EPISODE61 ちりょうしつ
留置場の一件から一週間が経った。イシャは相変わらず、面会は出来るもののこちらに反応しないらしい。カリエラについては、あの日以降面会謝絶だそうだ。アンモナ夫妻とイシュの弁護士は違う人がやるらしく、情報が無い。
一方ケルビエル作戦で最も破壊が顕著であった西区の一部が急速に改築され、そこが革命軍による権威の中心になりつつあった。分かりやすく言うと宮殿である。その中には、何故かペラッカの実家があった。大急ぎで確認したが、ペラッカの家族は誰も死んでいなかったし、捕えられてもいなかった。革命軍の指示に従い、花屋としての薬の生産要員として、医療本部に行っているらしい。彼等経由で、アナウエル元法王がまだ生きていることを知った。
宮殿のトップは言わずもがな、マルクだ。ネツァクを始め、アイン・ソフの生き残りは高官になっているらしい。マルクが一度説明に来たが、よく分からなかった。何となく、マルクと、その息子によるナンタラ制を始め、アイン・ソフらがミンシュシュギ政治を行うらしい。しかしそれらは至極どうでもいいので、ペラッカは専ら、サンダルフォナの看護に専念していた。というか、マルクに妻なんて居たのか。そっちの方がびっくりだ。
「ペラッカ、聖女に会いたいと、アイン・ソフのネツァク一行が来てるよ。もうこの三日ずっとそうだ。どうする?」
サンダルフォナはまだ目覚めないものの、重湯を口から摂るくらいまで回復した。顔面の骨折によって顔の筋肉がめちゃくちゃになったので、唇が上手く動かなくなる可能性があると言うので、意識も碌に戻っていないのに、もう口から食べる訓練をしなければならないらしい。この辺りの理屈も、ペラッカは聞いていなかった。とにかく彼女が早く目覚めてくれなければ、と、しか考えられない。
「帰ってもらって。サンが目覚めるまで、どこにも行きたくない」
「それがね…。サンのことについて、話があるそうなんだ」
「まさか、裁判? まだマルクの怪我は治ってないよ」
「いや、そう言う事じゃないらしい。詳しい事は直接話すとしか言わないんだ…。どうする?」
「………。じゃあ、ハーヤー、彼女見てて」
「はいよ」
座っていた椅子をハーヤーに譲り、ペラッカはやたらと長く感じる廊下と階段を下りて、一階へ向かった。ドアを開けると、その途端に、数人の兵士が自分にお辞儀をする。そこに近づくと、なんだかその扱いを受け入れているような気がして、ドアを開けた位置の儘で答えた。
「要件は何? あたし、サンの世話があるから早く済ませて」
「わかった。要件はね、メルカバ宮殿に引っ越してほしいってことだ」
そんな名前がいつの間についていたのか。
「メルカバ…『神の王座』? 大層な名前付けたね、あんなハリボテに」
「いい条件だと思うよ? 聖女様の実家も敷地内にあるしね」
「…実家には、サンを療養させる部屋が無い。だから行かないよ」
「いや、実家暮らしではない。メルカバ宮殿の住人として、正式に部屋が与えられている。ぼくは今のサンダルフォナの部屋は知らないけど、十分な医療施設も医者も常任している」
「………。サンの意識が戻り次第、軍事裁判にかけるって話聞いてる。そんな人の所に行くもんか」
「それは無いと思うよ。今サンダルフォナの経歴を洗ってるけど、清々しいくらい綺麗な経歴だ。しかも、ペンション・ハーヤーの従業員としても働いてるから、被告として並ぶことはないんじゃないかな」
「………。保障がないなら行かない」
「わかった。じゃあ、そう言う署名があればいい?」
随分と食い下がってくるな、と、思いつつ、ペラッカは言った。
「マルクの署名、アイン・ソフを始めとする新政府高官全員の署名、それから最高裁判官の署名、全部耳折揃えて持って来て、公にその有効性が認められるものじゃなきゃ駄目」
「そうか。そう言う事なら、本人を連れて来るよ。執政が終わってからだから、夜になるけどいい?」
「そっちの都合なのに、なんでそこまで合わせなきゃいけないの? 常識的な時間…。朝の十時から十一時の間に来て。それ以降は会わないから」
「分かった。じゃあ、そう伝えて、明日来るよ」
帰るよ、と、兵士に言う姿は、随分とご立派そうに見えて、ペラッカは自分の周りの環境がどんどん変わっていることを実感した。
怖い。自分が嫌だと言っても、世界が変わっていく。世界に取り残される。けれどきっと世界が変わっていく所に入ってしまったら、入れないサンダルフォナやカリエラを置いて行くことになる。だけども入らなければ、その中に放り込まれたレラーとメヴァーエルを見捨ててしまう。
「…革命なんか、起こしたかったわけじゃなかったのに…」
そうぼやいても、肩を叩いてくれる友も、笑ってくれる友も、頬を張ってくれる友さえ、いなかった。
翌日、本当にマルクが来た。流石にドア口で応対する訳にもいかず、ペラッカはハーヤーの立会いの下、時間を定めて一階で応対した。ただ、今回は兵士の数が三倍に増えていたし、マルクの服装も軍服ではなく、何となく動きにくそうな、初めてペラッカの下にカリエラが勅令を持って来た時のような、謎のエプロンマントをしていた。まだ本調子ではないらしく、杖を突き、肩もギプスをしている。この分だと、まだ裁判は先だろうと思うと、少しホッとした。しかし全体的に凄く偉そうで、威圧的な雰囲気だ。それより僅かに風格の劣るものの、やはり似たような構造の服を着たネツァクと、それと色違いの若い男達が数人いた。
「聖女ペラッカ。ネツァクに言われた通り、今の政府要人を全員連れてきた。紹介はいるかい?」
「口頭の説明は結構。身分証明書見せて」
そう言うと、エプロンマントの男達は、親指に嵌めた銀の指輪を取って、ペラッカに渡した。自分が嵌めた儘の、左手の薬指に嵌めている指輪とは、大分デザインが違う。大きな金の爪に、これまた大きな、親指の半分を覆うかのような巨大なきらきら輝く宝石が乗っている。…ダイヤモンドだろうか? 本物?
その台座の裏に、ちんまりと名前と役職が書いてあった。恐らくこれが身分証明書なのだろう。ネツァクの役職は、『王宮警視監』と書きこまれている。その他の指輪の裏には、『大臣』と書かれているらしいが、何の大臣なのかは想像もつかなかったし、読めなかったので、つき返した。ハーヤーにも見せたし、彼等が要人というのは間違いないだろう。
「それで、こんな大所帯で来てまで、どうして引越ししなくちゃいけないの?」
「これからの建国に、お前が必要だからだ、聖女様」
厭味ったらしく聞こえるその響きは、本来自分の友人が言い始めたものだったのに、今この言葉を言っている人間は、その人を殺そうとしている。
「間もなくダアト国は滅ぶ。それは旧体制の象徴であるアナウエル元法王、アンモナ夫妻の公開処刑をもって、国際法上のダアト国の解体となり、新体制として、俺たちヴィアナルス会の面々を高官に、その下の官吏を能力に因って、フェルゴルビー家、ゼブルビューブ家、シルファー家で兼任する。文民レベルの向上に伴い、この官吏専制体制は徐々に解いて行くものだ」
この上なく大事な話をされている筈なのに、この上なくどうでも良い。
「但し、例外として、お前だ聖女様」
「あたし?」
「ダアト国民は神秘に逃げた人間だ。だから、新体制に神秘を見出さなければ、俺たちを認められないだろう」
「…つまり、あたしを使って、皆を騙すの? あたし、聖女なんかじゃないのに」
「聖女かどうかは、お前ではなく周りの人間が決める。その時になれば、の話だ。ただ、『その時』が来るまでに、旧体制からの刺客が来るとも限らない。聖女の代替は聞かないからな。俺たちとすれば絶対安全な所に居て貰いたい」
「あたし、サンの世話があるから、余所でやって」
「それが条件なら、サンダルフォナの移動も呑もう」
「なら、今後サンダルフォナには裁判をしないって約束して」
「それは五分五分だな。これからこの国は民主的法治国家になる。神権的人治政治は終わる。その為には、法の下に平等な裁きが成されなければならない。まあ、何度か色々な所で聞いたと思うけど、裁判されたらすぐに死刑ってわけじゃないからな。そこ勘違いするなよ」
「………。ハーヤーと二階で相談したい。待ってて」
「構わないよ。ゆっくり話しておいで」
その表情はちっとも焦ってはおらず、それが逆に不気味だった。二人はサンダルフォナの眠る治療室に戻った。
実を言うと、今回の申し出は、ペラッカにとっては良いものだった。ペンション・ハーヤーには、亡命の為の手引きをしてほしいという者が集まり、ペンション・ハーヤーの地下でぎゅうぎゅう詰めになっている。中央に焼石という原始的な暖房器具があり、水も問題ないが、人はどんどん増えている。それでもあぶれていて、居ても説得力のあるような、子供であれば、ハーヤーの慈善事業と言う体でどうにか住まわせている。
もし、ペラッカがそのなんたら宮殿に行く事で、部屋が使えるようになれれば御の字であるし、何より、ペンション・ハーヤーへの公的な援助が出来れば―――。
「ハーヤー、サンの意識が戻った時の約束、覚えてる?」
「ああ。一緒に亡命したいっていうことだったね」
「あたしは、宮殿に入ってお金と、アインへの通過査証を沢山作る。要するに、旧体制の時にダアトに住んでいて、そこそこ裕福な家だった人からお金を巻き上げて、アインに追放すればいいんだよね? 皆の収入と職歴を誤魔化せばいいんだよね?」
「そう簡単に行くとは思えないけど、今はそれしかない。やってくれるかい、ペラ」
「………。うん!」
「よし、決まりだ。何、御用命さえ賜れば、いつでもどこでも何度でも馳せ参じるさ、思いっきり暴れておいで!」
「分かった! …サン、お引越しだよ! 今よりもっといい薬がきっとあるよ、大丈夫!」
大丈夫、大丈夫。…大丈夫。




