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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
第四章 竜攘虎搏
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EPISODE65 しょけいぜんや

 事態の急転を受けて、深夜、ハーヤーの使いだと言う老人がペラッカに会いに来てくれた。ペラッカはとにかく、明日の処刑の面子が知りたかった。明日で、全体の十分の一が処刑される予定であり、全ての処刑を凡そ一週間で終わらせる目論見であろうことを知らされた。それでもその十分の一の内訳を聞こうとして、ペラッカはその内容に遂に経っていられなくなった。

 初回の処刑は、生き残ったダアト人への絶対的な支配力、旧体制の否定が目的となる。故に、ダアト人にとって最もショックの大きい処刑が行われることになる。つまりは、法王一族の抹殺―――死産し、暫くの間妊娠が出来ないメヴァーエルを含めた、全員の処刑がメインイベントになるという。大司教も、四人の死刑が確定しており、イシュの処刑はまだ検討されているらしい。

「どうして? カリエラの信奉者だったから?」

「………、ペラッカさん、イシャさんが懐胎している話は?」

「うん、知ってる」

「彼女が、お腹の子供の父親は、双子の兄であるイシュだと言い張っているんです」

「え、嘘」

「勿論嘘です。しかし、彼女の父親は分かりませんから、政府としても嘘だと言えないのです。時期的に、イシュさんとイシャさんの子供は、革命の前後に出来ていたことになります。そうなると、イシュさんは近親相姦として、ダアトの国政であれば、裁かれる側なのは間違いありません。しかし新政府としては、ダアトの処刑基準を踏襲する訳には行かないのです」

「なんで?」

「ダアトの倫理基準を破壊し、出自差別を無くすのが、アイン軍の目的でした。この革命の生き残りがいる以上、ダアト以上に寛容な政府でなければならないと考えているのでしょう」

 よく分からない。そう言うものなんだろうか。それよりペラッカは、ずっと聞きたいことがある。

「ねえ、イシャって今、妊娠してどれくらい? 出産までは?」

「報告では、少々発育は遅れているものの、二月後には出産予定日です」

 自分と同じだ。

「マルクがね、父親はあたしの子供しか分からないって言ってて、報告も受けてないって言ってたの。でもさ、アイン人が一目惚れしたからって、そう何人も一気に妊娠する? マルクが言うには、四十人近く妊娠が確認できたって言ってた。こんな短期間に、四十組もカップルが出来て、それで赤ちゃんが出来て、その後すぐに破局したって、無理が無い? マルクは嘘をついてるの?」

「………。………、………。それは、貴方は知らなくていい事です」

 老人は目を見開き、次いで真赤になって怒りを露にし、何か言おうとしたが、首を振ってそれを呑みこんでしまった。

「でも、それを知ってたら、処刑を減らせるかもしれないんじゃないの? サンの事もあるし、あたし、亡命の下準備をしに行かなくちゃ―――」

「それは無理です。―――…いえ、そうではなくて」

 ぱしっと老人は否定したが、すぐに話題を変えようとした。どうしても言いたくないらしい。ペラッカは老人の二の腕を掴み、懇願して。

「教えて! あたしの友達は誰も死んでほしくないの! 誰も辛い思いしてほしくない!」

「………。カリエラ嬢が、何故あなたを聖女に選んだのか、分かった気がします」

 お教えします、と、老人はペラッカの手を外し、ベッドに座らせた。

「『文明』時代、どのような人々がいたのか、ペラッカさんはご存知ですか?」

「? 天使様を信じる人と、そうでない人?」

「勿論、そのような分類の仕方もありました。しかし、『文明』時代、『天使様』は、ダアト人が思っているよりも多く、いたのです。例えば、命を創り、宇宙を作った『創造の天使様』、何人もの神を産んだ『神産みの天使様』、国が根付く大地を産んだ『国造りの天使様』、愛を持って人となり、神に戻った『愛の天使様』…。沢山の『天使様』を、人々は愛していたのです。その中に、現在のダアト人が思い浮かべる『天使様』を信仰する人々もいました」

「その話、長い?」

「お聞きなさい。…それで、天使様の違い意外に、人の出自にも、分類があったのです。例えば、目の色、髪の色、肌の色。同じ黄色の肌でも、住む所が違えばどれくらい日に焼けているかも違い、信仰する天使様が違えば、洋服も違います」

「黄色!? 肌が黄色!? え、グレープフルーツみたいな色してるの!? それ病気じゃないの?」

「ええ、病気ではありません。『文明』時代には、多くの民族がそうして暮らしていました。けれど、あまりにも多すぎたので、一部の狡賢い国家は、一つの民族を虐めて、国を纏めようとしました。ある者は、特定の民族だけをガス室に入れて殺しました。ある者は、民族を問わず、勉強のできるものだけを銃殺しました。そんな風に特定の民族を殺し合わせる事で、得をする国家や民族もいたのです。その内の一つに、『ミンゾクジョウカ』というものがありました」

「みんぞくじょーか」

「例えば、黒い髪と黄色い髪の夫婦からは、茶髪の子供は生まれますが、黄色い髪の子供はまず生まれません。顕性と言って、人を作る情報の中には、引っ込み思案な情報と、自己主張の激しい情報があって、後者を難しい言葉で顕性遺伝子と呼びます。混血が進むと、それはもう複雑になって行きます。けれど、その中に、例えば、Aという民族が、Bという混成民族の女性全員と結婚すると、どうなりますか?」

「AとBのダブルが産まれる?」

「その通りです。では、そのダブルの子供が、またAの民族とだけ結婚すると、子供は?」

「………。クォーター?」

「では、そのクォーターの子供も、またAの民族だけと結婚すると、その子供はもう、Bの民族の子と言えるでしょうか? 曽祖父母のどちらか一人しか、Bの民族出身ではありません」

「言えないんじゃないかなあ」

「このように、遺伝子的に一つの民族を虐殺することを、『その民族を綺麗にする』、つまり『民族浄化』と呼ぶのです」

「…で?」

 ここまで言われても、ペラッカは老人が何を言いたいのか分からなかった。老人は溜息を吐いて、意を決し、貫くような眼でペラッカを見つめ、言った。

「メヴァーエルさん、レラーさんは、少々勝手が異なったかもしれません。ですがイシャさんなど三十人以上の女性たちは、強制的にアイン人の子供を孕まされたのです。恐らく、妊娠しないだけで巻き込まれたのは、ほぼすべての女性と言っていいでしょう。彼女たちは、『処女懐胎』である必要はありません。ダアト人で言う所の『不義の子』よりも酷い出生の子供が、あと半年もしない内に、四十人前後の混血児が生まれる事になります」

「………???」

「マルクは兵士に、凌辱行為を許可したか、もしかしたら推奨したのでしょう。…強姦されて、皆孕んだのです。女囚は、その子供を産み、今後もアイン人との子供を産む意思を示し、何度も妊娠するだけの体力と若さがあれば、処刑を免れるでしょう」

「…妊娠すれば、生きていられたの?」

「………。いえ、メヴァーエルさんの場合は、ミカエリ一族との混血を生むことになります。況してやメヴァーエルさんは、アナウエルの姪、つまり第三親等です。アイン人から見れば、旧体制の支配者の末裔を、みすみす生かしておくとは思えません。それが、ダアト人の反アイン思想に力を与えるからです」

「………メヴィは、痛い思いをしても、殺されちゃうの?」

 声が震える。あんなひどい事を言ってしまって、どうしたらいいのだろう。

「旧体制の支配者の血族を、ヴィアナルス家が取り込んでいる、と、考える人が多ければ、ダアト人はヴィアナルス家を新しい支配者と認めるでしょう。しかし、それは運です」

 そんな、という声が出たか分からない。いらない、と、言った筈の子供が、ペラッカの胎の中で蠢いた気がした。

「…だから」

「………」

「貴方は、産まなくてはならない。少女達を利用する政治は、国母である貴方しか止められません。少女達が乙女でいられ、自由闊達な恋愛をし、幸せの内に子供を身籠る。その命の輝きを、貴方だけしか伝える事は出来ないのです。貴方が―――『聖女』なのだから」

 ペラッカは何も言えないまま、ベッドに倒れ込んだ。


 眠っていたのか、卒倒したのか分からない。しかし、真夜中にペラッカは目が覚めた。

隣で眠るサンダルフォナの呼吸は、安定している。あの時僅かに意識を取り戻して、またサンダルフォナは眠り続けている。ハーヤーが来たら、また違うかもしれないが、ペラッカの呼びかけには反応しなくなった。否、反応しているのかもしれないが、ペラッカは気付けなかった。ハーヤーには手紙を出したものの、ペラッカが工作に着手できない為か、まだ亡命の話が出てこない。

まさか、マルクはそれに気づいていて、亡命させないために、処刑を一週間で終わらせると言っているのだろうか。

 何とか、処刑を遅らせる方法はないか。メヴァーエルのお腹には、実はまだ赤ちゃんが…いや、無理だ。出産の仕組みも良く分かっていないペラッカだが、あれだけの惨状を見れば、妊娠は当分出来ないだろう。性行為そのものが出来そうにないのだから、子供を授かれるわけがない。

「お腹痛い…」

 処刑が明日、否、もう今日なのだろうか、そこから始まるのであれば、とにかく早く、出国させなければならない。だが、ハーヤーとの連絡が取れず、ペラッカも頭がパンクしそうだった。考えている内に、ペラッカはまた、気を失うように眠ってしまった。


 翌朝、人々の大きな歓声と、ドラムの音で、目を覚ました。処刑が始まっていた。



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