト国内での出世と、『革命』の意思を伝えてきた。自分一人では誤魔化せない殺意や憎悪を封印するためのカウンセリング、人脈づくり、資金援助などである。教会にも秘密で、ミズ・ハーヤーを通して交換された書簡の数は、二千をゆうに超える。その数が、カリエラの決心の強さを物語っているとも言えよう。
最後に公に連絡を取ったのは、マルク・ヴィアナルスだった。マルクも同じく、革命を望んでいたが、カリエラの『革命』が『改革』の性格を帯びていたのに対し、マルクの『革命』は『武力革命』であり、流血は免れないものだった。公は、武力革命は援助できない、平和的解決をするようにと説得したものの、それが叶う事はなかった。国際上公爵家とヴィアナルス家が同じダアト国民である以上、経済制裁などが取れるはずもなく、公は教会員になれるように後押ししたカリエラに、不穏分子についての忠告を発する対策をした。
そして、カリエラ・アンモナから、再度連絡が来た。それは、法王に勅令を出すように圧力をかけて欲しい、とのことだった。カリエラは、改革のためにある程度の犠牲を覚悟していたが、それでも特に、生かして残って欲しい友人が、四人いると言った。それが、サンダルフォナ、レラー、メヴァーエル・ミカエリ、そしてペラッカである。カリエラが書面を送り、公は法王に働きかけ、表向きは聖女認定、及びその従者としての勅令を出すように言った。その真意は、カリエラが死亡した後、目的を達成させることの代行者とする為である。
公はカリエラの人選について、何度か協議した。余りにも人選の対象が幼かったためである。それに関して、カリエラは以下のように答えた。
メヴァーエル・ミカエリを選んだ理由は、彼女がミカエリ一族の落胤であることと同時に、一族の中で比較的地位が高くありながら、その中でも法王に遠く、また世俗の事に関心が深いために政治的にも教義的にも向上心が無い為である。此度の人選では、唯一政治的意味のある活動が見込まれる。アイドルへの傾倒は一つの目標に対する情熱のかけ方、没頭の傾向の指数と考える。故に彼女が改革に携わる事で、民意のミカエリ一族への信頼は大きく揺るぎ、ダアト人の精神性への働きかけに最も有効である。
レラーを選んだ理由は、本人の意図とは反し、高く幅広い軍事特技を持っている為である。革命に軍事的要因が加わり、その力が強くなった時、即戦力として、また隠し玉としての潜在性を大きく秘めている者の存在は大きい。また本人が優れた成績を修めていない事から、比較的低次の教育が成される可能性は大いにあるが、つまりそれは言い変えれば、必要最低限の技能だけを継承し、机上の空論による雑音に左右されない職人を養成する力を最も有するものである。
サンダルフォナを選んだ理由は、ペンション・ハーヤーの従業員であり、自身も南アインの出身―――カリエラはサンダルフォナの出自を知らなかった―――であることから、参謀・情報員としての役割を強く期待できる者である。またレラーとは対照的に、ヤハーエル高等学校での成績は主席であるので、頭脳戦、作戦会議において重要な戦力となるものである。ハーヤーの下にいるので、ダアト国の民俗医療にも、『外』の医療にも明るく、衛生兵としても期待が出来る。レラーと違い、マルチな人材にはならないと考えられるが、どの方向にも伸びる可能性がある逸材である。
そして、ペラッカを選んだ理由について―――公はカリエラの絶対の意思が働いたのは彼女だと付け加える。
ペラッカはカリエラが知る限り、最も臆病な『少女』だった。死を恐れ生に汚く、平凡に染まり特異を嫌う。権力に従い反発を避け、従順を尊び謀反を蔑む。恐怖に弱く勇猛に遠く、怒れども声を上げる事は決してない。彼女のような平凡で影響力の弱く、思想も意思も軟弱な娘が、この革命には最も必要だった。何故なら、『平凡』こそがカリエラの敵だったからだ。彼女という存在を平凡足らしめる習慣、思想、文化―――ダアトの文化を最も強く受けた、生粋のダアト人、それがペラッカである。もし一連の行動で誰か一人残るとしたら、それはペラッカであり、もし一連の計画で頭角を現すとすれば、それはペラッカである。彼女は、カリエラが知る限り、誰よりも特徴の無いダアト人。ダアト人であることに誇りさえない。発達途上の未熟な文明人である。
その故に、彼女を『文明人』に育てる事が、一連のダアト人の精神性を測る大きな目安となる。この故に、彼女は聖女となりうる。彼女が聖者であることが、革命により倫理観や道徳観をリセットされたダアト人のプライドを傷つけることなく、ダアト人を『文明人』足らしめることが出来る。
以上四名を、『国際関係の特使』として、国内外での地位を約束する勅令を出し、その勅令の形式を『聖女』『従者』とするよう、法王に強制した。公はその時見返りに、ダアト国への従順の証として、ダアト国紙幣換算で一億キンを用意した。これはアイン七家族の平均的な資産の二倍に相当する。『病』を徹底排除するダアト国は、『不治の病』を見つけると、老い、弱る前に『天使』にしていた為―――つまり安楽死、後に焼き切り―――その予算の捻出に苦心していた為、この申し出を受け、更に倍を請求した。公の私財では足りず、国連がこれに協力し、国際上の義務を果たさなければ国土への侵攻及び内政干渉の動機を与える事になった法王は、この要求に従った。
表向きは『聖女』『従者』として、その真意は、『ダアト国の統率の為の工作員』である。
以上で報告を終わります。




