証言Ⅱ ハホヤー・ナタス
アイン七家族が一家ナタスの家長ハホヤー・ナタス、この件について証言しておきます。
私には娘が二人おります。姉のアシャリヤ、妹のミトラです。二人とも優秀で、男の子に恵まれなかった私達夫婦を、跡継ぎを産まなかったと責める者は誰も居りませんでした。況してナタスの住民たちは、アヴァリチア・アンモナの同胞を多く匿った家ですので、望んだ子供が生まれない事には寛容だったのでございます。
姉のアシャリヤは、ナタスの砦を継ぐために、様々な所へ留学させました。もう間もなく、夫が隠居しようと言う頃でした。その時アシャリヤは、西アインと北アインの境目にある、旧アンモナ家の館の管理をさせていました。その館は、主にヴィアナルス会の若い戦士や、西アインの商人などが、山裾の森で修行するときや採集、加工作業をする時に、寝床としていたところでした。アンモナ家が手放した後、私共ナタス家が、第二の砦として使おうとしていたのです。
そこに、アンモナ家の正統後継者でありながら、その地位を捨てた一人の男がやってきました。彼の名はニタ・アンモナ。シャムシェル・アンモナと、ルシフェラ・アンモナの一人息子です。
アシャリヤは一目で、ニタさんを気に入りました。アインで修行をしていたアシャリヤは、ダアトの文化にも興味を持ちましたし、何よりもアシャリヤは、ニタさんに一目惚れしていたのです。恋に落ちた二人は、やがて結ばれるだろう、と、思っていましたし、実際にその通りでした。
ところがまだ二人が結ばれる前、本当に直前のことだったのですが、アシャリヤの存在がアンモナ夫妻にばれたのです。アンモナ夫妻は、アインに出戻った息子ニタではなく、その子供、つまり孫を後継者にしようと企てていました。アシャリヤは既に、アンモナ家に嫁ぐことを決め、跡継ぎの座を妹のミトラに譲っていましたので、喜んでアンモナ夫妻と同居すべく、ダアトに入りました。アシャリヤは自分が母親にとってそうだったように、跡継ぎたるもの、先代への敬礼が何よりも大事である事、そして、優秀な跡継ぎを生むことに、何も臆した所がありませんでした。渋るニタさんを引き連れて、ご挨拶に行きました。
その時どのような会話が成されたのか、私は勿論、ナタスの通信兵さえも掴めませんでしたが、その時アシャリヤが妊娠していたことに、酷いバッシングがあったそうです。アインには無かったのですが、ダアトには結婚を約束した間柄でも、結婚して暫く、一種の『慎み』が終わるまで、セックスは勿論、ペッティングさえ禁止していたのです。ダアトの習慣に反発していた、況してダアトで暮らす予定の無かったニタさんと、そんな文化を知らなかったアシャリヤは、突如として我が子を殺されるかもしれない、若しくは、奪われるかもしれないという恐怖の只中に捕われました。
しかし、アシャリヤは無事に女の子を生みました。予定日より半月ほど早く、籍を入れる準備中でしたので、「未婚の母」でした。
アシャリヤは、産湯と初乳と名付けを済ませたばかりの娘を、妹のミトラとその夫ヨエルに引き取らせ、アインに返しました。だから、アシャリヤの長女は、ダアトで育っておりません。
しかし出産後アシャリヤは、再び身籠りました。この時は既に籍を入れ、『慎み』の期間が終わっていましたので、アシャリヤの二度目の妊娠は、ある種の計画性によって生まれたと言っても良いでしょう。産まれた子供は、女の子でした。アシャリヤはこの子に、カリエラという名前を与えました。だから、カリエラ・アンモナは、アシャリヤの次女なのです。
ところが、アンモナ夫妻は漸く自分の手元に現れた孫―――長女は死産したと知らされていたので、彼等にとっての初孫を抱いて、大司教の孫として、将来を大司教に定めるべく一種の帝王学を授けようとしました。アシャリヤはこれに大反対しました。愛し合って産まれた長女を『淫行の末に生まれた大姦婦』と罵り、一種の床儀式によって授かり産まれた次女を『神に是認された妊娠』と言った夫妻に、アシャリヤは怒りを隠せなかったのです。無論、私たちもナタスの住民も怒りました。
尚悪いことに、ニタさんはこの問題に関して発言力がありませんでした。自分が後継者に戻る事は出来ませんし、なったとしても長女として認知されているカリエラが将来後継者になることは目に見えています。それでいながら、自分の成育歴を真っ向から否定するアシャリヤの味方をし、妻子を護ると言う事もしませんでした。いえ、出来なかったのでしょうか。ニタさんは、妻子は当然のように、そしてまた、両親も当然のように愛していたのでしょう。私たちにはもう確かめる術もありませんが。
アシャリヤは結局、姑と舅との対立を選び、カリエラとニタさんを引き連れて、最も軍事力があり、反発意識の強いヴィアナルスの都―――当時はそこそこの大きさの村だったあの極寒の地へ移り住みました。また、ヴィアナルスの村はツィオン山の頂近くにあり、その気になればツィオン山を越えれば、外国に行くことが出来る、というのも、アシャリヤの選んだ理由だったのでしょう。生家であるナタスからは嫁いだ身ですし、何よりその頃にはミトラは不妊治療に悩まされていましたので、私どもの所には居られなかったのだと思います。
一方、アシャリヤの妹のミトラは、姉から譲り受けた長女を育てていましたが、長女が実の子供ではない事を幼い頃から隠しもしておらず、寧ろ実の母である姉の許へ、定期的に手紙を書かせていました。長女はその甲斐あって、素直に育って行ったとのことです。私共とも手紙のやり取りをしていました。
しかし、独り蚊帳の外だったミトラの夫のヨエルさんは、そのことについてだと思うのですが、心労から倒れてしまいました。ミトラは既にナタスを継いで久しかったので、本家の仕事を委託し、夫と、長女を連れて南アインの寒村に移り住みました。ですので、長女はゼブルビューブで幼少期を過ごしました。
長女が成長していくと、やはり血の繋がりの無いと言う事は、大なり小なり影響致します。長女はダアトへの留学を含め、中等教育修了と同時に自立を意識する様になり、私共の所にも相談の手紙が送られてきました。私共は長女の自立の全面的なバックアップを約束し、彼女がダアトに住む手助けをしました。その内の一つが、ペンション・ハーヤー、私共の言葉で言う所の、ヤハエル基金の存在です。ハーヤーは、ダアトに暮らしながらアンモナに仕える家に生まれた古老です。レラーの家は、ヴィアナルス会のスパイの家でした。無論、レラーはその様な事は知りませんでした。ですが、ハーヤーの家は違います。ハーヤーの家は、南と北、東と西を中継する、いわば伝令の家。私共は彼女に、長女を任せる事にしました。ですので、私どもは長女の名前こそ知っていますが、顔は知らないのです。
―――記録はここで終了している。




