EPISODE66 しょけいだい
目覚めてから、ペラッカは急いで、久しぶりにカリエラの作った防具を身に着けた。妊娠させられる前の服を着るのは久しぶりで、臍から下が入らなかったが、そんなことを言っている暇はない。兵士に『国の新生を見ずして国母は名乗れない』という言葉が出てきた自分は、誰かが乗り移っていたに違いない。兵士は納得して、サンダルフォナに処刑を見せたいと言うと、ハーヤーをやっと呼んでくれた。ハーヤーがサンダルフォナを背中におぶり、処刑広場―――中央公園に急ぐ。夏頃には、住人の視線を痛々しく感じながら、南門へ目指していたのに、今では巨大なカッターの刃が聳え立つ、変な衝立のようなものが、噴水の代わりに置かれている。見えやすくするためか、ペラッカの首元くらいまでの高台と、丁度ペラッカと目線が合うくらいの高さの雛壇が作られていて、既に首が五つ、並んでいた。その中に、メヴァーエルの首は無かった。ホッとしたのもつかの間、ひそひそとハーヤーが訪ねる。
「ペラ、いいんだね?」
「うん。国母として、通る」
「分かった。…お嬢が、アンタを選んだ理由が分かる気がするよ」
理由を問う前に、ハーヤーは見張りの兵士を呼びつけ、何かを説明した。兵士はそれを聞いて、処刑台の方へ駆け上がる。処刑台には、真黒な服を着たマルクと、ネツァクがいた。ネツァクは腹の部分が血塗れで、右腕も血塗れだ。足元だけが、奇妙に血で汚れている。良く見ると、斬りおとした首は、ネツァクがあの雛壇に置いているらしかった。
「お待たせしました。国母様、こちらにいらしてください」
兵士に手を惹かれ、ペラッカはハーヤーと分かれた。ハーヤーは処刑台が良く見える、反対方向へ走る。それを確認しながら、処刑台を登ると、もう一人知らない男がいた。彼は何のために居るのだろう。
「ペラッカ、そんなに腹を出すな。衝撃があったら大変だろう、冷やしても駄目だ」
これを巻けと、マルクは自分の着ていた黒い外套を脱ぎ、ペラッカに着せ、ボタンを締めて腹を覆った。
「今日の処刑者の中に、あたしの友達はいる?」
「それを知ってどうする。お前は国母として覚悟が定まったから来たんじゃないのか」
「だからこそだよ。この処刑と一緒に、あたしの友情も一緒に殺す。だから教えて、あたしの友達はいるの?」
マルクは少し考えてから、読み上げろ、と、ネツァクではないもう一人の男に命令した。男は本を開き、昂揚した声で叫んだ。
「本日の処刑について、陛下から再びの名を受け、今日、王宮警視監ネツァクの名においての裁きを受け斬首刑に処せられる罪人の名前を読み上げる! 尚、既に処刑した五名については省くものとする!」
首を切って何も文句を言えない人間には、興味が無いらしい。実際、ペラッカも自分の中が凍り付いて行くのを感じながら、『その名前』が、呼ばれることを待っていた。
メヴァーエル・ミカエリと、カリエラ・アンモナの名前が呼ばれた。
「そう、二人は同じ日に処刑するんだ」
「アンモナ家の三人は影響力が大きいからな。アダムとエバの件を見ても、シスター・ラファエラが生きている事に活路を見出す連中がいるかもしれない」
似たような事を昨日聞いたな、と、ペラッカは思った。
「ねえ、メヴィとカリエラの首、あたしに斬らせて」
「………。お前、どうしたんだ。何を焦っている?」
「そりゃ焦るよ。死ぬのは一回だけだもん」
「…母体に負荷がかかる。許可できない」
「後悔する方が、ずっと尾を引くよ。二人のだけでいいから、やらせて」
どんな瞳をしていただろうか。腹が痛いのも気にせず、ペラッカは睨み上げるようにマルクに詰め寄った。マルクは暫く見つめ返していたが、ふと、ペラッカの腹に手を当てた。
「………。胎動が分かるくらいには成長したか。育成剤の効果が出てるな」
「やらせてくれるよね」
「いいだろう。だが今すぐ、二人続けてだ。それ以降は帰って身体を休めろ」
「うん、その方がいい。」
マルクが何か指示を出す。処刑台の後ろには、百人を越える老若男女が、全員白く肩の出た薄着を着ている。死に装束にしては、その服を着ている人間は皆青白く見えて、もう死んでいるような気がした。ただ、その目元はぎらぎらと煮立っていて、涙が沸騰しているようだった。皆腕を後ろ手に縛られ、その腕を腰に縛り付けられる形で、数珠つなぎになっている。一人だけ逃がす、ということは絶望的だ。しかし、遠くの方で列が乱れ、ききいと女の叫び声が聞こえた。
解っている筈なのに、その結果を導いたのは自分なのに。
お腹が痛い。今日は確実に下痢してるな、と、どこか遠くから自分のバランスの悪い身体を見下ろす。引きずり出されたメヴァーエルが、腹の中身を股から引きずり出すような目で見上げている。歯ぎしりをして、積み重ねた何年もの友情を噛み千切っている。
ああ、そうだ。その眼だ。その眼がこれからのあたしだ。その歪んだ明眸皓歯な顔から、眸を抉り真実を隠し、歯を砕いた白い粉で顔を塗りつぶして、そうやって厚顔無恥になり、子供を産む。その子供は決して愛によっては産まれない、不自然な造られ方をした存在で、果たして人間の定義を持っているのかすら危うい。
だがそれも全て計画のうちで、今自分に求められている僅かな期待に答えることで、メヴァーエルを『純粋』に者にしてやれるのであれば、そうするべきなのかも知れない。
「ペラッカ…ペラッカァァァ…っ!」
「しゃべるな。首を出せ」
「この裏切り者!!! ―――ああああああーっ!」
雑言罵詈が飛び出す前に、マルクが軽く、メヴァーエルの下腹を蹴った。メヴァーエルは体勢を崩すが、誰も受け止める者はなく、メヴァーエルはほんの二、三段、踏み外し、足をひねった。それだけで、メヴァーエルの股からおびただしい量の血が溢れ出す。夕べ死産したばかりで、身体のダメージが回復していないのだろう。痛い痛い、助けて助けて、と、メヴァーエルは叫ぶ。だがだれも、助け起こそうとさえしなかった。兵士どころか、ミカエリ一族の誰からしい男ですら、見苦しい、受け入れろ、立て、と、せき立てる。メヴァーエルは背中で纏められた腕をつかまれながらも、泣きわめいた。
「やだやだやだやだ、死にたくない死にたくない! ねえ、ねえマルク、見て、こんなに血が出てるんだよ。だからこの臓器、使えるよ。うちの子宮、まだ使える! 次はマルクの子ども、ちゃんと産むから! 双子でも三つ子でも、年子でも! 好きな数だけ産んであげる、産ませて下さい! だからお願い、ねえ、赦して。う、う、うちは姪ッ子だから、おじさんなんて、殆ど、殆ど話したこと無かったんだよぉぉぉ!! だから、だから今度はちゃんと話させて! うち、絶対マルクに尽くすから!!!」
助けて助けて、と、号泣している間にも、メヴァーエルの股間に服が張り付き、下着さえ着けさせてもらえていない事が解った。汚濁に塗れ、ただの血ではない、股から溢れる血の匂いが、母を望みながら母になれなかった女が、歴史に名を刻まれることの無かった女が、そこに確かにいるのだということを群衆に伝える。
「やだあああ!! やーだーああああ!!! うち悪いことしてない!!! ただおじさんの親戚だっただけなのに!!! 親戚だっただけなのにぃ!!!」
「メヴィ…」
あまりにも惨めで、見て居られなかった。けれども、眼をそらす勇気も、手を伸ばす勇気すらなかった。血塗れになって暴れ回るメヴァーエルは滑稽で尊厳も何も無くて、正しく『成れの果て』だった。
なんだか周りが騒がしい。群衆達が野次を飛ばしている。ああでも、その野次は、僅か十九歳の少女が生きることを許さないのだ。その血が旧体制において高貴であるとされただけだった。けれども、彼女には平民の友がいた。彼女は平民の中で育った。しかるに、彼女の在り方は、平民と同じだったはずなのだ。
「もういい、耳障りだ。轡を噛ませて台に上がらせろ」
やだやだと暴れるメヴァーエルの口を、後ろから縄で縛る。舌を押さえつけられて苦しそうだ。それを見て、マルクがそっと耳打ちする。
「息が上がる前に、首を絶ってやれ」
「………解ってるよ。連れてきて、嵌めて」
なるべく平静を装って、ペラッカは背を向けた。否、群衆の方へ向き直った。
胸に懐かしい高等学校の頃の事を思い出す。カリエラの笑い声が、サンダルフォナの微笑みが、レラーの歌声が、メヴァーエルの厭らしい目線が、明るい光に包まれ、希望のような太陽に向かって、自分を導く。嗚呼、確かにそれは太陽なのだ。冬の寒空を、血を吸い込む凍てつく石畳を照らし、澄んだ空気に吠え声が響く。野次馬達は、その瞳が、期待しているものは何だろうか。
ペラッカは大気の中にカリエラとサンダルフォナに抱きかかえられながら、叫んだ。
「私の名前は、ペラッカ! この国の初代国王を産む聖女です!」
民衆が歓喜に沸く。ペラッカは続けた。
「この建国にあたって、古き礎を砕き、私達は本当の自由を得る! つまり、この女は、自由の天使ではない、ただの女である! この処刑で、私達は三百年続いた不滅の血統を絶つ。しかしそれは不死ではなかった! だからこの処刑が成立する! 不死鳥は死に、そして二度と、蘇ることは無い! 死は、等しく平等に訪れるようになる!」
「聖国母万歳! 陛下万歳! 新しい王国万歳!」
かちり、と、下の方で音がした。もうメヴァーエルは睨んでいなかった。ただ、下に向けた顔から、涎や鼻水がだらだらと落ちている。
「…ねえ、マルク。あんまりに可哀相だよ、死ぬ前に顔を拭かせて」
「おい、足の方の服、割いてやれ」
ペラッカが異を唱える前に、メヴァーエルの服の裾が破かれる。メヴァーエルが唸って泣き声を上げた。顔を上げさせ、優しく顔を綺麗に拭く。もう彼女が化粧や見栄えを気にすることは、なくなるのだ。
「ペラ…ペラぁ…ごめんなさい、ごめんなさい。酷い事言って、ごめんなさい…うち、うち死にたくなかったの。死にたくないだけなの。だから、お願い。マルクに頼んで。うちら、一緒に旅してきたじゃない。時々は喧嘩もしたけど、カリエラをアイン・ソフに渡しちゃった理由も、ペラ知ってるでしょ? ね、お願い…」
「メヴィ、泣かないで。ずっと拭ってあげることなんて出来ないから」
「ペラ、待って、離れないで、こっちを見てて」
「メヴィは確かに、何も悪いことはしていないと思う。叔父が法王だっただけ。自分の父親が、法王の兄弟だっただけ。たったそれだけだから、メヴィは何にも悪くない。だから―――だからね、あたしがこの処刑台で処刑してあげる。メヴィは何にも悪くないって知ってるあたしが、メヴィを死なせてあげる」
「止めて…ペラ、止めてお願い!! その手のボタン離して!!」
「だから、ね、メヴィ」
あたしを恨んで。どうかそのまま、純粋なままであたしを恨んで。
そうしていつか、泥沼に嵌まって苦しむあたしを、見下ろす時に、あたしを嗤って、癒やされてほしい。
ネツァクが転がった首を引っ掴み、民衆にさらすと、涙のように血が首を伝っていった。その時になって、ペラッカはメヴァーエルの美髪が、耳の真ん中辺りまで切られていることに気付いた。首を切る時に邪魔だったのだろう。
ガタンガタンと乱暴な音がして、我に返る。もう自分ではまっすぐ歩けないカリエラが、処刑台にぐったりと嵌められる。傍にペラッカが立っていることに、気付いていないらしい。その時、群衆の一角が叫んだ。
「魔女だ! カリエラ・アンモナだ!!」
「魔女を殺せ! 魔女を殺せ!! 魔女を殺せ!!!」
「悪魔を産む前に魔女の首を切り落とせ!」
ペラッカは咄嗟に、この熱気を使おうと思いついた。ペラッカは、そうだ! と、拳をあげて、ここ数日で一番の大声を出した。
「この女の処刑で、全ての計画は終わるだろう! あとは平和だけが訪れる!! フェニクサは死んだ! フェニクサは死んだ! フェニクサは燃やし尽くされ焼け死んだ! フェニクサは死んだ! フェニクサは死んだ! フェニクサは死んだのだ! これこそ私達の勝利だ!!!」
「フェニクサは死んだ! フェニクサは死んだ! フェニクサは死んだ!」
群衆が叫ぶ。ペラッカはその声を、真冬の太陽にさえ届くように、どんどん煽動していった。
かすかな笑い声がした。ペラッカは腕を下ろし、振り向く。
嗤っていた。カリエラが、嗤っていた。
「くくくく………いひひヒャッヒャッヒャ! がひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」
「殺せ、ペラッカ!!」
マルクが一喝し、ペラッカはボタンを引きちぎるようにして押した。
『悪女』メヴァーエル・ミカエリ。享年十九歳。『聖国母』の手により斬首に処せられる。
『魔女』カリエラ・アンモナ。享年十八歳。『聖国母』の手により斬首に処せられる。
同日、旧体制の戦犯として、アナウエル・ミカエリ元法王以下三十名、アンモナ元崇敬大司教夫妻、元大司教五名、斬首に処せられる。これら三十七名の首は、中央広場処刑台付近にある雛壇に順に飾られ、さらし首となった。但し、聖国母の強い要望により、最も上段、目立つ所に、カリエラ・アンモナの首が置かれ、以降処刑の期間が終わるまでさらされ続ける事になる。
二日目。処刑台は朝九時から、遠近合わせて一万人の観衆の目の下。二百名の首を落とす。
三日目、四日目、五日目、それに同じ。
五日目の夜。魔女カリエラ・アンモナの信奉者である元修道士らが、腐敗の進んだカリエラ・アンモナの首の撤去を求め、デモ行進を行う。これを受け、国父マルクは事態の収束の為に主犯の元大司教アダム、元パラベラム会司祭であり弁護団の一員出会ったモーシェを捕縛。
六日目。戦犯の縁者数名の無罪放免。レラー、ニタ・アンモナ、各アインにおいて、聖女一向に友好的に接した者達など。
七日目。第一級戦犯として、計七五六八名全ての処刑が終了。第二級戦犯として、元大司教アダム、元パラベラム会司祭であり弁護士であったモーシェを追加、計二五九一名を終身禁固に処す。残る五一七七名は、四大貴族、即ちヴィアナルス家、ゼブルビューブ家、シルファー家、フェルゴルビー家、そして準貴族アンモナ家へ割り振られ、三代終身隷属懲役刑に処す。
八日目。聖国母の体調不良とたっての願いで、無罪放免になったサンダルフォナの世話をハーヤーに申しつける。その後三十日の間、聖国母は母子ともに危険な状態であったが、臨月に伴い回復。聖国母の精神的な支えに、と、元大司祭エバとの面会及び同室看護を認められる。
処刑から半月。政府官僚、及び五大貴族ら衆人環視の下、聖処女ペラッカ、男児を出産。母子ともに健康。国父マルク、男児を自らの後継者となるべく引き取る際、ペラッカの願いにより、諱を『ザバオト』とし、通名を『ケテル』と名付ける。ケテルは一週間後、新王国の幼童王として定められる。
処刑から一月。元大司祭エバ、女児を出産。母子ともに健康。
ケテル=ザバオト誕生より半年後、聖国母ペラッカ、再び懐妊。翌年女児を出産。名をティファレトとする。翌年、ティファレト一歳の折、兄ケテルの将来の妻として、或いは第三世代の『ケテル』の母として育てる教育方針が決定。二代目幼童王の母になるべく、ティファレトは特別に実母ペラッカ、乳母エバ、乳母子エクスシアとのメルカバ宮殿での共同生活を許される。
こうして、少女達の戦いは、動乱の中に消えていった。
―――しかし、女としての彼女達の戦いは、寧ろそこから始まっていたのだ。
ペラッカが隠居の準備をしている頃、市井にある噂が出た。『魔女が生き返った』というのだ。マルクは即座に、火葬し保管しておいたカリエラの頭骨と、その実父ニタからデータをとり、二人が間違いなく親子関係にあると言うことを証明した。難しい言葉がいっぱいかかれ、何だかリボンみたいなものが沢山書かれた図が配られたが、ペラッカは意味を理解できなかった。ただ、間違いなくニタは、この頭蓋骨は自分の娘で間違いない、自分もあの処刑の時に見ていたから、と、答えた。
ペラッカは、それを聞いて口元をつり上げる事しか出来なかった。




